8月22日から27日まで4回目のバンドンに行く。23日が日曜日のために、ホテルの近くにあるモスクとバンドン会議の会議場を見学した。1955年に開催された反帝国主義・反植民地主義・民族自決を掲げたバンドン会議が行われた場所である。このバンドン会議は残念ながら1回しか開催されなかったようである。
ちょうど今年はインドネシア独立70周年にもあたるようで、ポスターがたくさんあった。またアジア・アフリカ道路は歩行者天国になっていた。
アジア・アフリカ道路 歩行者天国 |
バンドン会議場 |
会場の仕上げ材は薄いボードにペンキ仕上げである。天井は凹曲面でできていて、フラッターも聞こえる。しかしこれは人がたくさん入れば無くなる可能性もある。当時は独立したばかりの国が多いため、ものすごい熱気にあふれていたと想像ができる。
※本建物は公式パンフレットによると1921年に豪華なホールとして建てられたもののようだ。
会議場内部 |
会議場内部 |
ジャワ影絵芝居ワヤンをやっているとホテルで紹介された場所(Selasar Sunaryo)へ行ったが、いわゆる現代美術館で、ワヤンはやっていないようであった。
しかし写真(喫茶店)のようにゆったりとしていて、たくさんの人が来ていた。
ただし、おいしいコーヒーを焙煎販売しているアロマコーヒー店前に、ギターを弾いている人がいて、彼の前にはガラス瓶が置いてあり、中にはたくさんのお札が入っているようであった。その周辺には何人かが彼の歌を聴いていて、しかも一緒に歌っている人が多い。また歩道を歩く人も、その歌を口ずさみながら通り過ぎて行く。彼を励ましているような感じにも見えた。芸能文化が生きていて、生活に根付いているように感じられた。