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2019/08/28

夏祭り2019

地元、荏田地区の夏祭りが8月3日に35度の猛暑の中、開催されました。本番の開始は夕方5時からですが、私が参加しているお囃子グループはいわば相撲の触れ太鼓のような感じで、炎天下の3時から舞台に乗って演奏を始めました。大会の準備をしている人たち以外、お客さんは誰もいない中、勇壮な感じで始めました。ただこの写真のパラソルは日光を遮ってくれて役に立ちました。

今回はしずみと乱拍子という曲を最初の破矢の曲の中間に組み込む方法で演奏しています。
曲目は、破矢(しずみ+乱拍子含む)、鎌倉、国固め、師調目、再度、破矢(しずみ+乱拍子含む)という流れでした。猛暑ですから暑くて大変でしたが、ほぼ問題なく役割を果たしました。
演奏の効果もあってか、夕方からは日も陰り祭りの本番は大変な人でした。
パラソルはありましたが、私はさらに首に保冷剤を巻いて、頭から水をかぶったうえに、麦わら帽子をかぶって演奏しました。大変疲れましたが、満足感もあり、また楽しみました。来年も頑張りたいと思います。

荏田宿お囃子の会の演奏 篠笛は会長で勇壮な感じで開始したところ

山内中学校の吹奏楽部(75名ほど)の演奏(本番)

2018/10/29

荏田宿お祭り2018

今年の夏は異常に暑く、豪雨による岡山の大洪水や広島の土砂災害も記録的で、台風もたくさん上陸した年でした。台風21号は関西空港を水没させてしまい、大きな被害が出ました。24号は10/1ごろ強い風で本州を縦断していきました。その約1週間後、また台風25号が24号と似たようなコースで近づいてくる中、地元のお祭りが行われました。

10/6の18時頃、お祭りの前夜祭の宵宮(よみや、よいみや)の時に台風25号が北陸方面へ通過していきました。お祭りと重なりやきもきしましたが、幸い、紅白の幕が時折舞い上がった程度でした。

この荏田に、隣町の驚神社宮元囃子連の援助のもと、お囃子が約30年ぶりに再開し、今回が3回目のお祭りとなります。いつも驚神社の宮元お囃子連のメンバーにかなり手伝っていただいて何とかこなしておりましたが、今年は驚神社のお祭りと重なってしまい、自分たちだけで行うことになりかなり緊張しました。

事前の練習を2週間毎日連続で行って、お祭りに備えました。お祭り当日にはすでに疲れがたまり指は腱鞘炎の様な状態でした。お祭り当日(10/7)は、台風一過のいい天気で暑いぐらいでした。

私は人数の少ない笛の係なので忙しく、お祭りの最初と最後しか写真は撮れませんでした。途中2~3か所、老人ホームに立ち寄って獅子舞とひょっとこ踊りを因幡(いんば)という曲で行います。この曲は難しく、またちゃんと聞いて楽しんでいただきたいので、宮元の人の援助をお願いしました。それ以外は荏田宿のお囃子会で行うことができました。途中はかなりの暑さでしたが事故もなく、無事終了することができました。

荏田宿の歴史は古く、江戸時代は大山街道の宿場町としてこの地域では華やかな場所だったと想像ができます。つい40~50年ほど前までは、周囲は山に囲まれていて、この荏田宿のあたりはこの地域の中心街だったと思います。

30年ほど前までは荏田宿のお囃子連も活躍していたようで、驚神社のお囃子連の再興のお手伝いをしていたとのこと。そんな縁で、今度は荏田宿のお囃子の再興にお手伝いをしていただいているそうです。昔は神楽も盛んだったようで、遠くまで出稼ぎに行っていたとのこと。しかし今や見る影もありません。商店街も記憶にある限りでは、30年ほど前には床屋さん、雑貨屋さんや酒屋さん、魚屋さん、すし屋さん、カラオケスナック、などがありました。床屋さん、すし屋さん、カラオケスナックは今でもありますが。しかし246が商店街を分断し、田園都市線のあざみ野駅ができて、港北ニュータウンに地下鉄が通って、その中間にある荏田宿商店街は急速にさびれてきています。商店街があれば住民同士顔を合わせることがありますが、今ではそういう機会もほとんどありません。誰でもが参加できるお祭りで、多少でも住民たちのつながりができるといいと思っています。

宵宮が始まりました

お祭りの朝、子供神輿の組み立て

山車を引き終わった時、祭りの後

お神輿も終わり、子供たちがいなくなった後、
大人たちで自治会館まで担いで帰ります

2018/08/09

荏田地区納涼夏祭り大会にお囃子で参加

地元の荏田地区の納涼夏祭りにお囃子として参加しました。当初は7月28日(土曜日)に開催予定でしたが台風12号が接近し、翌29日の日曜日に延期されました。場所は赤田西遊水池です。当日は台風一過で朝から良い天気で、お囃子組は2時から設営の準備をし、トラックの荷台を舞台として、4時から本番が始まりました。舞台に立つと太陽の強いこと、演奏を始めるとくらくらする感じで、目に汗も入って、大変でした。屋外なので音が消え行ってしまい、音を力強く出さねばいけません。しかしやはり遠くまでは伝搬しない感じです。まだまだ練習が必要です。

その他の出し物は、小学校の生徒によるソーラン節ダンス、宗とも子さん(ソプラノ)の歌で主にミュージカルの曲、またおそらくブラジル人による本場サンバダンス、中学校の生徒による吹奏楽でした。7時半ごろから盆踊り、そして花火と盛りだくさん、屋台もたくさん出ていて、かなり楽しみました。



2017/10/24

荏田宿のお祭り(2017)

昨年3月、地元荏田宿のお囃子の復活を目指して、お隣町の驚神社の宮元囃子連の指導を仰いで始めた練習も、ほぼ1年半が過ぎました。昨年のお祭りでは、お囃子の4曲の内のはじめの1曲目、破矢のみで参加しましたが、今年は4曲、「破矢」、「鎌倉」、「くにがため」、「四丁目」を篠笛で練習し、完璧ではないのですが参加することができました。後はひょっとこ踊りの伴奏の「いんば」という曲があり、これを覚える必要があります。9/30、5:30より9:00ごろまで宿自治会館前で宵宮、自治会役員や剣神社の関係者など約100名ほどが集まり、お囃子の演奏をバックに親睦を交わしました。

荏田宿の祭りの宵宮(前夜祭)
荏田宿の祭りの宵宮(前夜祭)
10/1、祭り本番、子供神輿とともにお囃子の屋台で荏田の町中を練り歩きました。老人ホームにも3か所行き、お囃子や獅子舞、ひょっとこ踊りを披露しました。とにかく拍手と笑顔で迎えていただいて大変ありがたい気がしました。まだ驚神社の宮元の方々の助けが無ければひょっとこ踊りはできませんが、来年はお祭りの日程も重なっているようで独り立ちしないといけません。

屋台

老人ホームでのひょっとこ踊りの披露
10/7、10/8は、荏田宿お囃子連の先生方の驚神社宮元のお祭りでした。10/7は宵宮、ここのお祭りはかなり盛大です。お囃子だけでなく、大人神輿が町中を回っています。本番の10/8は昼の11時、平崎橋交差点近くで、4つの地域のお神輿や屋台が集まり、それぞれの威勢の良さを競い合います。その迫力には驚き、大変楽しめました。荏田お囃子連はこの域に達するのはまだまだ何十年も時間がかかるのではないかと思います。驚神社の屋台では子供のお囃子もあります。荏田のお囃子連もこのように子供が参加していてはじめて何十年も継続できるようになると実感をします。

宮元の宵宮

平崎橋付近での4つの地域の競い合い
朝日新聞(2017.10.4朝刊)の連載記事の「てんでんこ」で、「音楽の力」という節がありました。大槌町の人々がばらばらに避難しているが、花巻の音楽療法士の三井さんが次第に気がついたのは、「(避難されている)皆が好むのは、童謡や流行歌ではない。地元に古くから伝わる甚句や大漁節などだ。」と書かれています。
お囃子もそうですが、長い年月、同じ曲を何度も何度も毎週のように地域で歌ったり聴いたりしているので、地域の人たちの共通の感覚ができているからだと自分の経験からも感じます。

また毎週練習をしている中で感じるのは、我々は去年始めたばかりですからうまくいかない、失敗することも多いですが、それでも先生に怒られることがない。皆が長く続けるためには独特の教え方があると感じます。そのうちに何とかなるだろうという余裕の気持ちです。

2016/10/13

荏田宿のお祭りに参加

10月1日(土)、2日(日)は荏田町の氏神様の剣神社のお祭りです。いよいよ3月から準備していたお囃子の初お披露目となります。もっともかなりの部分を隣町のお囃子連の助けを借りてとなりますが。

1日は夜7時から宿自治会館の前で、宵宮、近隣の人たちと前夜祭、およびお囃子のお披露目。夜7時少し前には小雨となり、ビニルシートで屋根を作り、始められました。



お囃子の曲は破矢(はや)、かまくら、くにがため、さらに四丁目(しちょうめ)とあります。私の方の篠笛は3月から7か月間練習しましたが、1曲目の破矢までしかできず、その1曲で舞台に立ちました。終わった後に拍手が聞こえました。嬉しいものです。アントニオも締め太鼓で参加しました。




2日(日)は本番、朝から晴れ、子供神輿とともにお囃子を山車の上で演奏します。山車と言ってもトラックの荷台ですが、荏田町中を廻ります。とくに高齢者の方の施設には停まって演奏したり、隣町の驚き神社のお囃子連による「ひょっとこ」などの踊りを披露します。皆さん、子供が踊るひょっとこ踊りを見て楽し気に笑っていらっしゃいました。




この地域では何十年かぶりの生演奏のお囃子(今まではテープ)で、お祭りも大分魅力的になったのではと思います。来年は私も全曲演奏できるように頑張ります。お囃子にはひょっとこ踊りなどの伴奏曲もあり、まだまだ奥が深いです。今後もお囃子連に参加する人が増えていってほしいと思います。

子供神輿



10月8日(土)、9日(日)は隣町、驚神社のお祭りがありました。日曜日は朝から大雨の中、舞台の上で演奏が始まりましたが、昼には雨が止み、たくさんの神輿や山車があつまり、また神社では屋台も多数出店していて、境内では獅踊りの舞がありました。かなり盛大お祭りです。



獅子踊り

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Con el otoño ha comenzado la época de festivales tradicionales en los barrios de pueblos y ciudades de todo Japón. Grupos locales de todas las edades pertenecientes a “cofradías” han estado preparando durante todo el año bailes y tronos que acompañan que se sacan en procesión acompañados del sonido tradicional de flautas y tambores típicos del matsuri Japonés.
El fin de semana pasado fué el festival de nuestro barrio Eda-ku, en el que mi jefe y yo participamos (él tocando la flauta japonesa “shinobue” y yo tocando el tambor tradicional japonés “shime-daiko”).
El evento comenzó a las 6 de la tarde del sábado. Con una música que parece casi improvisada, bebidas y comidas tradicionales japonesas, se animaba a todo aquel que se acercaba a la zona. Una experiencia única inolvidable y que sin duda alguna repetiré el año que viene.





2016/06/10

府中くらやみ祭り

 55日の夕方6時と同時に花火が上がり、同時に大太鼓の大きな衝撃音が始まる。大国魂(おおくにたま)神社の門が開き、6台の大太鼓が町へ出て行く。なにか、ゴジラの足音のようにも聞こえる。街は次第に暗くなり、屋台の明かりが目立つようになると、暗い中を、いくつもの金ぴかで華やかな神輿が目の前を通りぬけていく。地響きのような、遠くの大太鼓の音をかき消すように、シャリシャリという金属の打楽器音と威勢の良い人間の掛け声がある。

大太鼓の不気味な不規則なたたき方は、佐渡の「鼓童」の様な音楽性とは全く違う、大自然の大きさを一気に表現していると感じた。

大太鼓の音は悪霊ないし、大きな自然災害を象徴し、それと人間を象徴する神輿が戦う構図と解釈すると、この祭りは単に伝統的だとか楽しいというより現代的な意味の芸術的な表現または劇画的表現をしているなどといろいろ想像し、屋台で食べて飲むと楽しさも格別であった。












2013/09/24

横浜ボートシアター、第10回横浜カーフリーデーのパレードに参加

8/22日曜日の昼過ぎに、横浜でカーフリーデーパレードがあり、横浜ボートシアターのグループ30名ほどで参加してきました。横浜公園から象の鼻公園まで、歩行者天国にした日本大通りを練り歩きました。
横浜ボートシアターは、「第七金星丸」(鋼鉄製の艀)を拠点に活動している劇団で、横浜文化賞受賞経験もあります。この日は、普段舞台で使用している仮面をつけての参加です。

横浜市消防局の吹奏楽団を先頭に、バトンガールや一輪車で踊る人たち、フラダンスのグループなどの後に、我々の仮面パレードがありました。
かわいい象や馬など動物の仮面は子供たちに大人気でしたが、私は小悪魔の仮面でしたので、子供たちからの評判はいまいちでした。
我々の後に、パレード最後尾の騎馬隊が続いていました。

たくさんの沿道のお客さんに、特に子供たちに感謝です。

パレードの様子はこちらからご覧いただけます。