2011/10/21

日本建築学会関東大会で床衝撃音の対策工法について発表しました


少し前の話になりますが、建築学会の大会が8月23日(火)から3日間、早稲田大学の早稲田キャンパスで開催されました。
我々の発表は初日の午前中に行われ、「高性能遮音二重床の開発」と題して、共同発表者の堀内氏が発表しました。

多くの乾式二重床は、スラブと二重床の間にある空気(床下空気層)の振動による圧力で重量床衝撃音がスラブ素面より性能低下します。それに対して本工法は大幅な性能向上が得られました。本工法は、二重床のパネルが立体的な中空構造となっており、床下空気層とパネル内の中空部が連通されています。床衝撃力を受けたときの床下空気層の振動圧力は、この連通によって低減し、遮音性能が向上するというものです。

現在はその現象や効果の確認および施工性などについてUR都市機構と共同研究を進めております。実験に用いている床材はホームセンターで品質の良いものを探し「小名浜合板」社製のパーチクルボードで実験をしております。

2011/10/12

荏田宿の仮設芝居小屋


荏田町にある行きつけの床屋でこんな話をした。
「ここ(床屋)の前の道路は大山街道でちょうど直角に折れ曲がっているところだから、江戸の方から来た人には、この場所は相当目立つね。ここに芝居小屋などがあったらよかったのにね。」と言ったら、なんと床屋さんが小さいころ、この場所に実際に仮設の舞台ができて実際に芝居をやっていたとのこと。

現在その敷地は駐車場と野菜の直売所になっていて、卵やキュウリ、トマトやみそなどがおいしく週に1~2回買いに来る場所で、直売所のおじさんにも芝居小屋の話を聞いてみると確かにやっていたとのこと。おそらく40~50年前までのことらしい。すなわち1960年から1970年ぐらいまでと思われる。

収穫の終わった秋に1か月ほどの間、旅役者が来て、直売所のある周辺をよしずで囲って、その中に仮設で屋根のある舞台をつくって公演をしていたそうだ。舞台には花道がついていて、裏には楽屋があったそう。ここは江戸時代には、高札場となっていた場所である。高札場とは幕府のお触れを示すところ

で、街(村)で一番賑やかな所に設置することになっていたので、ここは江戸時代には荏田宿一番の繁華街だった思われる。




荏田交差点方面から見た直売所

1960年代に国道246号線ができ、荏田の交差点で旧大山街道が分断されてしまい、かつての荏田宿の商店街も分断されて活気がなくなってしまった。さらに今は東急田園都市線ができたために、そのあざみ野駅と港北ニュータウンのちょうど間にあたり、賑やかな場所の谷間になってい
て不便な場所である。しかも昔の大山街道の面影は全くと言ってよいほどなく、古くからいる人々の頭の中の記憶の中にしかない。
先週10月2日(日)は荏田宿の氏神様の剣神社のお祭り、10月9日(日)は、隣の旧石川村の驚神社の秋祭りがあった。神輿やお囃子の中にすこし昔の村祭りの名残が残されている。

驚神社のお祭り