朝日新聞の8月24日の朝刊の折々の言葉に、チェリストの堤剛と河村尚子との対談をテーマにしていた。チェリストやピアニストは毎日練習しているようだ。堤さんは「楽器自体が持つ振動や音響が私の一部になっている」と書いてある。さらに職人の手仕事の技術も書かれている。ただ私の気持ちからは、チェリストとピアニストは少し違うかもしれないと感じている。チェロはフラットがないため、多分まさぐりながら音を出しているように思うが、ピアノは調律されたものを弾くので、音の要素が少し少なくなっているような気がする。堤さんが「毎日、こういう音を出してみない?と語りかけて、それに返してくれるのはとても嬉しいです。」という感覚は、高度で理解が難しいが、この調律のことを含んでいると思われる。
話は少し違うが、私も毎日篠笛の練習をしている。私の篠笛はお囃子用に穴が開いているもので、したがって既に調律は済んでいる。したがって堤さんのように音に対して語り掛けることはしていないが、期待できる音になっているか気にしながら練習をしている。今の練習は、「小さい秋みつけた」「里の秋」など涼しげな秋を期待しながらの練習、さらにお囃子や、いんば(印旛)などを練習している。