2012/06/26

「日本芸能の音と空間」 劇場演出空間技術協会(JATET)建築部会・木造劇場研究会


JATET建築部会・木造劇場研究会が、6月20日(水)6:30~8:00、早稲田大学の演劇博物館レクチャーホールでありました。今回のテーマは「日本芸能の音と空間」です。
発表者は私(藪下)を含めた、以下の3者。

●鈴木英一(常磐津和英太夫)「伝統芸能の音響に関わる諸問題」
●藪下満(YAB建築・音響設計)「芝居小屋の音響調査総集編」
●小野朗(永田音響設計)「邦楽ホ-ルの音響設計」


 鈴木さんの発表では、近世の野外芸能では(雰囲気が伝わることが重要で)舞台に耳を集めさせる一方、役者の言葉が完全聞こえなくても良いという感覚が育っていたという。しかし近代以降は台詞が聞こえるようにしようとした。演奏会では聞こえることが絶対条件で、その結果マイクの使用に抵抗がなくなったのではないか。完全に聞こえること(情報の多さ)と娯楽性は反比例する可能性もありそうといったことはとてもおもしろい内容であった。

 永田音響の小野さんは、古代劇場や日本の伝統音楽にみる反射音を得る工夫を例に挙げ、直接音に続く、適度な遅れ時間をもった適度な強さの反射音が重要であると話された。
興味深かったのは、クラシック系の音楽家の音響に対しての要求内容はほぼ同じであるが、邦楽系の音楽家の求めるものは人によって異なるとのこと。


 私の発表では、これまでにも何度かブログに書いてきましたが、2007年から2009年に調査し技術報告集に発表したものをまとめました。

 「木造劇場、とくに芝居小屋の良さを再認識しよう」と劇場演出空間技術協会(JATET) 建築部会に、木造劇場研究会が2006年に発足した。研究会では木造劇場は音がよいという話題がよく出たために、JATETと全国芝居小屋会議と神奈川大学の共同研究を行うことになった。
調査は、2007年~2009年の3カ年、全国の芝居小屋15座(表1)とその比較のための劇場(歌舞伎座、音響反射板を設置した杉田劇場、元禄時代の書院(コンサート会場として使用されている)、神奈川大学の講堂、横浜ふね劇場など)を調査し、2012年2月建築学会技術報告集に掲載された。

以下技術報告集に掲載されたものから抜粋。




 実験内容は、劇場で残響時間周波数特性およびスイープサイン波によるダミーヘッドによる音響インパルス応答を計測し、音楽などの無響室録音と音響インパルス応答との重畳によるシミュレーションをし、それをヘッドフォンで聴感アンケートをとった。
 図1には残響時間周波数特性の測定結果を、図2には室用途と最適残響時間のグラフに測定結果をプロットして、芝居小屋の残響時間の位置を確認した。


  

  

 


 芝居小屋の音響的特徴は、響きの少なさ、音声明瞭性および音の方向感である。芝居小屋の残響時間(空席)は、室容積と最適残響時間の関係からみると、KnudsenとHarrisが推奨する講堂に適した残響時間曲線周辺に存在しており、Bagenal と WoodやKnudsenとHarrisが推奨するコンサートホールに適する残響時間とはかけ離れた位置にある。また主観評価実験により、朗読や常磐津三味線および篠笛などの邦楽については、芝居小屋や歌舞伎座などの響きの少ない空間が好まれることが確認された。

 以上が技術報告集からのまとめで、これまでの研究から、空間が音楽を育てるという漠然とした仮定を置けるのではと考えています。


 先日、明治大正時代のクラシック音楽用のコンサートホールを研究しているという、ベルリン工科大学の研究者の方から連絡があり、お会いする機会がありました。
彼に、なぜクラシック音楽は残響が必要だと思うかとうかがってみたところ、「ベートーベンは天井の高い、残響のある部屋でコンサートをしており、それに合わせて作曲をしているから」とのこと。また、馬頭琴の演奏者なら、どのようか空間が好ましいかの問いには、草原で弾いていたからそのような場所であると。
 以前に、カザフスタンの音楽大学の研究者が、カザフスタンの楽器ドンブラは、ユルタという羊毛でできた家の中か、草原で演奏していたから響きが少ない空間の方が好ましいとおっしゃっていたのとも合致します。

 クラシック音楽の特徴はハーモニーであり、それは響きのある空間で活きるものです。バッハ(1685~1750)の「主よ、人の望みの喜びよ」では、八分音符の三連音符がたくさん続きます。また「無伴奏チェロ組曲1番のプレリュード」では、16分音符の4連音符が最初から最後まで続きます。これはまるで和音の実験をしているように思えるほどです。ピタゴラス音律から純正律への変換を確実にするための実験のようだと感じます。
 また、ヘルムホルツのOn the sensations  of Tone(1862)に書かれている共鳴器は、楽器の音程をチェックするチューナーであるとのことで、この時代オーケストラが独立し始め、ウイーンフィルハーモニー(1842)、ベルリンフィルハーモニー(1882)ができ始め、平均律への移行期にあたります。日本は、明治元年前後のことになります。

 一方、芝居小屋は歌舞伎や人形浄瑠璃の公演が主目的ですが、舞踊などの伴奏に3曲(三味線、箏、尺八、または胡弓)の演奏もあり、明治以降は器楽のみのコンサートも開かれたようです。津軽三味線の独特の演奏方法は、独奏楽器として仁太坊が、明治初期に開発したものです。

 木造の空間は全て同じ音響状態とは言えません。木造でも、例えば蔵の様な分厚い土壁の空間と、畳や障子や襖でできた空間とは全く違うものです。
最近のブログで紹介をした、つくば市北条の蔵ではクラシックコンサートを行っていましたが、これはおそらく響きのある空間だと想像します。

 1977年の「音響技術」誌に、「宗教建築の音響―日本の社寺建築」と題して掲載された安岡先生の論文は、当時、コンクリートの建築物で、木造寺院の安易な形態だけの模倣を行っていることへの警鐘として調査を行ったことが書かれていました。形だけの模倣では、音響空間まで再現はできないからです。

 現在は、残響のあるホールが注目されて、残響の少ないホールが排除されている傾向があります。しかし、すべての音楽が残響が長ければいいというものではありません。

 今回の研究会でわかったことは邦楽にとって好ましい音響空間は、未だ研究途上であることである。邦楽を育てた芝居小屋の空間をたたき台にして、建築音響技術者も、邦楽の音楽家も音響空間について語り、どのような空間が邦楽にふさわしい空間であるか共通の認識を持つ努力が必要と思われます。