ページ

2011/02/21

音楽の起源の空想

密林のネコがサルの声をまねて、サルを捕まえようとする行動が発見されたとのこと。これはブラジル、マナウス近郊のアマゾンの熱帯雨林に生息するネコ科の小型肉食動物マーゲイが、オマキザル科の一種フタイロタマリンの赤ちゃんの声をまねて獲物をおびき寄せるとの研究を、ニューヨークで活動する非営利団体の野生生物保護協会(WCS)が2010年7月8日に発表したものです。このニュースはナショナルジオグラフィック 公式日本語サイト2010.07.14を見て知りました。

実は昨年のことですが、自宅で尺八のCDを聞いていたら、開いていた家の窓に鳩が来て、家の中をのぞいて、尺八の声に合わせるかのように歌い始めました。尺八が鳩を呼び寄せたかのようで驚きましたが、それとそっくりの話です。CDは「霊慕 虚無僧尺八の世界 東北の尺八」で、演奏は中村明一です。

一昨年(2009年)に、ドイツの洞窟で35000年前の骨でできた笛が発見されました。穴が5個見えていましたが、これでどのような音楽が演奏されたのか想像してみましたが、ひょっとしてその笛で鳥や動物の声をまねて、獲物をおびき寄せるのに使ったかもしれないと思うようになりました。それが進化して現在の音楽になった可能性があるような気がします。

35000年前は旧石器時代後期で、ショーヴェ洞窟壁画、アルタミラ洞窟壁画、ラスコー洞窟壁画なども現れています。大系世界の美術第一巻「先史・アフリカ・オセアニア美術」(1973年発行 木村重信 著)によれば、「人間が美術作品らしいものを作り始めたのは、中略、旧石器時代後期にわれわれの直接の祖先にあたるホモ・サピエンスが現れて以来のことである。」「後期旧石器時代人はまだ農耕や牧畜を知らず、野生の動物を狩り、野生の植物をとって生を支えた。中略、彼らは罠を設け、陥穽(カンセイ、落し穴)を堀り、あるいは狩出し、追込みなど、あらゆる可能な手段を尽くして狩猟に専念した。」 とあります。また、洞窟壁画は、住居の装飾を目的としているわけではなく、洞窟を住居とする場合には、入口から数メートルの、日光が直接または間接に指し込む部分のみを用い、壁画は、例外なく洞窟の奥深いところに描かれているとのこと。絵の内容は、「彼らが好んで捕獲し食用とした動物ばかりが描かれていること。しかもこれらの動物は肉付きのいい成熟した姿であらわされ、特に身重の雌が好んで描出されたこと。また2匹以上の動物が組み合わされる場合は、ほとんど雌雄一対で表わされること。それとは逆に動物の殺害を意味する、矢や槍を身に受けた動物の描出が多いこと。このような絵と関連して、罠または陥穽を表した図形が多く見出される。」「このような具体的な性質を有する絵画の背景には、常に野獣を狩る危険と飢餓の緊迫によって強められた、旧石器時代の人の強烈な欲望がひそんでいたが、そのことによって絵画はすこぶる生命的なものとなった。」
洞窟壁画は、動物をとらえたい欲望を呪術的に表現したもののようです。これらから類推すると、音楽もきっと初めは動物を捕まえる道具で、その内、呪術的な表現、例えば儀式の道具になっていったのではと想像できます。

2011年1月11日の朝日新聞の夕刊に、「危ない!親鳥 声を使い分け」「シジュウカラの親が、天敵のカラスとヘビに対する警戒の鳴き声を使い分け、聞いたひなは巣の奥へひっこんだり巣から飛び出したり、それぞれ天敵に応じた防衛行動をしていることがわかった。」と立教大学の鈴木俊貴さんの研究が発表されたというニュースが書かれていました。鳥には言葉があり、古代人はそれを利用していたと思われるが、鳥や動物の言葉が分かるといろいろ環境のことがわかる可能性があると感じました。

2011/02/14

「○の音場を楽しむ会」というコンサート

1月7日のブログでご紹介した球形ピアノ室の施主でありピアニストの山本玲さんが、2月11日(金祝)にコンサートを計画され、このプロジェクトに参加された建築家の大野さん、建設会社川島組の皆さん、音響技術を担当した私をご招待くださり、20名ほどが集まって開催されました。

コンサートは「○の音場を楽しむ会」という名前でしたが、とにかく皆さん同様、ピアノが入ってどんな音になるのか気になっていましたので、不安半分楽しみ半分で参加しました。
音響技術者には、球形や立方体は音響障害があるために避けるべき形という観念があります。その先駆的建物は、1871年(明治4年)にロンドンにできた、平面的には楕円形で天井はガラス製のドーム型のロイヤルアルバートホールです。フラッターエコーなどの音響障害により、音響学に貢献した有名な建物です。もちろん英国国歌を演奏する場所、またビートルズなどのコンサートが行われたホールとしても有名です。またその前年1870年(明治3年)には、世界で最も美しい響きといわれているウイーンムジークフェラインザールができています。今回のこの球形のピアノ室もちょっとおおげさですが歴史的な出来事のように感じます。

音場の確認という意味で、設計の大野さんが激しい曲と静かな穏やかな2種類の曲の演奏を山本さんにお願いしたとのことで、ショパンの「革命」、と辻井伸行の「川のささやき」が演奏されました。さらにピアノの蓋を開けたり、閉めたりして演奏することも試してみました。蓋を開けたほうが大きな音になりますが、音の大きな力強い「革命」でも音は割れたりせず、また一つ一つの音がきれいに聞こえていました。さらにいえば、音の一つ一つが自己主張していて、音響技術の言葉ではありませんが華やいで聞こえます。「川のささやき」も、さざ波が次から次へと岸辺に押し寄せているような情景が浮かぶきれいな曲です。竣工当初はこのような高い音はキンキンひびいて耳をふさぐような感じだったようですが、調律師にハンマーを調節していただいたおかげで、きれいな音になっていました。
このような挑戦的なプロジェクトに参加できて本当によかったと思います。設計の大野さんのデザインコンセプトが一貫していたことが、いい空間ができた原因と感じています。

撮影:川島組 大畑さん

私は横浜から車で行ったのですが、横浜は朝から結構激しい雪で、御殿場を抜けるまで雪が続いておりました。天気予報では、夜までには神奈川西部は積雪15cmと言っていましたし、次の日も雪の予報でしたので、どうなるかと心配しながらでしたが、音が良かったので安心し、また帰りも御殿場あたりでは雪は降っていましたが、積雪はなく気持ちよく帰りました。

これより少し前の2月6日(日)に、ACT環境計画が主催するアントラクトで、小川典子のピアノコンサートがありました。曲目はベートーベンのピアノ・ソナタ第30番、31番、32番を休憩なしに集中して聞くコンサートでした。アントラクトのホールは住宅の居間空間で、2層吹き抜けていますが、コンサートホールとは大きさが違います。力強い音は大変力強く、柔らかい音は柔らかく、明確に聞こえてきます。音楽家は神経を使って大変でしょうが、素晴らしい力の入った演奏で感激しました。

この二つの空間は、大きさはどちらも大きくは違いがありませんが、音の雰囲気は多少違いがあるように思いました。アントラクトの空間は、平行の面を極力なくして、響きを作りました。したがって素直な感じです。球形のピアノ室は、場所によって多少違いがあるかもしれませんが、個性的で、華やかな感じがしました。設計の大野さんは大聖堂をイメージして設計したとおっしゃっていましたが、その様にちょっとキラキラした感じがあります。
しかしいずれの空間も音楽家と非常に近くで聞くことができ、音量感や臨場感が素晴らしく、大きなコンサートホールとは全く違うこのような空間での体験は、なかなか得難いものだと思っています。

山本さんが、「革命」の曲はショパンが、ロシアによるワルシャワ侵攻に抗議して作曲したと説明されていました。またコンサート当日の2月11日は民衆革命によってエジプトのムバラク政権が崩壊したことでも記念的な日になりました。このピアノ室にたくさんの人がいらして音楽を楽しんで行っていただけるようにと願っています。

このコンサートの会の模様は、山本さんの「感性をはぐくむピアノ教室≪sfera-musica≫」のブログ、および川島組さんのブログ建築家大野さんのブログにも紹介されています。

2011/01/17

スロバキア国立オペラ ラ・ボエームの杉田劇場での公演

昨日1月16日(日)2:00より、スロバキア国立オペラ「ラ・ボエーム」の公演を杉田劇場で見ました。杉田劇場は300席しかない劇場で、切符代は前売り3500円。切符を買う前に感じたことは、採算度外視の公演という印象です。300席の劇場でのオペラは、ほとんどの日本人にとって経験がないと思います。

歌手は6名、ピアノ演奏者1名、各幕のはじめにスロバキアの人が、日本語でその幕の説明をして幕が開きます。舞台にはグランドピアノと椅子2脚、テーブルとテーブルの上にワインとワイングラス2個、それに舞台後ろ壁の下に上向きのスポットがいくつかあります。イオネスコの舞台のように舞台装置は簡単です。実際に幕は無く、音響反射板が設置されています。したがって一般の舞台照明でなく、音響反射板についている照明がメインです。

ラ・ボエームはプッチーニ(1858~1924)のオペラで、パリの若い芸術家と同じアパートに住むお針子さんミミの悲恋の物語で、中に素晴らしいアリアがたくさんあります。300席ですから、アリアを歌うと、劇場中が歌でいっぱいになります。私の席は真ん中よりちょっと後ろの席でしたが、舞台から10m程度しかなく、俳優の表情もよく見えます。最後ミミがロドルフォのもとで息を引き取るときには涙が滲んできました。隣の席の方もそうでした。素晴らしい舞台でした。観客も盛り上がっていて、歌が終わると拍手がたくさん、ブラボーも何度も聞こえました。

実は最近、つくばの町づくりの活動をされている、つくばの研究所の物理学者の大須賀氏からいただいたメールにチェコの350席のオペラ劇場の話がありました。大須賀氏は今は物理学者ですが、以前チェコのオパヴァ市にあるシレジア劇場というところで、オペラの演出家として雇われていたそうです。写真も送っていただきましたが、非常に美しい劇場で、206年の歴史があるとのこと。大須賀氏によれば「小さい劇場は舞台が視野一杯になり、舞台の中に聴衆が入っていきやすい事も素晴らしいです。1000席規模を越えると、この親近感は一気に消滅する」とおっしゃっていました。206年前ということは1805年ですから、プッチーニの生まれる50年以上前、ベートーベンが活躍していたころのことです。日本は明治時代が1868年からなので、幕末に次第に向かっていった時期です。
杉田劇場で300席のオペラを見て、大須賀氏の話を実感した次第です。

シレジア劇場


このスロバキア国立オペラの日本公演は、長谷川洋行氏がプロデュースをしており、もう日本では13年目だそうで、杉田劇場では3回目だそうです。ポケットマネーで本物のオペラの面白さ、楽しさを感じてもらおうという趣旨で行われている活動で、すべて経費はオペラのチケット代金で賄っているとのこと。今回は1月15日(土)保土ヶ谷公会堂、昨日杉田劇場、明日18日(火)は鎌倉芸術館小ホール、1月24日(月)関内ホール(小)です。

2011/01/07

球形ピアノ室完成

あけましておめでとうございます。いよいよ2011年が始まりました。
昨年の話になりますが、11月にご紹介した球形のピアノ室が無事昨年暮れに竣工し、音響調査を行いました。
残響時間は、コンクリート素面のときには500Hz帯域で2.8秒と長いものでしたが、竣工時の建築空間では1.42秒、吸音用にクッションを8個をベンチに置いた場合で1.07秒となり、気持ちの良い響きが感じられる空間になりました。

クッション(吸音材)を設置して実験する様子


測定の様子

球形の空間は、音響障害である「ブーミング」、「ささやきの回廊」、「フラッターエコー」、「音の焦点」などが起こります。ピアノ室を設計する場合には、一般的には音響障害を排除した空間をはじめから設定して、音響調整をすることが多いのですが、今回はその逆で、球形の無限の空間をイメージして、その空間を大事にしながら音響設計を行ったため、前回のブログでは、音響技術の挑戦と書かせていただきました。具体的には、壁・天井には、様々な形の木毛板をたくさんランダムに配置し、それをアンコにして、断熱材兼拡散材兼多少の吸音材としてパーライトモルタルで凹凸を付けてこて塗りしたものです。パーライトモルタルは中高音域の音を対象としていますが、低音の拡散体のためには、譜面棚を平面的に7角形のうち3辺に配置しました。そのほか3辺をベンチ、1辺を入口としてあります。譜面棚の扉は、さまざまにスリットを入れて、低音を広帯域に吸音するように心がけました。
そのような音響的な対策を行った結果、音響障害はほとんど感じなくなりました。入口付近で多少ブーミングが見られ、ささやきの回廊がいまだに多少残っています。しかしこれらは演奏に直接影響がないと考えられます。
球形のピアノ室の窓は円形のガラスブロックが星のようにランダムに配置されたものです。実際に星のようにも感じ、宇宙の様な印象があります。ピアノの音もおそらく宇宙空間に響き渡るような感じになると思っています。



天井付近

内部

外観

外観

 このピアノ室で、35年ほど前に旅行で行ったギリシャのエーゲ海に浮かぶサントリーニ島にあるLAUDAという海に面した美しいレストランを思い出しました。そのレストランは、海に向かう急斜面にあけた洞窟にあり、内部は火山岩のでこぼこした表面に真っ白な漆喰を塗りつけた仕上げで、海に向かって開放されています。いつかこのような空間を作ってみたいと思っていましたが、ついにそれが実現したような感じがしています。


施工:株式会社 川島組

2010/12/17

銀座ヤマハホールでの久元祐子ピアノリサイタル

12月1日に久元祐子ピアノリサイタルを聴きに銀座ヤマハホールに行きました。
銀座ヤマハホールは今年の春オープンしたコンサート専用のホールで、シューボックスタイプのコンサートホールです。シューボックスタイプの大きな特徴として、ウイーン楽友協会ホールやボストンシンフォニーホールに代表される音の良さがあります。その理由は残響の長さとともに、強い側方の初期反射音が得られるからとも言われています。
前回のブログでご紹介した清瀬けやきホールもその考え方を使っています。しかし、側方反射音があまり強くなると拡がり感が得られるだけでなく、音の像を大きくしてしまい、ピアノの音が、舞台一杯に拡がって不明瞭に聞こえてしまうこともあります。その欠点をなくすために、ヤマハホールでは、初期の側方反射音を与える壁の部分を拡散壁にしています。おそらくその効果が効いていて、ピアノの音ははっきりとピアノから聞こえてきます。

今回のコンサートは、ベートーベンのピアノソナタ「ワルトシュタイン」を中心に構成されていました。最初の曲は、アンダンテ・フォヴォリという曲で、もともとはこのワルトシュタインの第二楽章だったのが、長すぎたために独立させて、新たに2楽章を書き直したそうです。そのほかベートーベンの影響を受けたシューマンやショパン、シューベルト、R・シュトラウスで、ロマン派の曲です。久元さんのピアノは情感がこもっており、穏やかな気持ちになります。
今までは久元さんのリサイタルは東京文化会館小ホールで行われていました。東京文化会館小ホールは四角の形ですが、舞台がその一つの頂点にあり、観客席側に側方の初期反射音をもたらしにくい形をしています。しかしそのためか音が明瞭で、ピアノの演奏家には好まれているようです。今年は新しくできたヤマハホールでしたが、その雰囲気を残しながらも、響きもあるホールです。このような新しい音響設計法が今後どのように発展していくかも気になります。

2010/12/13

清瀬けやきホールの清瀬管弦楽団によるオープンコンサート

2010年12月12日(日)、清瀬けやきホールにて清瀬管弦楽団のコンサートがあり聴いてきました。従来、清瀬市民ホールという名称で親しまれてきたホールですが、2009年一旦クローズして2年間リファイン改修が行われ12月5日に清瀬けやきホールとしてオープンしました。こけら落とし公演は、日本フィル金管5重奏により行われ、12日は地元で活動している清瀬管弦楽団によるコンサートでした。

清瀬けやきホール


 リファイン改修にあたって、弊社は音響設計を担当させていただきました。音のリファイン改修の一番の目玉は、側方からの初期反射音が得られるように、1階席の舞台両側の客席を2階に持ち上げてバルコニー席とし、1Fの舞台脇に壁を設置したことです。かつて平土間客席であった客席を、1F奥の客席下にトイレを設置することでスペースを確保しつつ客席の勾配を上げ、その分舞台が見やすくなり、また直接音が到達しやすくなりました。その直接音をバルコニー席からの初期反射音が補強します。扇型の多くの多目的ホールの弱点を改修したものです。

バルコニー席の様子

客席の勾配

当日は無料で、さらに先着順のために、1時間半前にロビーに到着しましたが、すでにお客さんは20~30名ベンチに並んでいました。約1時間前にチラシを配り始めたときはもうたくさんの人が並んでおり満席になりました。
コンサートの始まる前に、舞台で2~3名のコントラバス奏者が練習をしていました。その音がやけに近くに聞こえるのです。そしてコンサートが始まると、やはり目の前まで演奏音が迫ってきます。まるで舞台の中で聞いているような臨場感がありました。500席のホールでオーケストラを聴いたことがこれまでにないということもありますが、全く新しい経験でした。


また清瀬管弦楽団の演奏も素晴らしいものでした。清瀬管弦楽団は1958年の創立で、今回は44回目の定期演奏会で歴史があります。曲目はワーグナーのニュルンベルクのマイスタージンガーの前奏曲、ハチャトリアンの仮面舞踏会、後半はシューマンの交響曲第3番『ライン』です。前半は華やかな動きのある曲で、後半はのびのびとした曲でした。演奏者は62名+指揮者(松井 浩)です。楽団員が多いので舞台を客席側に拡張して演奏していました。いよいよ新しい動きが始まった感じです。たくさんの人にこのホールが使われることを願っています。

なおリファイン改修の設計は、青木茂建築工房、舞台技術は空間創造研究所です。

2010/12/01

神奈川芸術劇場の見学

日本建築学会文化施設小委員会の主催で、オープン間際の11月28日午後に神奈川芸術劇場の見学会が行われた。この建物はNHK横浜と神奈川芸術劇場の複合施設で、1~3階部分がNHK、5~8階が劇場および小ホールや練習スタジオとなっている。5階に劇場があるために、吹き抜け空間にらせん状にエスカレーターを配置して、登っていく雰囲気をドラマティックに演出されている。

外観

エスカレーター



ホールと名付けられているこの劇場は1300席であるが、できる限り舞台に近いところに席を設けようと考えられて設計され、オペラ劇場のように3層に客席を配置している。またプロセニアム劇場でもあるが、そこからいかに可変できるかも主要なテーマとなっている。客席は、勾配をほぼ平らの状態から、後方を2階席の先端につなげられるように可変できるようになっている。この勾配は、かつてピーターブルックのセゾン劇場での公演のときにつくられた仮設の観客席の勾配に近いもののようだ。ギリシャの野外劇場エピダブロスの勾配はさらに急勾配との説明が、設計者である香山設計の長谷川さんからあった。華やかなすばらしい劇場空間と感じた。



1階席後方が持ち上がり2階席に続く


見学会の後、設計者の長谷川さん、アプルの大野秀敏先生、館長の眞野純さん、舞台技術の草加さん、舞台美術の堀尾さん、横浜を代表してBankArtの池田さん、司会の東北大学の坂口先生によるパネルディスカッションがあり、それぞれの方の設計意図や意見や抱負が語られた。最後に池田さんより、この劇場に関して少し否定的な意見が述べられた。1階は町に開かれていなく閉鎖的であること、また横浜の一等地といえる場所に、このような重構造の箱モノを作ったことなどであった。パネリストの他の皆さんも、このことに関しては前向きな見解を述べられず、館長からも公共劇場についてあまり自信のない発言が出た。演劇の観客人口は低減しており、演劇が何を目指しているのかは本当に難しいという。しかし、私の見解では、おそらく池田さんのご意見は劇場の表面的な内容を仰っており、これに対して、この劇場は都市に開かれているし、NHKとの複合によって、多彩な人間がこの吹き抜け空間に賑やかにおとずれ、また人々を感動させる公演が計画されていったことを仰ればよかったと思うが、館長はおそらく劇場の本質論を述べる必要があると思われて、口が重くなったのではないだろうか。最後に観客席から名古屋大学の清水先生がご意見を述べられた。この劇場は非常によくできており、このような単なるべニア板でできた舞台床ができたのは、館長がプロだからと述べていた。ベニアであれば、大道具をくぎで固定したり、床に穴を開けることもできる。傷んだら容易に取り替えられる。それは演出表現が自由になることを意味し、確かにプロが使う劇場であり、高い理想を実現するためのものという感じを受けた。「演劇とは何か」を追求して、それが表現できるように設計されているように思う。この劇場に期待したい。