このスケッチが書かれたのは日付けが書かれている1992年3月31日で、ホライン事務所で、奈良市民会館コンペ設計作業のお手伝いをした時、働きに来ていた学生の一人がいつの間にかスケッチをしていて、渡された。多分楽屋から舞台へはどちら側から入退場するかというものだったような気がする。私は日本では基本的には下手側で行うと言ったので、ホラインはウイーンのオペラハウスやワーグナーのバイロイト祝祭劇場などに電話をして、そうだと言っていた。ただその後世界では、入退場は上手側もあるようだし、様々なことが分かった。その時初めてホラインと議論をしたような気がする。学生も興味深かったのだと思う。記念的な意味で、アルミの額に入れて書斎に飾っている。