2017/12/20

「道成寺の鐘」状の風力発電機

能楽に『道成寺』という話があります。裏切って鐘の中に逃げた男性を清姫は蛇になって嫉妬の炎で焼き殺し、さらに後世に鐘を再興する際にも怨霊となって現れて鐘を引き落としてしまう話です。以前、某能楽堂を見学させていただいたときに、楽屋に道成寺(能)の大道具の鐘が置かれていました。単なる紙でできた張りぼての大道具ではなく、鉄のフレームに布が貼られているもので非常に重量があり、物語を思わせる緊迫感が漂っていました。鐘の端部は布が巻きつかれていてクッションの役目をしています。

物語とは全く違う方向性からですが、その部分に注目して、この形状で風力発電機のアイディアが生まれ、ずっと考えています。すなわち鐘とその上に接続した棒で共振系を構成します。風で振動しやすいように設計します。

全体の構成は、長さ20mほどのプラスチック製の柔らかな筒、鐘状のフレーム、その下端にはリング状の発電機、そこには上下2段のコイルリングがあり、リングの中で逆方向に進む120度に固定された3個の磁石でできています。

風の左右の圧力を効率的に回転エネルギーに変換する必要があります。そこで柔軟性のあるパイプに当たった風を衝撃的にとらえ、下部の鐘を固有振動数で振動している状態に合わせて、しなることで位相を遅らせて加振させます。鐘が前後左右に規則的に振動することで2リングの磁石を逆方向に回転させ、発電します。逆方向に回転させるのは鐘が回転しないようにするためです。

普通の風車による風力発電機のように発電機が100m上空にあるのではなく、一番下部にあるためにメンテナンスも容易であり、また雷にも強いはずです。まだ単なるアイディアですが、いつか実現ができるといいと思っています。
用途は主に農村の施設などを想定し、あまり水田や畑に影を落とさず、大きな機械ではないので、場所も取らず、どこにでも設置できるように考えています。
一緒に研究してみたいと思われた方がいらっしゃいましたら、ぜひ声をかけてください。

イメージ

2017/10/24

荏田宿のお祭り(2017)

昨年3月、地元荏田宿のお囃子の復活を目指して、お隣町の驚神社の宮元囃子連の指導を仰いで始めた練習も、ほぼ1年半が過ぎました。昨年のお祭りでは、お囃子の4曲の内のはじめの1曲目、破矢のみで参加しましたが、今年は4曲、「破矢」、「鎌倉」、「くにがため」、「四丁目」を篠笛で練習し、完璧ではないのですが参加することができました。後はひょっとこ踊りの伴奏の「いんば」という曲があり、これを覚える必要があります。9/30、5:30より9:00ごろまで宿自治会館前で宵宮、自治会役員や剣神社の関係者など約100名ほどが集まり、お囃子の演奏をバックに親睦を交わしました。

荏田宿の祭りの宵宮(前夜祭)
荏田宿の祭りの宵宮(前夜祭)
10/1、祭り本番、子供神輿とともにお囃子の屋台で荏田の町中を練り歩きました。老人ホームにも3か所行き、お囃子や獅子舞、ひょっとこ踊りを披露しました。とにかく拍手と笑顔で迎えていただいて大変ありがたい気がしました。まだ驚神社の宮元の方々の助けが無ければひょっとこ踊りはできませんが、来年はお祭りの日程も重なっているようで独り立ちしないといけません。

屋台

老人ホームでのひょっとこ踊りの披露
10/7、10/8は、荏田宿お囃子連の先生方の驚神社宮元のお祭りでした。10/7は宵宮、ここのお祭りはかなり盛大です。お囃子だけでなく、大人神輿が町中を回っています。本番の10/8は昼の11時、平崎橋交差点近くで、4つの地域のお神輿や屋台が集まり、それぞれの威勢の良さを競い合います。その迫力には驚き、大変楽しめました。荏田お囃子連はこの域に達するのはまだまだ何十年も時間がかかるのではないかと思います。驚神社の屋台では子供のお囃子もあります。荏田のお囃子連もこのように子供が参加していてはじめて何十年も継続できるようになると実感をします。

宮元の宵宮

平崎橋付近での4つの地域の競い合い
朝日新聞(2017.10.4朝刊)の連載記事の「てんでんこ」で、「音楽の力」という節がありました。大槌町の人々がばらばらに避難しているが、花巻の音楽療法士の三井さんが次第に気がついたのは、「(避難されている)皆が好むのは、童謡や流行歌ではない。地元に古くから伝わる甚句や大漁節などだ。」と書かれています。
お囃子もそうですが、長い年月、同じ曲を何度も何度も毎週のように地域で歌ったり聴いたりしているので、地域の人たちの共通の感覚ができているからだと自分の経験からも感じます。

また毎週練習をしている中で感じるのは、我々は去年始めたばかりですからうまくいかない、失敗することも多いですが、それでも先生に怒られることがない。皆が長く続けるためには独特の教え方があると感じます。そのうちに何とかなるだろうという余裕の気持ちです。

2017/10/10

岐阜の芝居小屋 加子母明治座・白雲座の音響調査

ベルリン工科大学の研究者と一緒に、岐阜県の「かしも明治座」、「白雲座」の音響調査をしました。メンバーはベルリン工科大学のClemens Buttner氏とProf. Dr,Stefan Weinzierl、東京大学生産技術研究所の助教 森下有氏、YABのアントニオ・サンチェスと藪下 満の5名です。

9月25日(月)に横浜から車で出発し、夕方に加子母村に到着しました。その日は、「かしも明治座」で12面体無指向性スピーカによる音響測定を行い、翌日の午前中に「白雲座」で12面体無指向性スピーカおよび可聴化(Auralization)用のボックススピーカでインパルス応答の計測、さらに3Dレーザースキャンの空間測定も行い、午後はまた明治座に移動してボックススピーカによる音響測定を行いました。翌日9月27日に無事帰路につきました。

かしも明治座の測定(1)
かしも明治座の測定(2)
白雲座の測定(1)
白雲座の測定(2)


今回の測定の目的は、Clemens Buttner氏による日本の明治期以降のヨーロッパ音楽の導入期の演奏場所の音響特性の調査などです。2年ほど前には、ほぼ同じメンバーで金丸座、内子座、大隈講堂、川越鶴川座を音響調査しました。今回はその第二段となります。

以前からブログでもご紹介している通り、YABでは芝居小屋の音響調査を行っています。2011年には神奈川大学との共同研究のまとめとして、「芝居小屋の音響特性」の論文を技術報告集に報告しました。その後に、Clemens氏に会い、ベルリン工科大学との共同研究が始まりました。2014年には、ポーランドで開催されたFORUM ACOUSTICUM 2014 in KRAKOWにて、「Acoustical Characteristics of preserved wooden style Kabuki theatres in Japan」と題して、八千代座、村国座、嘉穂劇場、金丸座、鳳凰座の音響シミュレーション結果をClemens Buttner氏、Prof. Dr,Stefan Weinzierlと神奈川大学の安田先生と藪下で発表しています。
また今年の建築学会大会では、アントニオと森下先生、Clemens氏と私で、「川越市鶴川座の音響的復原 ―3Dレーザースキャンの応用-」と題して発表しています。芝居小屋の音響の研究が広がっていることを嬉しく思います。
私としては、芝居小屋の空間構成を現代の劇場設計に生かせないかということと、この音響特性から音声を伴う音楽にはどのような音響空間が好ましいかを今後探っていければと思っています。

今回、加子母村では、森下先生の知人の中島工務店社長の中島さんに大変お世話になりました。かしも産直売所(木造ラーメン構造)、ふれあいコミュニティ施設(木造、子供と老人施設、安藤忠雄設計)、ふれあいのやかたかしも(コミュニティ施設、在来軸組み工法の大型木造建築)、設計コンペでできた木造の加子母小学校、そして保存修理を行った明治座、またキャンプ村などを案内していただきました。また村の集落は、ほぼ同じようなスタイルの木造民家で、周辺の山々と調和していて大変好印象でした。中島工務店は木構造の最先端の技術があり、村の発展に貢献していると感じました。

加子母明治座前で、右からステファンさん、加藤館長さん、アントニオ、森下さん、私(藪下)とクレメンスさん

2017/09/21

渡辺翁記念会館のコンサート (山口県宇部市)

建築学会中国大会が8/31~9/3まで広島工大で開かれ、我々は9/2~9/3参加し9/3の午前中にアントニオが発表をしました。発表は無事に終了し、多くの方から質問もいただき手ごたえを感じました。

発表の後、私は新山口まで古くからの友人に会いに行きました。そして以前から気になっていた宇部にある渡辺翁記念会館(村野藤吾設計)に車で連れて行ってもらいコンサートを聴きました。
渡辺翁記念会館
ちょっと遅れて到着したために2F席になってしまいましたが、音は非常に大きく聞こえ、びっくりしました。たしかに噂に聞く素晴らしい音です。一番後ろのティンパニーの音もはっきりと方向感を持って大きく聞こえていました。

2階席から
主催および演奏は、宇部市民オーケストラ(指揮 高橋 敦)で、曲目は1.ムソルグスキー交響詩「禿山の一夜」、2.チャイコフスキーピアノコンチェルト第一番、アンコール「オルゴール」、3.チャイコフスキー交響曲第一番「冬の日の幻想」でした。われわれは2曲目のピアノ協奏曲から聞くことができました。ピアノ演奏者(尾形大介)も迫力がありました。

渡辺翁記念会館は今年で開館80周年になるそうで、80周年イベントがたくさん企画されていました。開館は1937年(昭和12年)です。昭和2年(1927)、初めての音響設計とされている早稲田大学大隈講堂が完成、昭和4年(1929)日比谷公会堂、昭和5年名古屋公会堂、そして昭和12年宇部市渡辺翁記念会館、同年、浅草国際劇場が出来ています。中之島中央公会堂は大正7年(1918)に開館で、なかではずいぶん先を走っている公会堂です。それでも渡辺翁記念会館は、公会堂建築のほぼ先端にいます。

村野藤吾は1891年生まれ、1984年に亡くなりました。工業高校を卒業後、八幡製鉄所で働いていますが、1913年に早稲田大学の電気工学科に入学し、その後建築に転入して、1918年に卒業しています。渡辺翁記念会館の完成は約46歳のとき。このホールの音響設計は大隈講堂の設計方法を参考にしたかどうか気になるところです。大隈講堂は、おそらく舞台の音が観客席に効率よく伝搬する様に設計されています。断面形状が放物線のようになっています。大隈講堂は以前に3Dレーザースキャンで空間測定とインパルス応答で音響測定も行っているので、今回建築学会で発表した川越鶴川座と同様の方法で近いうちに分析してみようと思っています。

渡辺翁記念会館も天井の形状を見ると、天井からの反射音が直接音を補強しているとみられ、そのために大きな音に聞こえるのだろうと思っています。

天井の形状
村野藤吾は宇部に縁があるらしく、旧宇部銀行本店も設計しています。現在はヒストリア宇部という市の建物になっていて、Caféがあり、空間の貸し出しもしています。オーケストラが練習できそうな大きさの講堂(約13m×16m×約10m(推測))の様な空間もあります。

ヒストリア宇部(旧宇部銀行本店 村野藤吾設計)

宇部市は当初、石炭産業で急速な発展を遂げています。その基礎を築いたのが、渡辺祐策翁で、石炭と石灰岩をつかってセメントも製造していました。いまは、石炭は掘りつくしてしまい、宇部興産として主に化学産業分野で活動しているようです。宇部の海岸側に広大な工場があります。
ただ町はどこにもある老齢化と人口減少で悩んでいるようです。新しい若い人を受け入れられる産業が必要と思います。

しかし一方で、この地は、ユニクロの柳井氏の出身地だそうで、大きな工場もあるとのこと。また元首相の菅直人氏もここの宇部高校(私の古くからの友人もここ出身)にいたようです。その後、東京都の小山台高校に転入し、東工大に入っています。私の高校・大学の1年先輩になります。

また、新しいエネルギーも感じる場所もあります。隣の小野田市に焼野海岸という浜があり、ここはきれいでした。人工物はほとんどなく、隈研吾設計のカフェが中央に存在しています。行ってみたら残念ながら満席で入れませんでしたが、ちょっと覗くと2階は四角のテーブルを囲んで5~6名の白髪の日本人、対するはヨーロッパ系と思われる5~6名の外国人です。何かプロジェクトをはじめようとしているかなという雰囲気。そうであれば面白いです。ここから眺める夕陽は最高です。反対側は九州が見えました。

Sol Poniente 隈研吾設計
 

2017/09/06

2017年度日本建築学会大会(中国)発表 9/3(日)
Speech at the Architectural Institute of Japan (AIJ 2017)

「川越市鶴川座の音響的復原 -その1 3Dレーザースキャンデータの音響シミュレーションへの応用-」と題して発表いたしました。

本報告は、東京大学生産技術研究所の助教 森下有 氏、ベルリン工科大学のクレメンス・ビュトナー氏、および弊社の共同研究になります。

発表者は、YABのアントニオ・サンチェスです。


東京近郊に残る唯一の木造芝居小屋である川越市の鶴川座の内部空間を、3Dレーザースキャナーによる測定(東京大学)および音響測定を行い、3DスキャンデータからCADデータに変換を行った上で空間の音響シミュレーションを行いました。またその結果を音響測定の実測値と比較をしています。

3Dスキャンデータは膨大な点群データであるため、CADデータに変換する前に、Cloud Compareというフリーソフトを用いて、測定点の間引きを行っており、この方法は今回初めて行った手法でしたが、有効であったと考えられます。

また鶴川座が芝居小屋であった当時の音響的な特性の復原にも、これら一連の方法が有効な手法であると確かめられました。

発表後には多くの方からご質問、ご意見をいただきました。質疑応答の内容につきましてブログに追記する予定です。

英語、スペイン語テキストの後に、発表のパワーポイントを転載いたします。
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This year, for the second time, I had again the opportunity to give a speech at the annual meeting of the Architectural Society of Japan (AIJ 2017). The meeting was held on 1st, 2nd and 3rd of September in the Hiroshima Institute of Technology.

As commented in a previous entry of YAB blog, our speech was about the application of 3D laser scan data to acoustic simulations for the restoration of the acoustic characteristics of Tsurukawa Playhouse. This work was made together with Mitsuru Yabushita (YAB Corporation), Yu Morishita (The University of Tokyo) and Clemens Büttner (Berlin Institute of Technology).

In response to their interest in our work, the members of AIJ, including notable teachers, asked a great number of questions after the presentation. The opinions and comments were related, among others, to the possible causes of the long reverberation time results, implementing of the gaps in the ceiling and scattering coefficients used in the materials during the simulation. They were also impressed by the method of transformation from point cloud to geometrical mesh using the free software CloudCompare. Furthermore, auralizations for both, real site and simulation, were made based on the impulse responses obtained.

The effectivity of this work for the restoring of the acoustic characteristics of Tsurukawa was confirmed by the members of the Wooden Playhouses Study Group in a meeting held few days before the AIJ presentation.

I am very grateful to Mitsuru Yabushita and Akiko Yabushita for their help and support.

Antonio
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Este año, una vez más, he tenido la gran oportunidad de presentar en japonés como ponente en la conferencia anual del Instituto Japonés de Arquitectura (AIJ 2017) celebrada los pasados días 1, 2 y 3 de Septiembre en el Instituto Tecnológico de Hiroshima.

Como ya comenté en previas entradas del blog de YAB, nuestra ponencia trató sobre la aplicación del escáner láser 3D a simulaciones acústicas para la restauración de las características acústicas del teatro de Tsurukawa. Un trabajo conjunto con Mitsuru Yabushita (YAB Corporation), Yu Morishita (Universidad de Tokyo) y Clemens Büttner (Instituto Tecnológico de Berlín).

En respuesta al interés de nuestro trabajo, miembros de la AIJ que incluían profesores de renombre, realizaron un gran número de preguntas después de la presentación. Las opiniones y comentarios estaban relacionadas entre otras, a las posibles causas de la obtención del largo tiempo de reverberación en las simulaciones. También se habló sobre la implementación de los huecos existentes en el techo y los coeficientes de dispersión de los materiales usados para la simulación. Además, quedaron impresionados por el método de conversión de nube 3D de puntos a la malla geométrica en AutoCAD con la utilización del programa gratuito CloudCompare. También se realizaron auralizaciones a partir de las respuestas impulsivas obtenidas en las mediciones in-situ y simulaciones.

Le agradezco mucho a Mitsuru Yabushita y Akiko Yabushita, por su ayuda y confianza en mí.

Antonio
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Auralizations:

Simulation:



Real measurements :


2017/08/28

1600年頃の歴史的転換点とガリレオ・ガリレイの登場

スティーヴン・ワインバーグ著「科学の発見」を読んだ。著者は1979年のノーベル物理学賞の受賞者であるが、年を経るにしたがって科学史に魅力を感じるようになったと本書の「はじめに」に書いている。

目次を拾うと、「第一部 古代ギリシャの物理学」、「第二部 古代ギリシャの天文学」、そして「第三部 中世」では、アラブ世界が古代ギリシャの知識を再発見し、黄金期を迎えたことなどが書かれる。

「第四部 科学革命」では、第11章に本書の最も重要な論点が書かれている。要約を転載する。

16世紀~17世紀の物理学と天文学の革命的変化は、現代の科学者から見ても歴史の転換点だ。コペルニクス、ティコ、ケプラー、ガリレオの計算と観測で太陽系は正しく記述され、ケプラーの三法則にまとめられた。

とある。
続けて、章のタイトルのみ記載すると、
「第12章 科学には実験が必要だ。」「第13章 最も過大評価された偉人達」
「第14章革命者ニュートン」

そして「第15章エピローグ:大いなる統一をめざして」で終わる。

本書のクライマックスはニュートンの記述であるが、ここでは「科学を発見した」ガリレオについて注目した。ガリレオが活躍したのが1600年前後だからである。

ガリレオは、1564年ピサで、音楽理論の研究者ヴィンチェンツォ・ガリレイの息子として生まれた。1600年代初め頃には、望遠鏡がすでにオランダで製造されていたというが、1609年にガリレオはすぐにその改良版を制作したという。

1609年8月23日、彼は自作の望遠鏡をヴェネティアの総督と名士たちに披露し、これを使えば、沖からやってくる船を肉眼で見えるようになるよりも2時間早く捉えられることを実演して見せた。海洋国家ヴェネティアにとって、このような器具の持つ価値は明らかだった。望遠鏡をヴェネティアに寄贈したガリレオは終身教授の身分を保障され、大学の俸給も3倍に引き上げられた。彼は11月にはすでに倍率を20倍までに高めることに成功し、望遠鏡を使って天体観測をはじめていた。

とある。この時ガリレオはおおよそ36歳であった。
ガリレオによる望遠鏡で、6つの歴史的な天文学上の発見がなされたことが紹介されている。1609年12月20日、月の凹凸を発見。無数の暗い星を発見。惑星は「小さな月の様に見える完全に円い球体」である、1610年には、木星の周りに4つの衛星を発見。同じく9月には金星も月と同じように満ち欠けすることを発見。1613年には太陽表面に黒点を発見、などである。

このように、若くしてガリレオは天文学の大きな発見を行い、財力や栄誉を得ている。このガリレオが活躍した1600年前後という時代は、世界の各地で、偉大な文化的な発展がみられた時代として興味深い。

1597年には、最初のオペラと言われている「ダフネ」がイタリアのフィレンツェで上演された。1598年、ロンドンにシェークスピアのグローブ座が出来た。1603年、日本では阿国が北野天満宮で歌舞伎踊を始めたとされている。1605年には、スペインのマドリードにてミゲル・デ・セルバンテス『ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ』が出版される。この世界的に文化的な転換があった時に、ガリレオもイタリアで活躍していた。

この本では、科学の始まりはギリシャで、そこからアラブを経てスペインにたどり着き、ヨーロッパ全体に展開していたとされるが、音律などの音楽理論については、ガリレオの父親が音楽理論研究者とする以外は、何の記述もない。音楽は音という面からみると科学的な要素で重なるところがある。
音律に関する本、「響きの考古学 音律の世界史」(藤枝守著)によると、ギリシャのピタゴラス音律(BC500)が、アラブのカザフスタンのアル・ファラビーの音楽大全(AD900頃)につながり、アラブのサフィー・アッ・ディーンAD1252)の「旋法の書」につながり、それらがスペインに伝わったとある。科学は、音楽と相当に似た経路をたどっていることがわかる。

1616年2月、ガリレオは異端審問所に呼び出され、「コペルニクス説を信ずること、または擁護することを禁ずる。」と命令を受けている。

コペルニクスの説は、地球は太陽の周りをまわっているというもの。その後、1632年ガリレオは「二大世界体系―プトレマイオス体系及びコペルニクス体系―に関する対話」(訳注:邦題「天文対話」)をフィレンツエ司教の許可の上出版した。

しかし、「1633年4月、ガリレオは裁判にかけられた。罪状は、1616年の異端審問所の命令書に違反したことだった。」とある。彼は「異端の濃厚な疑い」で終身刑を言い渡され、地動説の撤回を宣誓させられた。最終的には自分のアルチェトリの別荘で軟禁生活となり、しかしその間、1635年に「新科学対話」を完成させた。この中で落体等の運動の研究をはじめて実験をして理論化した。また実験結果を積極的に公表して、物理理論の正しさを判断できるようにしたこともガリレオの功績の様である。

1642年、ガリレオは軟禁中のアルチェトリで死去した。ガリレオの著作の様な、コペルニクス説を唱える著作がカトリック教会の禁書目録から外されたのは、それから200年近くものちの1835年ことだったが、コペルニクス的宇宙感はとうの昔にほとんどのカトリック教国とプロテスタント教国で受け入れられていた。

地球が太陽の周りをまわっていることは、地球が世界の中心である必要があった時代には体制側には受け入れられないことであったのだろう。

歴史を前に進めた偉大な人たち、ガリレオは1564生まれ、1642年に亡くなった。同年、ニュートンが生まれている。シェークスピアはガリレオと同じ1564年、ストラトフォード・アボン・エイボンに生まれ、1616年に死去している。

1600年前後は中世から近世への大きな転換点である。

2017/08/07

中国天津・重慶に出張

7/4から7/7まで天津・重慶に行ってきた。天津は羽田から西へ3時間余り、とても近い。到着して、午後から打ち合わせ。翌日、朝の打ち合わせ前にホテルの近くを散歩した。ホテルの前はレストランやカフェがならぶこじんまりした小路、その先は緑の多い広場になっていて、広場に面してギリシャ古典様式のコンサートホールがある。

コンサートホール
まだ朝の7時、早いのでドアは閉まっていたが、公演の案内ポスターが貼ってあった。クラシックコンサート(写真)から伝統音楽(写真)までやっているようだ。




ここ天津出身の高さんによれば、数十年前、ここは映画館だったようだ。この様なしっかりとした建物が映画館とは、多くの芝居小屋が映画館になった日本とは大きく違う。

7/5の午後、重慶に向う。天津からは相当遠い。重慶の印象は霧である。当初PM2.5かと勘違いをした。次の印象は緑が多いことである。温暖で雨が多いからのようだ。そして素晴らしいのは、高層ビルも含めて、屋上庭園がおそらく全ての建物に存在していることだ。
ビルの屋上はほぼ緑化されている
また古い町並みを残していい雰囲気の地区もある。


さらに重慶は大河の長江と嘉陵江(かりょうこう)の合流地点で、しかも盆地のために湿度が多い。この合流地点は30万ドルの夜景と自ら称している。香港には負けるけど、それに近いほどきれいだという意味だそうである。その夜景を見ながら、火鍋を食べるのがここの人たちの楽しみのようだ。




火鍋屋が立ち並ぶ
川沿いにたくさん火鍋屋さんが並んでいる。何でこんなに辛い食べ物を食べるかと言えば、湿度が多いために汗をかきにくいので、辛いのを食べて汗をかいて健康になろうということのようだ。この長江は上海まで何千キロの旅をするのだが、とても水の流れが強い。単なるゆったりとした大河ではなく、水がとうとうと流れる大河だった。重慶の飛行場で、チベット物産の店に鐘が売っていたので、鳴らしてみたら何と唸り音が生じた。


2017/06/30

ACOUSTIC CONSEQUENCES OF SOUND ABSORBING CEILING REMOVAL IN JAPANESE GYMNASIUMS

Due to recently changes in Japanese seismic standards, the modification of existing ceiling structures in large spaces (e.g. gymnasiums) for the prevention of possible falls have become one of the primary targets.

In most of the cases, the removal of the sound absorbing suspended ceiling for the seismic retrofitting  affects directly to the acoustic characteristics of the space, creating the increase of the reverberation time and the appearing of the unpleasant flutter echo (e.g. specially when ball-bouncing a basketball ball in gymnasiums). 

In this study, spaces (30x35x15 m) with different ceiling shapes have been acoustically simulated to better understand the issues that YAB Corporation has to face when quality acoustic conditions become an added priority during their renovation. 

Impulse responses and ray tracing simulations show a significant flutter echo in the space with dome shape ceiling that can remind the existing flutter echo of the “whining dragon” of Toshogu shrine in Nikko.

Here, an interesting report about the whining dragon of Toshogu shrine "The Fluttering Echoes or Whining Dragon" by Sumio Yoshizawa. Published in the ICPE2006 (The International Conference of Engineering Physics 2006 in Tokyo).






Ray tracing simulation:

1DOME1

1DOME2

2CURVED1

3SLANTED1

4FLAT1

Auralizations:


Dry source: Recitation of Kazuhisa Takahashi  無響室録音:朗読 高橋和久

Impulse Responses


2017/06/29

都市の中の心地よい音 その2 人工的な音

以前、弊社の事務所は横浜市関内の尾上町通りに面したところにあり、それに連なって市役所や横浜球場があるために、野球のあるときは応援の声が賑やかで、地響きのように聞こえるときもあった。野球が終わると飲み屋は一杯になる。1998年にベイスターズが優勝した時には眼の前の道路でパレードが行われ、事務所のバルコニーから『浜の大魔神』に手を振った。また開港祭のときには日本大通りで吹奏楽のパレードがある。市役所が近いために、時にはデモ行進や街宣車も来る。また港があるので船の汽笛の音も聞こえる。これらは横浜の都市の音として記憶している。

先月、「都市の中の心地よい音」というブログで、トレヴァー・コックス(Trevor Cox)著の「世界の不思議な音」(英文題「The Sound Book The Science of the Sonic Wonders of the World 」)をご紹介した。

この中の「音のある風景」の章で、都市の象徴的な音「サウンドマーク」は「ランドマークと同じく多様性に富む」とし、カナダのバンクーバーの汽笛、シリアの水車のうなり、アメリカ南西部ではアムトラックの警笛、そしてロンドンを代表する音として国会議事堂の時計台にあるビッグベンの音をこのように紹介している。
「ビッグベンは新年を迎えるときに鳴らされ、何十年もニュース番組の冒頭で流され続け、休戦記念日(アメリカでは「復員軍人の日」と呼ばれる)には二分間の黙祷の開始を告げるのにも使われる。」
と、非常に日常に浸透した音であることがわかる。
「大鐘が鳴る前に、鐘楼の四隅にある四つの鐘が有名な「ウエストミンスター・チャイム」を奏でる。」
それに続きビッグベンの大鐘が10回ならされるそうだ。少し、この鐘の音について内容をご紹介する。
「まず金属がぶつかりあうカーンという音がして、それが次第に弱まるにつれ朗々と響く音になり、二〇秒ほど続く。最初のハンマー音の打撃から生じる音は高周波成分が多いが、それはすぐ消滅し、もっと穏やかな低周波数の響きが残ってゆったりとした震音を発する」。
この震音とは二つのわずかに異なる周波数が重なると発生する唸りのことで日本の鐘にもある現象である。
「鐘の場合は対称性によって、というか正確には対称性の欠如によって、震音が生じる。完璧な円形でない場合、鐘はうなりを生じる二つの近接した周波数をもつ音を出す。教会の鐘を新たに鋳造するときには、西洋の鋳造所ではそのような震音は避けたいと考えるのは普通だろう。ところが韓国では、この効果は音の質を決定する大事な要素とみなされている。西暦771年に鋳造された聖徳大王神鐘は、「エミレの鐘」という呼び名の方がよく知られている。この鐘を鳴らすと「エミレ」(お母さん)と子供が泣き叫ぶような音がすると言われている。言い伝えによると、鐘の音を響かせるために鋳造師が自らの娘を人身供養としてささげさせられたという。 ビッグベンが明瞭な唸りを発するのは、いくつかの傷のせいで二つの周波数が生じるからであり、傷の一つははっきりと見て取れる。
『参考文献:S.-H.Kima, C.-W.Lee, and J.-M,Lee “Beat Charcteristics and Beat Maps of the King Seong-deok Divine Bell” Journal of Sound and Vibration 281 (2005):21-44』
私は30年ほど前に、数カ月ウイーンで生活したが、昼と夕方など、定時に近くのセント・エリザベス教会の鐘が鳴るのを毎日聞いた。その鐘の音は、日本の鐘の様には唸ることはなく、「ガーンガーン」と、まるで私はここにいるから来なさいと言っている感じで鳴る。しかし、ビッグベンの音は日本の鐘の様に唸るのだ。ビッグベンの鐘の音を、ロンドンの人はどのように聞いて感じているのだろうか。

韓国の鐘は聞いたことがないが、きっと日本の寺の鐘と同じように唸りがあるのだろう。私にはお寺の鐘の音は、仏壇の鈴(りん)と同じように、唸ることで願が天に伝わるような気がする。また別の本であるが、笹本正治著「中世の音・近世の音 鐘の音の結ぶ世界」には、鐘の音は「この世とあの世を結ぶものとして意識されている」との記述がある。

かつて特に中世では、寺の鐘は昼と夜の境を知らせる身近な関係にあったと思われる。
しかし今や日本の都市の中でお寺の鐘の音は騒音にかき消されてしまって、あまり象徴的な意味が少なくなっていると思われる。祭りのお囃子やお神輿の声でさえも、身近な音ではなく単なる騒音として感じられるようになっている可能性がある(祭りの音にクレームが出ることもある)。音楽はコンサートホールの中にのみ存在できる状態がある。

歌舞伎に「夏祭浪花鑑」という話がある。主人公が訳あって人をけがさせ刑務所に入り、出所してやっと故郷に戻ってきたばかり。夏祭りの音が生き生きと聞こえる。しかしその後、人を助けるために格闘の末に、また悪人をあやめてしまう。人生が思い通りにならないやる瀬なさのなか逃亡しようとし、ふと気がつくと、今度はお祭りのお囃子の音がしだいに遠のいて聞こえている、という表現がなされる。これは、お祭りが人々に身近な時代の物語である。

一方で、お囃子を復活させようという動きもあり、今、我町も毎週1回、近所の集会所でお囃子の練習が行われている。地元で身近な音になるといいと思う。

2017/05/19

都市の中の心地よい音

春になり、小鳥の声がよく聞こえるようになった。緑の多い静かな住宅街にある我が事務所の周りでは、まず目立つのが鶯であるが、身近なスズメやキジバト、ヒヨドリ、シジュウカラなどがにぎやかである。目の前には公園があって、夕方には学校から帰ってきた子供たちの声が聞こえるのも何とも平和な気がする。

先日、雨の日に青葉区寺家町のふるさと村に行ったら、田んぼの横の用水路にアマガエルがケロケロ大きな声で鳴いていて、久しぶりに聞いたアマガエルの声に嬉しくなった。このふるさと村は、横浜市の中で里山をわずかに残している場所で、気分転換によく行く場所である。

トレヴァー・コックス(Trevor Cox)著の「世界の不思議な音」(英文題は「The Sound Book The Science of the Sonic Wonders of the World 」)を読んだ。

「世界で一番静かな場所」という章で、イングランド田園地帯保護協会(CPRE)の調査では、静穏が得られればストレスが軽減することが証明されているとあり、静穏感をもたらす三大要素は、「自然の風景を眺めること」、「鳥の鳴き声を聞くこと」、「星を見ること」だそうだ。

それに続いて、「都市で大事なのは絶対的な音の大きさではなく、相対的な静けさだと。田舎と同様、人為的な音は抑えるべきであるが、完全に聞こえなくする必要はない。自然の音が大きくなれば街の静穏度が高くなると研究で判明しているので、鳥の鳴き声や葉のざわめき、水の流れる音などを積極的に取り入れるべきである」とある。

交通騒音や工場騒音などの騒音は低減する必要があるが、そういった喧噪のなかでも、自然の音が聞こえてくることが重要な役割があるとわかる。また、都市の人工的な音の中でも、お寺の鐘の音などは一つの文化的なものの象徴として存在していて、心地よい音と感じるものである。上記の本の中でも、都市の象徴的な音「サウンドマーク」(例えばロンドンのビッグベンの鐘の音)が人にもたらす影響について書かれているが、それはまた別の機会に書こうと思う。

2017/05/17

Restoration of the acoustic characteristics of Tsurukawa Playhouse in Kawagoe: (I) Application of 3D laser scan data to acoustic simulation

以下、今年の9月の建築学会大会にて発表予定の論文を英語で説明したものです。

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AIJ 2017 Title

RESTORATION OF THE ACOUSTIC CHARACTERISTICS OF TSURUKAWA PLAYHOUSE IN KAWAGOE: (I) APPLICATION OF 3D LASER SCAN DATA TO ACOUSTIC SIMULATION

Authors:
Antonio Sanchez-Parejo  (YAB Corporation)
Yu Morishita ( Institute of Industrial Science, The University of Tokyo )
Mitsuru Yabushita (YAB Corporation)
Clemens Büttner (Audio Communication Group, Institute of Technology Berlin)

Tsurukawa playhouse is located in Kawagoe city in the central Kanto region of Japan. The wooden building built in 1907 is presumed to be the only playhouse remaining in the metropolitan area. The wooden wheels embedded in the circular stage still remain, as well as the brick passage under the “hanamichi” (the walkway that extends from the stage to the audience seats) that connects the “naraku” (area under the stage) with the “toyaguchi” (the entrance connected at the back of the audience seats, used for actors). During Taisho era, the playhouse was used to entertain with the screening of photographs after World War I and later, and until 2000, it became a movie theatre.

The necessity of its restoration and reuse, has provided us with the opportunity to apply for the first time measuring methods with 3D laser scanning for the study of the acoustic characteristics of a historical space such as this one.

Exterior view of Tsurukawa playhouse in Taisho era

3D laser scanner 
The purpose of 3D laser scanning is to create point clouds (three dimensional positions) of geometric spaces. For most situations, a single scan will not produce a complete model of the building. For Tsurukawa playhouse multiple scans, as shown in the picture below, were required to obtain information about all surfaces of the building.
3D laser scan and acoustic measurement position

3D point cloud data 
 Although different software for the conversion of point cloud into 3D CAD can be used, the big size of scan files (13.6 GB in case of Tsurukawa playhouse) and the lack of precision that requires manual fixes, made most of this software very inefficient. In our case, the use of section slices from 3D scan data was selected, a simpler and less time-consuming method for the acquisition of geometry for the room acoustic simulation. This method allowed an exact representation of the historical room which allowed capturing the damaged ceiling of Tsurukawa playhouse, helping to improve the effectivity and performance of the acoustic restoration. Moreover, the damaged ceiling of Tsurugawaza was captured by the 3D scan, helping to increase the effectivity of the acoustic restoration.


3D scan point cloud sections of Tsurukawa playhouse

AutoCAD geometry from section slices

Geometry imported in CATT Acoustic software for acoustic simulation.

Results obtained from acoustic simulations were compared with current acoustic characteristics. Both impulse response of measurements and CATT Acoustic simulation results had similar waveforms. Showing similar shape, RASTI values between 0.53 to 0.60 (Fair) obtained in CATT simulation were lower than the ones obtained in actual measurements ranging from 0.58 to 0.70 (Fair /Good), background noise settings on the simulation could have affected the achievement of the values for the simulation. The room behaved as a non-mixing geometry/shape in the simulation (standing waves due to parallel walls reflection), so the reverberation time became a bit longer for CATT simulation (1.54s) than Eyring (CATT simulation) and actual measurements results, in both cases, was 0.9s.
Impulse responses. Actual measurement, CATT-Acoustic simulation

RASTI



Time Trace video simulation


Special thanks to Kawagoe Kura No Kai and Wooden Playhouses Study Group. 

測定に際し、川越蔵の会および木造劇場研究会の皆様にご協力をいただきました。記して感謝いたします。