2006/11/27

建築技術12月号にYABの記事が掲載されました

11月17日発売の建築技術12月号に、YABが執筆した記事が掲載されています。
「特集:都市をつくる最前線の集合住宅」のうち、「音環境のテクニック」について、4ページの記事となっています。
ご興味のある方は、ぜひご覧ください。


2006/11/22

第12回全国芝居小屋会議に出席 (2)芝居小屋の音響について

木造の芝居小屋の音響上の特徴は、強い響きがなく、明瞭な伝達が出来ることであると思う。

客席の床は畳で、その上に座布団を敷いてある。壁は、襖か障子で、これは吸音性というか、ほとんどの音が透過してしまう。天井は、薄い板か八千代座のように和紙で出来ているものもある。
















(写真:嘉穂劇場内観)

したがって床、壁、天井はかなりの吸音性があり、特に低音域の吸音性が大きい。この特徴は、コンクリートで出来た劇場とはまったく逆の特徴となる。

コンクリートで出来た劇場は、やはり強い反射音があり、響きを感じる。発生した声は大きな音で伝搬はするが、場合によっては明瞭性が劣ってくる。木造劇場は、明瞭な声の伝達が可能であるが、大きな音になりにくく、したがって役者は声の出し方に工夫が必要となる。

最近の芝居小屋では、歌舞伎役者以外の大衆演劇の芝居では、ほとんどがマイクを使って公演をしているそうである。マイクを使うと、音はスピーカから出てくるので、音像が役者でなくスピーカの位置に移動してしまうために、舞台に動きがなく平板な感じになるという欠点がある。

このような現象は、BIGバンドのJAZZのコンサートで、電気音響の拡声を行う場合によく感じる。生き生きした情感を表現するためには、やはり生声で公演することが必要であると考える。しかし、音が反射しないため、役者の喉にかかる負担が大きく大変なのもたしかである。

それを改善する方法は、舞台装置を使って、音響反射板の代わりとすることではないかと考える。それにより、直接音を補強し、力強い音で伝搬させることが可能となるのではと。いずれにしても木造芝居小屋の音響データを収集することが重要である。

また嘉穂劇場では、この3年間、12月のベートーベンの第9を演奏しており、九州交響楽団と、地元出身のオペラ歌手と地元の合唱団で構成されている。

このような木造劇場では、クラシックコンサートホールのようには響かず、その点からは好ましくないが、しかしこのような木造劇場の空間が日本の劇場の原点と考えれば、この日本的な空間の中で、ヨーロッパで発展した音楽を演奏することは、それはそれで文化の交流と解釈してもいいのかもしれません。

芝居小屋でこのようにクラシックの演奏会をする場合には、演奏者は客席のスペースで演奏したほうが、音が観客に行きわたるかもしれません。

第12回全国芝居小屋会議に出席 (1)会議出席と劇場見学

11月18日(土)、19日(日)と福岡県飯塚市の嘉穂劇場で、全国芝居小屋会議があり、劇場演出空間技術協会(JATET)の木造建築劇場研究会の一員として参加した。































(写真上:芝居小屋会議の看板、写真下:嘉穂劇場)

嘉穂劇場は、昭和6年にかつての中座の遺構を利用して伊藤隆が再建した劇場である。平成15年に水害で壊滅的な被害を受けたが、地元や小屋を利用した俳優たちの支援で復興をとげ、平成16年に再開している。
周辺は、昭和初期は筑豊炭鉱の街としてにぎわい、この地域に40件ほどの芝居小屋があったそうだ。劇場は地域の娯楽の中心の施設であったが、炭鉱が閉山になり、芝居小屋は映画館になったり、さらにテレビの普及でお客がへり、現在では嘉穂劇場一館だけになったそうである。

今 は、嘉穂劇場は貴重な文化財((国)登録文化財)であるが、それだけでなく地域おこしの大きな財産として見直されている。かつては地域の人々が、このよう な芝居小屋で楽しむことがあったが、次第に娯楽が細分化され、個と個をつなぐ場がなくなってきたように思う。芝居小屋を通して、地域のコミュニケーション が復活し、あわせて地域の活性化に役に立つと良いと思う。

18日の午後16:30より六代目柳家小さんの襲名披露公演があり、落語を楽しんできた。
夜は交流会があり、酒を飲み交わしながら、全国各地の芝居小屋の関係者や芝居小屋を支援している個人参加が活動内容や、今後の芝居小屋連絡協議会の方針などが話し合われた。

19日の午前は、まず芝居小屋会議の総会があり、HPの立ち上げ、事務局の交代、来年以降の会議の場所について話し合われ、後半はいくつかの芝居小屋の人たちがパネリストになり、活動報告や質疑を行った。
午後は、熊本県山鹿市にある八千代座の方の案内で、八千代座を見学させていただく。その日は、地域のカラオケグループのコンサートで、大変な賑わい。八千代座は嘉穂劇場と比較して多少小さく、かわいらしい感じである。































(写真上:八千代座外観、写真下:八千代座内観)

嘉 穂劇場は、客席の広さが20m×20m、プロセニアムの幅は17.5m、回り舞台直径が15.8mもあり、盆をまわすのは確か8人必要である。しかし八千 代座は、客席の広さは約18m×18mだが、プロセニアムの開口幅は10.5m、回り舞台の直径も8.45mであり、これをまわすのは4人である。両方と もまわさせていただいたが、良い運動である。

宿泊は、福岡県の柳川市にある御花旅館。ここはかつて大名屋敷で、屋敷の中には畳を上げると能舞台になる座敷もあり、また池の中で薪能も行う旅館である。
木造劇場研究会の仲間と夜の2時まで議論をして楽しむ。

20 日は再度八千代座に行き、今度はその周辺の地域、福岡と熊本を結ぶ豊前街道の街づくりを見て廻りました。この街道は山鹿市で菊池川を横切り、米などの流通 の 拠点として、また温泉町として栄え、その中で明治44年に旦那衆が劇場組合を作り、建てた芝居小屋だそうで、山鹿の文化の中心として、歌舞伎をはじめ地域 の様 々な催物に使われたそうだが、ご多分に漏れず、昭和40年代庶民の娯楽が多様化していく中で閉鎖状態が長く続き、廃墟のようになってしまった。昭和61年 に復興運動が結成され、平成13年に再度復活している。豊前街道は、蔵造の建物や奥に長い町屋の名残があり、それを復活させて、街の雰囲気を江戸や明治の 雰囲気に復元する運動が行われている。
















(写真:豊前街道)