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2026/06/25

たゆとう楽と舞 ガムランの扉2026 中部ジャワのガムランと舞踊 を聴く

 日時:2026621日(日)15時開演、620日も公演があった。

場所:日暮里サニーホール、舞台は使わず、平土間を一部、舞台にして、楽器を並べるだけでなく、舞踊も行っている(下記写真にしめした)。

主催:ガムラングループ・ランバサリ

演奏:アロイシウス・スワルディ インドネシア国立芸術大学スラカルタ校で博士号を取得し、1990年にインドネシア共和国文化大臣から模範講師の賞、2012年には文化賞を受賞している。

舞踊:テレシア・スリ・クリニティ   カスナナン王宮と中部ジャワ文化センターで宮廷舞踊ブドヨとスリンピを深める。更に舞踊についてはパンフレットに示した人たち、演奏については、ランバサリの演奏者もンフレットに示している。私は近所で、演奏者の一人の大田さんにこのコンサートを紹介された。もう何度かこのコンサートには行っている。すべて日暮里サニーホールである。

司会者が、最初にこのジャワガムランはジャワの宮廷音楽で、日本で言えば雅楽のような感じだと言っていた。ただインドネシアは、戦後王政がたおれ、インドネシア共和国にかわり、それとともに、ガムランは民間に開かれた音楽になっていて、今回も新しく作曲されたガムランを紹介していた。それに対して雅楽はどうなんだろう。奈良時代からずっと皇室の音楽にとどまっているのだろうか?雅楽はこのガムランやオーケストラに様に楽器がたくさんあり、華やかな舞踊や物語もあり、少しガムランと似ているが、雅楽のコンサートは日常的には開かれていない気がする。※ただし私の身近なお寺、善照寺の活動の中で、毎月1回は、先生が来て、雅楽の楽器、笙などを練習して、それを法事の時などに披露している。ただこのような出来事は、一般的な感じではないかもしれない。多分素晴らしいことだ。

コンサート名の「たゆとう」は不安定な状態でゆらゆらと漂うような意味で、このガムランを指しているもののようだ。ガムランは音のリズムは少しずつ変化するし、音律も2系統あり、横向きに並べられている楽器(スレッドロ音階(日本の民謡など))と縦向きに並べられている楽器ペロッグ音階(沖縄の音楽など)の二種類があり、時々入れ替えて演奏する。クラシック音楽の様にメロディやリズムが固定しているものでなく、ゆらゆらと変化する。たゆとうは、それを意味しているのだろう。なんだか心の動きを表現しているのかもしれない。

またプログラムの半分はガムランの伴奏を付けた舞踊となっている。帯が足元より長く垂れ下がり、それをけりながら、しなやかに踊る。また歩きながら紙吹雪を足元から散らかしながら歩く。華やかさが増す感じだ。

 NHK2CHのクラシック音楽館のビデオで、ショスタコーヴィチの交響曲4番を聞いた後だったので、この激しい心の戦いを聴いた後に、これはこれでなるほどと思ったが、たおやかなガムランを聞いたことで、心が落ち着く感じは格別だ。


写真:最後に出演者が挨拶をしているところは、写真OKとのことだったが、挨拶をしているところは撮れなかった。少し遅かった。床には紙吹雪がまき散らかされている。

写真:リアントさん(右側)と川島さん(左側)、公演がはねた後写真撮影に応じている。




写真:琴やハープのような楽器、楽器の細い方に座って、つま弾く感じで演奏する。

実は10年ほどまえ、バンドンにバンドン工科大学の音響実験室(無響室、残響室2つ、吸音率測定、遮音測定もできる)を工事監理するために、スペイン人のアントニオさんといったときに、近くに公園があり、そこに日本の占領時の防空壕とその隣にオランダの防空壕があり、現在はそれらが戦争記念碑になっていて、それを見学した。インドネシアの案内人は、日本人の私に向かっても、スペイン人のアントニオさんに向かっても大変文句がありそうだった。しかし当たり前の問題だ。先日天皇陛下がオランダの国王と会った時には、当時悲劇があったが、それを乗り越えていこうと。

そういえば、このランバサリの生みの親は音楽研究者の小泉文夫、当時東京芸大にいた先生だが、多分終戦になった年はおおよそ20歳、戦後の政府が主に教育に使っている音楽、主にクラシック音楽に批判的で、日本の音楽について造詣が深いが、インドネシア宮廷音楽のガムランについても研究し、楽団も作った、それがランバサリ。私が20歳前半の頃、劇団天井桟敷(主催者、寺山修司)の稽古場公演を見に行った。出演者5名、観客はわずか3名の時だった。金属の楽器を雨だれの様にポツリポツリとたたき、それがいつの間にかテンポが異なっている。それを2時間ほど聴いていて、なんだこの音楽はと。今考えるとこのガムランの音楽に近いものだったかもしれない。また横浜ボートシアターの団長の遠藤さんも私より20年ほど早く生まれているので、小泉文夫と同世代。演劇にガムランを取り入れて、なだらかな音楽を流しながら芝居を行っている。よく見に行った。今は、遠藤さんは亡くなり、あとを音楽家の松本さんが演奏しているが、ガムランの楽器はそのままで、ジャズのように演奏している。それはそれで力強さが伝わってくる。

※このブログを見ていただいた大田さんから下記のメールをいただきました。

天井桟敷については、「金属楽器の雨だれ演奏、スティーブ・ライヒの影響かもですが、よくガムランもセットで語られるのできっと繋がっているでしょう。」「雅楽は、皇室と貴族の音楽ですが、神社とお寺でも継承されました。なので、今でも祭礼で演奏したり練習したりしている寺社は意外と多いと思います。








2026/06/02

演劇  眠レ 巴里 を見て

 日時:2026531日(日)1400開演

会場:中野・劇場MOMO 客席数90席、満席だった。

本公演は、高橋和久さんから直接お手紙をいただいて知った。前回高橋さんが出演した人形劇ペドロ・パラモという演劇は、生と死がテーマだったと思うが、今回はどうであろうか!以下はそのブログ 

http://yab-onkyo.blogspot.com/2026/03/blog-post.html

 最初、エレクトーン奏者が舞台に出てきた、シャンソンを奏でながら、楽しそうな雰囲気。そこに賑やかな姉妹が登場する。ホテルの1室、窓にはエフェル塔の景色が見える。これからパリを観光するという雰囲気、なんだ!それで観光で眠れない夜を過ごさないように、眠レという演劇のタイトルがあるのか、、、、、。とんでもない。姉妹は何かを恐れて、多分現実を恐れて、ここまで来て、最終的には多分エッフェル塔で自殺する。

高橋和久の役割は、「現実」を表現したかったように思う。やっとこの姉妹のいるホテルを見つけて、出刃包丁をもって現れ、しかし殺そうとした姉妹がすでにいなく、姉妹がいたベッドで、まずそうにハンバーグを食べ、鼻をかみながら、チリ紙をそのまま床に捨てる。そんなことをしているうちに多分、天国にいる帽子をかぶった天使のような格好で姉妹があらわれ、高橋和久と楽しそうに踊りを踊って終わる。姉妹にとっては「しめしめ」という感じだ。

姉妹はどのような現実から逃れたいのだろうか?よくみるとチラシの副題に、「また 見つけた なにを?―永遠。」この演劇で求めていたのは、永遠と言うことなんだと思う。安易に考えると死ぬことで、永遠が手に入ると言うことを意味しているのか!そんな馬鹿な!!これでは中野の飲み屋でお酒を飲まないと帰れない。たしかに中野には飲み屋がたくさんあった。この永遠と死というテーマは、ひょっとしてパリ!では成り立つかもしれないが、パレスチナのガザでは成り立たない。何かを求めて演劇で生きろ生きろと訴えて、永遠を手にする方が観客にとっては多分気持ちがすっきりする。それも飲み屋で話そうではないか!この永遠に対しての現実は荒々しい暴力の世界かもしれない。高橋和久が演じる現実の荒々しい暴力の世界、したがって永遠とはすべてが均衡して、それによって得られる平和な世界を表しているような気もする。そう考えるとなるほどと思われる。ただその時は一瞬現れるが、またしばらくすると元に戻ってしまう。だからチラシの副題には「また見つけた」と書いてあるではないか。※私は約5年前に患った脳梗塞のために、一度は死ぬような経験をしている。今では酒は飲めない体になっている。病気の前を思い出して、そういう気持ちだったはずだと思い出した。

 

      写真:劇がはねた後の劇場の風景、舞台中央にベッド、舞台下手にはエレクトーン。

 





2026/06/01

第37回横浜都築太鼓 結成40周年記念公演 太鼓道を聴いて

 日時:2026530日(土)1330開演(昼の部)

場所:青葉公会堂

出演:都築太鼓、ゲスト出演:東京大学運動会応援部、友情出演:太鼓集団 鼓粋(こいき)

プログラム:下記のチラシに示した。さらにアンコールもあった。

 今回の公演は、結成40周年記念公演だけあって、大変力が入ったものだった。私は前回青葉区郷土芸能まつりで、公演の一部で、都築太鼓を見ていて、素晴らしいと思ったが、更に唄などがあればより興味深いと思っていたところだった。ところが今回の演目には、太鼓だけでなく、南部俵積唄などの唄のある民謡や、絆という演目で、お祭りの時に使う面を用いたり、三味線なども弾いたりしていた。和太鼓は、昔は戦の時の合図だったり、お祭りのお囃子のお気に使う太鼓だったりしていたが、佐渡の鬼太鼓座(おんでこざ)以来、和太鼓の音楽が、独立して、意思を表示するような感じになってきていた。今回の公演にはこの都築太鼓のほか、太鼓集団 鼓粋というグループも参加している。これも横浜で活動しているようだが、このようなグループが全国に広がりを持ってきている。また都築太鼓の演奏は、和太鼓の音楽をその景色から脱皮して、日本の歴史や文化に根付いた地に着いた感じにしたいという意志を感じた。とても好ましい感じがした。これも和太鼓の新しい方向だろうと思った。そういえば、10年ほど前には、メインがトロンボーン3台、それに和太鼓2台のグループCordes Baresのコンサートがあり、すこし中世がかった音楽の演奏を聴いたことがある。

http://yab-onkyo.blogspot.com/2015/11/codex-barbes.html。これはトロンボーンが主で、和太鼓が従のような感じだったが、さらに言えば、和太鼓を中心にした演目で、面を用いて、お祭り、神楽や雅楽や伎楽などとも、また和太鼓が国際的に認知されてきていることから、国際的な雰囲気の楽器、例えば三味線のように、つま弾くシタールやドタールや、ドンブラなどの楽器と組み合わせることもそのうち可能かもしれない。ひょっとして、二胡や胡弓やコブズの様に弓で引く楽器にも作曲によって対応が可能かもしれない。将来の展開が楽しみだ。

追記2026.06.02:多分最後の大地という曲かもしれない。篠笛が2本出てくる。この曲は以前、どこかで聞いたことがあって、篠笛2本は唸りを生じてしまうと感じたことがあった。多分今回は、やはり篠笛2本だけど、唸りが目立たなかった。音律を調整した二本なのか、気になるところだ。



                   写真:公演がはねた後のホールの様子