著者は、床衝撃音の予測法を開発していたことで有名な音響技術者です。この本では、1974年に起こった有名なピアノ殺人事件など、近隣騒音を原因とす る殺人事件や傷害事件の多数の例を示し、事件までの過程を細かく紹介し、その原因の検証を行っている。現状ではその対策方法は極めて難しいと述べている。
事 件を起こすような人の多くは、日常的に外部に心を閉ざしていて、騒音の加害者(騒音発生者)が自分を攻撃している、ないし嫌がらせされているといった妄 想を懐くようになり、ついには事件を引き起こす。しかし、事件を引き起こさないまでも、騒音被害者は攻撃されているといった妄想を抱く段階に至っている状 況も多く、その多くの場合、騒音加害者側が被害者側に対して思いやりが不足している。昔のように地域のコミュニケーションが存在していれば、解決までいか なくとも、御互いが遠慮しあうこともある。近隣騒音の問題は、音の大小より心理的な問題が大きく、コミュニケーションが存在しない場合には、近隣騒音の問 題は攻撃的な性格を帯びるようになる、という。被害者も、音に囚われてしまっている状態であることを冷静になって考えてみる必要がある。騒音対策技術で は、効果に限界がある。また役所の環境課や、裁判でもほとんど解決不能である。他人の騒音を許さない社会を目指す限り、騒音事件は増える一方である。日本 人は音に対して従来は寛容な民族であったのだから、昔に戻って、音がうるさいのはお互い様、という社会をつくってゆかねばならないと述べています。もちろ ん著者は、音の大きさが問題となっている騒音と、近隣騒音のような心理的要素によりうるさいと感じる煩音を分けて考え、単にうるさくてもガマンしろと言っ ているわけではありません。筆者は『最後に、騒音事件のない社会の実現を願ってあえて言いたい。“音がうるさくて何が悪い”』と締めくくっています。
こ の本の内容は、スリラー小説よりもぞっとするし、不安感も懐かせるものです。われわれ音響技術者は、技術的面から生活環境の快適性を向上させていく責務 があります。特に集合住宅の音環境は重要な問題です。しかし、生活者としては地域のコミュニケーションが機能している社会を目指すべきだと思います。例 えば、ヨーロッパの音楽を含む芸能文化はその一翼を担えるのではと思います。芸術は個人の思いを他の人たちと共有化することですが、それを地域的なもの として発展させることです。昔からある地域の御祭りはその機能を持つ典型的な文化です。劇場も地域文化を支える拠点になればいいと願っています。
『近所がうるさい!騒音トラブルの恐怖』
八戸工業大学大学院教授橋本典久 著
発行所 KKベストセラーズ2006年7月発行 819円