何年か前、豊岡市出石町の芝居小屋の永楽館が復元オープンしたときに伺いましたが、その時にたまたま2階席の奥の席がよく言われている『つんぼ桟敷』だということがわかりました。しかし『つんぼ桟敷』という言葉は差別的で好ましくないし、その席で全く聞こえないということは無いので、『聞きづらい席』と言い換えることにしました。
実験は、舞台近くでどなたかに話をしていただき、1階の桟敷席や2階の桟敷席で聞いてみました。2階席の前から奥の方へ移動していたら、突然声が小さくなってしまいました。ちょうど『大向こう』と言われるところです。原因は直接音、第一次反射音(天井)が合わさって聞こえていたものが、2階席の前側にある垂れ壁の影響で天井の反射音が聴き手に来る前に遮られてしまうためです。残念ながら計測器がなかったためにデータは無いのですが、インパルス応答でも計測していれば反射音の存在がわかる可能性があります。この垂れ壁はすべての芝居小屋にあるわけではないのですが、芝居小屋特有の現象のようにとらえられていました。
今まで天井からの反射音で補強されている例として、東京文化会館の上階の席や、扇型に拡がったNHKホールの天井からの反射音は、オーケストラを聞いても強く聞こえ、よく音響設計されていると感心したものです。
また有名な第一次反射音の設計例は、1962年に竣工したBeranekが設計したニューヨークフィルハーモニックホールがあります。この設計に当たり、世界中のホールを調査して好ましいホールはどのようなものか研究して、『音楽と音響と建築』という本を執筆し、この本はベストセラーになったのですが、本命のホールは、様々な原因はあると思いますが、客席を増やすために、わずかに扇型になってしまい、客席に側方反射音が届かず、音の評判が悪く、何度か改修しています。
また1963年に竣工したベルリンフィルハーモニーホールの音響設計をしたCremerは初めてのヴィニヤード型を検討し、立ち上がりの席の側壁から第一反射音をもたらすことで、好ましい音を作り出しました。
音響設計の技術開発には、この2つのホールが大きく貢献しましたが、この技術開発には芝居小屋の垂れ壁も貢献していればよかったと思います。