明治時代前後になるが、芝居小屋がたくさんできた。以下の表は、私が芝居小屋会議に参加している永石さんや奈良部さん、神奈川大学の寺尾研究室の関根先生および学生たちと音響調査に行った芝居小屋だ。主に全国芝居小屋会議に参加している芝居小屋だが、全国に数十軒ほどしか残っておらず、その他の芝居小屋は全国にそれほど多くは残っていないが、多分明治期には1000軒以上はあったようだ。このように日本の伝統芸能を育んできたとも言える芝居小屋であるが、これまで音響的なデータはほとんどまとめられていない。そこで芝居小屋の音響測定を行いその特徴を検討した。芝居小屋の利用方法は、江戸時代では主として歌舞伎や人形浄瑠璃の公演であったが、明治期に入って箏や伴奏音楽であった三味線などの器楽演奏会にも使われるようになったとされている)。
旧金毘羅大芝居金丸座の音響測定
八千代座の音響測定
以下は建築学会に私が書いた技術報告集の論文(日本建築学会技術報告集 18 (38), 229-232, 2012 一般社団法人 日本建築学会)から抜粋したものです。
表 測定した芝居小屋の建設年
芝居小屋・劇場名 |
竣工年 |
鳳凰座 |
文政10年(1827年)明治16年(1883年)客席部分大改修 |
旧金毘羅大芝居金丸座 |
天保6年(1835年) |
呉服座 |
明治7年(1874年当初戎座) |
村国座 |
明治15年(1882年) |
旧広瀬座 |
明治20年(1887年) |
白雲座 |
明治23年(1890年) |
常盤座 |
明治24年(1891年) |
明治座 |
明治27年(1894年) |
相生座 |
明治28年(1895年) |
永楽館 |
明治33年(1900年) |
八千代座 |
明治43年(1910年) |
康楽館 |
明治43年(1910年) |
内子座 |
大正5年(1916年) |
嘉穂劇場 |
大正10年(1921年) |
ながめ余興場 |
昭和12年(1937年) |
旧金毘羅大芝居金丸座の測定位置図
芝居小屋の室容積は、鳳凰座が最も小さく、嘉穂劇場が最も大きく757~3,739m3と変化がある。歌舞伎座は約9,040m3、杉田劇場は約3,020m3である。
残響時間測定結果
平均吸音率分析結果
室容積と残響時間測定結果との関係
この論文のまとめ項では、「芝居小屋の音響的特徴は、響きの少なさ、音声明瞭性および音の方向感である。芝居小屋の残響時間(空席)は、室容積と最適残響時間の関係からみると、KnudsenとHarrisが推奨する講堂に適した残響時間曲線周辺に存在しており、Bagenal と WoodやKnudsenとHarrisが推奨するコンサートホールに適する残響時間とはかけ離れた位置にある。また主観評価実験により、朗読や常磐津三味線および篠笛などの邦楽については、芝居小屋や歌舞伎座などの響きの少ない空間が好まれることが確認された。」この論文の影響か、ドイツのベルリン工大のクレメンスさんが共同研究を呼びかけてきた。
メンバーはクレメンス・ビュットナー(ベルリン工科大学)、森下有(東京大学建築学科)、アントニオ・サンチェス・パレホ、藪下満
スケジュール(1回目)
2015年4月23日13:00~17:30 鶴川座(川越市) 3Dレーザースキャナーおよび音響測定
2015年4月25日横浜を出発して琴平に向う
2015年4月26日こんぴら歌舞伎の午前の部(伊勢音頭恋寝刃 野道追駆けより油屋奥庭まで、道行初音旅 吉野山)を鑑賞
2015年4月27日内子座の3Dスキャナー調査(17:00~21:00)
2015年4月28日旧金毘羅大芝居・金丸座 の3Dスキャナー調査(17:00~21:00)
2015年4月29日琴平を出発して横浜に向う
2015年5月12日大隈講堂(早稲田大学) 3Dレーザースキャナーおよび音響測定
スケジュール(2回目)
メンバーに、Stefan
Weinzierl 氏(ベルリン工科大学、音響学部教授) が加わった。
写真:左から:Clemens Buttner氏、藪下 満、森下
有氏、Antonio Sanchez Parejo氏、明治座の館長 加藤周策 氏、Stefan Weinzierl 氏 かしも明治座前で撮影
2017年9月25日(月) 9:00 待ち合わせ場所 京王稲田堤 出発
14:00 かしも着、 15:00から18:00明治座の音響測定
9月26日(火)9:00~10:30 白雲座の3Dレーザースキャン測定、
10:30~12:00 白雲座の音響測定
9月27日(水)かしも村出発、下呂でクレメンスさんおよびステファンさんと分かれる。
宿泊場所は森下先生の紹介で加子母村の中島工務店が推薦する宿泊場所に泊まれた。
クレメンスさんはACTA ACUSTICA UNITED WITH
ACUSTICAという論文にThe
Acoustics of Kabuki Theatresについて書いたので、ブログにて紹介しています。
https://yab-onkyo.blogspot.com/2020/11/the-acoustics-of-kabuki-theatres.html
ACTA ACUSTICA UNITED WITH
ACUSTICA というヨーロッパの音響学会誌に、Dr.Clemens
Buttner氏が筆頭の、私を含む共著で「The Acoustics of Kabuki Theatres」というテーマでの論文が掲載されました。
内容は、代表的な八つの芝居小屋―明治座、白雲座、内子座、金丸座、鳳凰座、村国座、八千代座、嘉穂劇場―について、ISO3382の室内音響の評価方法に従って空席状態の劇場を測定し、満席状態の音響特性についてシミュレーションを行ったものです。
俳優と観客が共感して一つに融合する劇場空間の無限の自由』があることとしています。芝居小屋の公演内容が音楽を伴う演劇が主のために、音響空間は音声の明瞭性が重要になります。したがって残響時間は約1秒程度で、残響2秒のクラシックコンサートホールが出来るまでずいぶん時間がかかりました。このように日本の芝居小屋と西洋の音楽コンサートの室内音響の残響時間が約2秒の標準は、日本人の観客にとって非常に珍しく、非常に遅れて20世紀の後半に確立することができた[33]。
[33]は大阪のザ・シンフォニーホールのことである。
これら明治期の初期に、富岡製糸場は明治5年(1872年)、西洋の最新技術を導入し器械製糸工場を設立した。近代的な大工場で、多くの女工が働いていたようだ。ただ当時のドイツとは違い、マルクス(1867~1897年で資本論)の言う労働者階級はまだ注目されるような存在ではなさそうだ。私はこの富岡製糸場の西置繭所の耐震設計に関わり、西置繭所の耐震要素であるガラスの壁と天井の中にホールの音響設計を行った。その中で2023年に富岡製糸場行啓150周年記念講演会・ピアノコンサートがあり、久しぶりに行ってきた。ガラスで囲まれた部屋での講演会やコンサートは、人が唯一吸音材となっているが、それなりに十分な音響特性となっていたと思う。以下はその時のブログである。
https://yab-onkyo.blogspot.com/2023/10/150.html