2012/08/20

南大塚ホールのリニューアル工事完成



4年ほど前に、南大塚地域文化創造館に併設されている南大塚ホールのリニューアルの音響設計に関わりましたが、今年に入ってやっと工事が始まり、この8月ようやく完成しました。
音響設計の課題とした点は、客席前部の扇型に拡がった側壁を、分割し徐々に壁面を広げていき、舞台からの初期の反射音を客席に返せるように考えたことです。側壁の壁を分割したことが衣装デザインの主要なモチーフにもなり、水晶の結晶体が壁になっているようなすがすがしさを感じます。
このホールの特徴は邦楽のコンサートや演劇公演、講演会が多いことです。したがって改修前は短めで0.75秒/500Hzです。改修後も舞台音響反射板の側板がないので、その部分に当たる舞台側壁を反射性とし、また出来る限り客席を反射性にして、室内楽もできるようにと考えました。

杮落し公演は、「トキワ荘の夏」です。9月1日~3日まで公演があります。
豊島区制施行80周年 池袋演劇祭特別参加作品、南大塚ホールリニューアル記念公演
でもあります。

設計は、株式会社東建築設計事務所です。


客席

側壁




トライビートスタジオ浮床完成時の残響時間


現在、板橋で工事中のトライビートスタジオが浮床まで完成し、足場も何もないコンクリートだけの空間の段階で、残響時間の調査を行いました。500Hz帯域で約5秒、63Hz帯域で10秒を超える教会の様な響きでした。このスタジオの特徴は天井高が約6mと高く、弦楽器の素晴らしい響きが得られるように目標を立てています。しかも残響調整をして、JAZZなど打楽器を含む音楽にも対応できるように考えています。10月末の竣工に向けて、工事が進んでいます。



測定の様子


天井高

2012/08/13

キンボー指揮のN響コンサート


7月8日(日)、キンボー・イシイ=エトウ指揮、N響オーチャード定期を聞きに行きました。
曲目はドビュッシー:小組曲、シューマン:ピアノ協奏曲、ベートーベン:交響曲7番です。ピアノ独奏は小菅優です。
ドビュッシーの曲は最初から楽しげできれいな曲です。シューマンのピアノ協奏曲は小菅優のピアノが素晴らしく、オーケストラに負けない力強さがありました。そして後半の7番。今まで聞いたことがないような力強くまた楽しげで、JAZZのようなテンポでした。とくに4楽章は圧巻で、管と弦でJAZZのようなノリで裏リズムを構成し、勢いがありました。

リズムの取り方はおそらくキンボー独特のものかもしれません。しかしひょっとしてベートーベンの時代の人も、重々しくではなく、その様に楽しげに聞いていたかもしれないと感じました。クラシック音楽の流れの中で、バッハは和音(ハーモニー)を確立し、ベートーベンはリズムを、ロマン派の人たちはメロディーを確立したのではないかと思い始めました。ハーモニーは美しさを、リズムはわくわくした楽しさを、メロディーは物語を表現しているのではないかと思います。
またメトロノームは1816年ドイツ人のヨハン・ネポムク・メルツェルによる発明ですが、最初にベートーベンが使ったと言われています。

8月8日ジュニアフィルハーモニックオーケストラのオペラシティコンサートホールでの演奏を聞きに行きました。団員は小学生から大学生までの構成。小さい体で小さなチェロを演奏する姿も見られます。前半は川瀬賢太郎指揮で、ウエーバーの魔弾の射手、後半はキンボー指揮で、ボロディンの交響曲第2番。
アマとは思えない演奏ぶりで、特にボロディンは舞台からあふれるばかりのオーケストラで、音も迫力いっぱいでした。

いわき湯本の三函(さはこ)の三函座(みはこざ)見学


8月2日いわき市にある小名浜工場で、パーティクルボードの製造工程を見学させていただきました。現在YABでは高性能の乾式二重床を開発中で、パーティクルボードはその基本的な材料となるもので、その開発にご助言もいただきました。
その後(4時近くになりましたが)、いわき市の湯本の温泉街にあるかつての芝居小屋で、その後映画館となった後閉館し、現在解体が計画されている三函座を見学に行きました。

震災の被害状況を調べた2011年度JATETフォーラム資料には、震災で傾いたこともあり、今年の3月にも解体申請されると書かれていました。三函座は、趣のある温泉街の三函の道筋にはなく、通りからわかりにくい細道を20~30mほど中に入るとそこにあります。ですが実際には、その細道が見つからずに車でうろうろしているうちに芝居小屋の裏側に出てしまい、そこで屋根が朽ちていて、お化け屋敷のようになっている建物を発見しました。
前へ周ってみると、楽しげな雰囲気の正面に出ました。

三函座 裏手


三函座 正面


三函座が開館したのは明治30年代であり、常磐炭鉱華やかりし当時の面影がある。これを見るとやはり観光地になるためには、街自体が豊かになる必要があると感じる。生活基盤がしっかりし、街が豊かになり、そこに住む人々が通う温泉街や芝居小屋が街のゆとりを表します。
いわきはかつて炭鉱で栄えた街です。自然の恩恵を利用した産業を第一次産業と定義すれば、鉱業も第一次産業です。炭鉱はすたれてしまいましたが、温泉のお湯を使って発電ができれば、かつての第一次産業華やかりし頃の街になるのではないでしょうか。しかし三函座は、そこまでは待てないかもしれません。雨や風や雪などの自然の力で朽ちそうです。


横須賀ジャズクルージングと横須賀ジャズドリーム


遡って624日(日)。昨年に引き続き、横浜国大の名誉教授のG氏とヨコスカベイサイドポケットで行われた横須賀ジャズクルージングに行った。
1400開演で1800終了の4時間、長い。4つのバンドが出演した。大橋祐子(Pf)トリオ+上田裕香(Vo)、志賀聡美4Trombones+守 新治(ds) トリオ、GYPSY VAGABONZ+ゲスト3名、松尾明(ds)クインテット+MAYA(Vo)、最後には4バンドが合同で演奏しお祭りのようであった。司会は北口幹二彦(ものまね)。すべてエンターテインメントに徹していて、それぞれのバンドに個性が有り、4時間楽しく過ごせた。その後夕食は、海に面した公園の中にあるレストランでおしゃべり。先生の教え子が書かれたという「日本の美術No.529 近世の芸能施設とその空間」という本をいただいた。著者は上野勝久氏で、能舞台や芝居小屋のことが書かれており、表紙は金比羅大芝居の海老蔵の暫である。中には江戸時代の屏風絵の写真がたくさん載っており、実物を見に最近出光美術館まで行ってきた。

728日(土)、引き続きG氏と横須賀芸術劇場の横須賀ジャズドリームに行った。もう5年以上続けて来ている。16時から20時まで、こちらも4時間。出演は日野皓正h FACTORMALTA ジャズオーケストラの2バンド。日野皓正のバンドは、NEVER GIVEUPなどエネルギッシュな音楽で、またDJdj hondaが素晴らしかった。MALTAの昨年結成されたMALTA JAZZ BIGBANDは、これもまた楽しい往年のJAZZの名曲を、合間に冗談を交えながら演奏した。ゲストに阿川康子(Vo)、松永貴志(pf)、川嶋哲郎(ts)。とくにゲストが中心の幕では、とくに川嶋哲郎のテナーサックスが高度なテクニックで魅了された。
終わって、近くのレストランで先生の研究人生や最近のコンサートについてお話をうかがった。

横浜ふね劇場を作る会総会


少し前の話ですが、7/1の16:00より横浜ふね劇場にて、「横浜ふね劇場をつくる会」の総会があった。昨年、公演をふねで行う計画があったが、横浜市港湾局は、陸でできることをなぜふねでやる必要があるのかという様な理由で公演が許可されなかった経緯がある。

その後のふね会の活動は特に低調で、総会には10名程度しか出席していない状態となり総会とは名ばかりになっており、今後の展望は全くない。
しかし総会の後の試演会では、たくさんの人が来てくださり、ふね劇場に期待されていることが分かる。実際の公演活動が必要である事を強く感じた。

ふね劇場を合法的な存在とするためには、建物ではないが建築基準法と、ふねとしての船舶安全法を技術的に満足させ、さらに横浜市の都市計画に合致する必要がある。法律上は技術的に適用できるとして、都市計画に合致させるためには、横浜ふね劇場に魅力が有り、横浜市の発展に寄与できると皆さんが思えるようになる必要がある。

現在ある艀だまりは、貯木場入口という交差点のところにある。以前貯木場があったところであり、江戸時代の芝居町の木挽町の様な響きがある。現実には横浜港の辺境の地であり、何らかの計画を行う必要のある地区である。都市計画で、こここそ文化発信の場所と位置付けられるとよいと感じる。みなとみらい地区や大桟橋や象の鼻地区からふねでここに通える様にできれば、それこそ江戸時代初期の中橋のたもとにあった芝居町そのものになる。ふね劇場がその一翼を担えれば、港町横浜がより楽しい街になるはずである。