今年5月に「キルヒャーの普遍音楽と純正律」というブログを書いたが、キルヒャーがギリシャ時代は素晴らしかったというので、ヴィトルヴィウスの建築論を読んでみた。
以下は「キルヒャーの普遍音楽と純正律」というブログを示す。
http://yab-onkyo.blogspot.com/2023/05/blog-post_31.html
ヴィトルヴィウスは紀元前80~70年ころから紀元前15年以降、共和政ローマ末期から帝政ローマ初期に活躍した建築家で、『建築について、建築十書』を著した。文章の中では、ギリシャ時代のこともローマ時代のことも書かれている部分がある。その文章のBookⅤの建築音響の部分を要約した。この建築音響のことでは、円形劇場の立地やドレミファのHarmonicsや音符を示す五線譜も書かれている。観客の階段を使っての安全のための避難の方法や、響く壺の設計方法(たぶん劇場の各場所で音を補強し、明瞭度を上げるために開発したと思われる。残響の補強のためではない。)やエコーが音響障害になることや、ギリシャの劇場やローマの劇場の違いなどが書かれている。現代のような数式はないが、音響の分野でも科学的な根拠がわかる考え方である。
以下はVITRUVIUS TEN BOOKS ON ARCHITECTUREの英訳本の目次
Table of Contents
Ten Books on Architecture
Table on Contents
Preface to “Ten Books On Architecture
Book Ⅰ
Preface
Chapter Ⅰ:The Education of the Architect
Chapter Ⅱ:The Fundamental Principles of Architecture
Chapter Ⅲ:The Departments of Architecture
Chapter Ⅳ: The Site of a City
Chapter Ⅴ: The City Walls
ChapterⅥ:The Directions of the Streets: With Remarks On the Wings
Chapter Ⅶ: The Sites For Public Building
BookⅡ
Introduction
ChapterⅠ:The Origin of the Dwelling House
ChapterⅡ: On the Primordial Substance According to the Physicists
ChapterⅢ: Brick
ChapterⅣ:Sand
ChapterⅤ:Lime
ChapterⅥ:Pozzolana
ChapterⅦ:Stone
ChapterⅧ:Methods of Building Walls
ChapterⅨ:Timber
ChapterⅩ:Highland And Lowland Fir
BookⅢ
Introduction
ChapterⅠ:On Symmetry: In Temples And In the Human Body
ChapterⅡ:Classification of Temples
ChapterⅢ:The Proportions of Intercolumniations And of Columns
ChapterⅣ:The Foundations And Substructures of Temples
ChapterⅤ:Proportions of the Base, Capitals And Entablature In the Ionic Order
BookⅣ
Introduction
ChapterⅠ:The Origins of the Three Orders, Proportions of the Corinbian
Capital
ChapterⅡ:The Ornaments of the Orders
ChapterⅢ:Proportions of Doric Temples
ChapterⅣ:The Cella And Pronaos
ChapterⅤ:How the Temples Should Face
ChapterⅥ:The Doorways of Temples
ChapterⅦ:Tuscan Temples
ChapterⅧ:Circular Temples And Other Varieties
ChapterⅨ:Altar
BookⅤ
Introduction
ChapterⅠ:The Forum And Basilica
ChapterⅡ:The Treasury, Prison, And Senate House
ChapterⅢ:The Theatre: Its Rite, Foundation And Acoustics
ChapterⅣ:Harmonics
ChapterⅤ:Sounding Vessels In the Theatre
ChapterⅥ:Plan of the Theatre
ChapterⅦ:Greek Theatre
ChapterⅧ:Acoustics of the Site of a Theatre
ChapterⅨ:Colonnades And Walks
ChapterⅩ: Baths
ChapterⅪ:The Palaestra
ChapterⅫ:Harbours, Breakwaters, And Shipyards
BookⅥ
Introduction
ChapterⅠ:On Climate As Determining the Style of the House
ChapterⅡ:Symmetry, And Modification In It to Suit the Site
ChapterⅢ:Proportions of the Principal Rooms
ChapterⅣ:The Proper Exposures of the Different Rooms
ChapterⅤ:How the Rooms Should Be Suited to the Station of the Owner
ChapterⅥ:The Farmhouse
ChapterⅦ:The Greek House
ChapterⅧ:On the Foundations And Substructures
BookⅦ
Introduction
ChapterⅠ:Floors
Chapter2:The Slaking of Lime For Stucco
ChapterⅢ:Vaultings And Stucco Work
ChapterⅣ:On Stucco Work In Damp Places, Decoration of Dining Rooms
ChapterⅤ:The Decadence of Fresco Painting
ChapterⅥ:Marble For Use In Stucco
ChapterⅦ:Natural Colours
ChapterⅧ:Cinnabar And Quicksilver
ChapterⅨ:Cinnabar(Continued)
ChapterⅩ:Artificial Colours, Black
ChapterⅪ:Blue, Burnt Ocbre
ChapterⅫ:White Lead, Verdigris, And Artificial Sandaracb
ChapterⅩⅢ:Purple
ChapterⅩⅣ:Substitutes For Purple, Yellow Ocbre, Malachite Green, Indigo
BookⅧ
Introduction
ChapterⅠ:How to Find Water
ChapterⅡ:Rainwater
ChapterⅢ:Varius Properties of Different Waters
ChapterⅣ:Test of Good Waters
ChapterⅤ:Levelling And Levelling Instruments
ChapterⅥ:Aqueducts, Wells, And Cisters
BookⅨ
Introduction
ChapterⅠ:The Zodiac And the Planets
ChapterⅡ:The Phases of the Moon
ChapterⅢ:The Course of the Sun Through the Twelve Signs
ChapterⅣ:The Northern Constellations
ChapterⅤ:The Southern Constellations
ChapterⅥ:Astrology And Weather Prognostics
ChapterⅦ:The Analemma And Its Applications
ChapterⅧ:Sundials And Water Clocks
BookⅩ
Introduction
ChapterⅠ:Macines And Implements
ChapterⅡ:Hoisting Machines
ChapterⅢ:The Elements of Motion
ChapterⅣ:Engine For Raising Water
ChapterⅤ:Water Wheels And Water Mills
ChapterⅥ:The Water Screw
ChapterⅦ:The Pump of Ctesibius
ChapterⅧ:The Water Organ
ChapterⅨ:The Hodometer
ChapterⅩ:Catapults Or Scorpiones
ChapterⅪ:Ballistae
ChapterⅫ:The Stringing And Tuning of Catapults
ChapterⅩⅢ:Siege Machines
ChapterⅩⅣ: The Tortoise
ChapterⅩⅤ: Hegetor’s Tortoise
ChapterⅩⅥ: Measures of Defence
上記目次にあるように、本の内容は、都市の敷地、城壁、公共建築、住宅、建築用の材料、寺院、ドーリア式、イオニア式、コリント式などの3つの様式、そしてBookVで、劇場、音響、ハーモニー、劇場に置いた響く壺、劇場の計画、劇場敷地の音響、風呂、造船所、BookⅥ以降は住居、漆喰などの建材、水について、水道橋や井戸、月の満ち欠け、占い術、天気予報、惑星や月、機械、巻き上げ機、水を汲み上げるエンジン、などをかなり具体的に書いている。
BookⅤのChapterⅢ The Theater: Its Site, Foundation and Acousticsでは、劇場の立地について、観客は上演中、劇を楽しんで動かないことが多く、もし劇場が不健全な風を受けたり、不健全な地域から風が吹いてくると健康を害することになる。劇場が南向きの場合には、劇場が熱せられて、体に良くない。劇場の横に横断する中通路によって、舞台から音声が遮られないように、上段の座席と舞台に直線を引いて、座席の角度を調節する必要がある。劇場の客席からの出入口は数多く、幅広く作る必要がある。それぞれを接続する必要はないが、直線的にして、避難の時には混雑しないようにしなければならない。
声は舞台から円盤状に伝搬をし、伝搬に際し、障害物が無いようにしなければならない。障害物があるとそこで反射して伝搬を妨げてしまう。また音声は水平だけでなく、斜め上方向も伝搬する。したがって障害物がない場合には、下段の人も上段の人も万遍なく声は伝搬する。また古代の建築家は、正規の数学理論や音楽理論によって、舞台上で発せられるすべての声について、倍音(Harmonics)を応用することで、聴衆の耳に明瞭に、かつ甘美に届けられるようになった。
ChapterⅣ:Harmonicsは音楽科学のあいまいで難しい分野で、アリストクセノスの著作からできる限り明確にそれを説明している。声は高くしたり、低くしてピッチを変えるときに、二種類の動きがある、一つは連続的に、もう一方はは間がおかれる。連続的な声は、ある境界で、またはある特定の場所で静止しない場合は、正確には明確でないが、ピッチが違うことは明らかです。一定の間隔でピッチを変える場合は、変える境界では変化がわかるが、中間点では不明瞭である。テトラコードなどの音符について、精密な説明がある。音程の譜面が載っていて、それぞれに全音と半音に分けて記名されている。いまの音符の読み方ではファ、ソ、ラ、シ、ド、レ、ミ、ファ、ソ(♭)、ラ、シ、オクターブ変えてシ、ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、の譜面がある。またそれぞれにはギリシャ語の名前がついているが、これが何を意味するかはよく分からない。Proslambanomemos, lichanos hypaton、parthypate meson, lichanos meson, trite synthemmenon, paranete
synhemmenon, trite diezeugmenon, paranete diezeugmenon, trite hyperbolaeon,
paranete hyperbolaeon
図 楽譜 p.146から引用
(※以下は「音律を含む音に関する歴史年表」のブログで、1020年に楽譜の発明とある。
http://yab-onkyo.blogspot.com/2022/12/blog-post_15.html●1020 多分この楽譜は英訳時に付け加えたものか?それともギリシャ時代から楽譜はあったのか?)
ChapterⅤ: Sounding
Vessels In the Theatre(劇場で響く壺)について書かれている。(19世紀のヘルムホルツの考え方はここからきているのではないかと思ってしまう。)数学的原理に対応して、劇場の大きさに比例して青銅の壺を作る。音に触れると互いに、4度や5度、やさらに2オクターブ上の音を奏でる。さらに劇場のこの壺を座席の間に隙間を作り、音楽の法則に従って、壁のどこにも触らずに設置し、さらに壺の周囲はどこにも触れず、上部には余裕が必要。さらにそれらの壺をさかさまに設置し、ステージに面する側で、0.5feet以上の高さの楔で支える。
(They should be
set upside down, and be supported on the side facing the stage by wedges not
less than half a foot high. Opposite each niche, apertures should be left in
the surface of the seat next below, two feet long and half a foot deep.)
図 座席の下に入れる音声強調用の響く壺および配置(※文章から推定)
響く壺の配置は、劇場のサイズがそれほど大きくない場合は、中腹に水平範囲をマークし、その中に 12 個の等しい間隔をあけて 13 個のアーチ型のニッチを構築し、それぞれの壺の共鳴周波数を決めて配置する(この部分は意訳)。声はステージの中心から発せられ、さまざまな器の空洞に接触するにつれて広がり、それらに衝突し、音の明瞭度が増していきます。
半音階の音程では、自然な音の調和を形成する他の音がないために、円弧上の中央に響く壺を配置してはいけない。 これらの原則を実行したい人は、アリストクラテスによる音楽の法則にのっとって実行すれば済む。ローマでは毎年、たくさんの劇場ができてきているが、そのほとんどが公立劇場は木造で、それらは共鳴周波数(※現在では木が吸音する)があるに違いない。竪琴に向かって歌を歌うとき、更に高い音で歌いたいときには、舞台の折り戸に向かって向きを変えて歌うのを見ることができる。劇場が共鳴しない(?)硬いレンガ(mesonry),石や大理石で作られているときには、“echea”の原則を適用する必要がある。
(※石などで作られた劇場は野外の円形劇場を指すと思われるが、ローマにある劇場は木造だそうであるが、雨のことを考えると屋根があるのか気になる。屋根があると日本の芝居小屋と似たかたちとなる。またはシェークスピアの劇場のように、舞台と客席の上には屋根があるが、平土間の上には屋根がない形もあるかもしれない。)
この青銅の壺は、ローマだけでなく、イタリアの地域およびギリシャにもたくさん使われている。Lucius Mummiusがコリントスの劇場を破壊したときに、その青銅の壺をローマに持ち込んで、それを売ったお金でLuna神殿に奉納した。また多くの熟練した建築家が小さな町で劇場を作るときには、資金力が無かったので、粘土でできた同様に共鳴する壺を、原則に基づいて配置し、有益な結果を生み出した。
ChapterⅥ:劇場の計画、劇場の主の中心を固定して、底部の外周の線を引き、この円に内接する正三角形を4つ描く。この中の一辺がスケーネ(scaena,舞台背後の壁)の位置とし、それと平行な中心を通る線で、プラットフォーム(舞台)とオーケストラを分離する。
図はTen Books on
Architectureのp.152から引用
この舞台はギリシャのものよりも低く作る必要がある。オーケストラには議員も座り、舞台で演奏するから、オーケストラに座った人が舞台にいるすべての人を見る必要がある。そのためにはこの舞台の高さは5feetを超えてはいけない。観客席の断面の勾配は、少なくとも最初の横断通路で分割されるべきである。 円周に沿ってある三角形のその角度を、二つの階段の間で、階段の方向で決める。この上に、上部の断面が下部の断面の中間に配置され、通路が交互に配置される。 階段の方向を示す下部の角度は(C, E, F, G, H, I, D)の7つある。中央の角度の反対側には、Royal Door(K)があるべきである。観客席の段差は、高さが1feetに手に平一つ分以下、または1feetに6本の指を超えてはならない。階段の幅は2.5feet以下または2feet以下とすべきである。
座席の最上部に立つコロナ―ド(列柱)の屋根は、スケーネの最上部と同じ高さにする必要がある。それは声が最上部の列および屋根まで、同じ大きさ(power)で到達するべきであるからである。スケーネの長さはオーケストラの直径の倍でなければならない。柱の台座の高さはステージの高さから始まって、円環などを含めてオーケストラの直径の1/12、その台座の上の柱の高さはオーケストラの直径の1/4、台輪と装飾品は柱の高さの1/5にすべきである。
劇場ではほぼ対称性とするが、現実には段、湾曲した横通路、欄干、通路、階段、舞台、法廷その他は実用性を重要視して考慮すべきである。小さな劇場でも大きな劇場でも同じサイズで作る必要があるものもある。建築家に実務経験があり、賢く、また技術があれば材料の不足などでも応用が利く。 スケーネの中央には王宮のような装飾された両開きのドアがある。その左右には客間のドアがある。その先には、ギリシャ人が「лεqiάиτot」と呼ぶ回転する3つの装飾面がある装飾装置がある。劇が変更されるとき、または突然の雷鳴とともに神々が登場するとき、これらは回転し、異なる顔を見せる。背景図には一つ目は悲劇、二つ目は喜劇、三つ目は風刺と呼ばれる3つの種類がある。悲劇の背景には柱や3角形の切妻壁(pediments)や彫刻や王にふさわしい物で施される。喜劇の背景はバルコニーや景色の良い一連の窓がある普通の住居、風刺は木や洞窟や山や素朴な物体を風景として装飾されている。(多分これらはかなり大きなものと思われる。)
ChapterⅦ:ギリシャ劇場は、建設規則をあらゆる点で従う必要がある。またギリシャ劇場は三つの中心がある。一つは広々としたオーケストラと、より後方に設置されたスケーネ、奥行きの浅い舞台がある。
Chapter Ⅷ: 劇場の音響学では、劇場に対する音響学は多大な労力と技術で作られたもので、最新の注意をもって対処する必要がある。劇場では声が穏やかに下降し、不明朗な意味を伝えないように、また音を跳ね返さないように注意する必要がある。最初に発せられた声が反射してエコーとなり、最後には二重になって聞こえ、後続の声を阻害するような場所を作らないようにしなければならない。子音ははっきりとした明瞭な音色で耳に届けることができる。このように劇場に注意深く設計が行われていれば、声は完全に劇場の目的に適うものとなる。ギリシャでは劇場の平面は四角で設計されているのに対し、ローマの劇場は正三角形でデザインされている。これらの指示に従う人は、完全に正しい劇場を施工することができる。
※坂本龍一著 「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」のp.209に「以前にも話題にしたギリシャの円形劇場は、今から2000年近く前につくられた建物なのに、音の響き方がとても良かった。結局、使い勝手の良し悪しは、技術というよりも設計者がどれだけ深く利用者の立場で考えているかによると思います。」とあった。多分これは設計者がどれだけ深く利用者の立場を考えただけでなく、VITRUVIUSの著作なども影響していると思う。坂本龍一がこの円形劇場の音の響きがよかったとあるのは、どう良かったのかもう少し知りたかった。