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2026/07/07

レクイエム 渋谷混声合掌団第31回定期演奏会 愛する者への思慕―フランス・ロマン派音楽の巨匠たちのレクイエム を聴いて

 日時:202674日(土)14時開演

場所:東京オペラシティコンサートホール タケミツメモリアル

主催:渋谷混声合唱団

曲目:シャルル・グノー作曲 レクイエム、 ガブリエル・フォーレ作曲

 レクイエム

このコンサートは私の大学の同級生の渡辺さんから紹介された。

東京オペラシティコンサートホールは、1997910日、柳沢孝彦の設計で、やはり柳沢孝彦(当時竹中工務店所属)が設計した第二国立劇場は着工が遅れてしまい、これに先駆けてオープンした。各席数1632席、客席は、上階を除きほぼ満席だった。客席空間は、天井が高く、三角形の特徴ある設計となっている。意匠的にはダイナミックなデザインだ。しかも木調の雰囲気で統一されている。しかし三角形の、その面は拡散性をもたらすように凹凸があり、そのため音響的には天井からの強い反射音が得られないので、どちらかといえば側方反射音が重視された設計となっている。しかし側方の壁も客席側は細かな凹凸があり、やはりそれも中・高音域で音の拡散性があり、強い音の反射は避けるようになっている。今回のレクイエムの曲に対しては、天井から遅れてくる反射音は天空からの音にも聞こえ、多分好ましい音響空間ではないかと思われる。多分クラッシク音楽に対しては、この天井からの遅れてくる反射音は、好ましい響きになると思われる。目安としてはエコーとなる50msより少し短い天井高さ。要するに50ms×340/s=17m、すなわち天井高さはこの半分の8.5m程度がいいことになる。ただ天井高さがそれより高い場合でも側方反射音なども含めると反射音は天井だけの場合とちがってエコーにならずに聞こえるようになる。しかしこのような三角形の形状では、天井からの反射音は得られていない。また舞台の上でも、天井に一部、かなり大きな四角の音響反射面がつるされているが、大体の面は三角形の高い天井があり、舞台での演奏音がそれぞれの演奏者どうしで聞きにくくなっているような感じだ。

 舞台には多くの合唱団の人々、オーケストラ、上階にはパイプオルガンがあり、舞台をすこし広げて設置していた。私の座席は舞台方向から5列であるが、その2列を舞台に変更しているようだった。したがって私の席は舞台から3列目になっている。

チラシによれば、愛する者への思慕―フランス・ロマン派音楽の巨匠たちのレクイエムという章のところで、「レクイエム」は「死者のためのミサ曲」とあり、グノーについては18889年に孫が亡くなったことを悲しみ、このレクイエムが作曲されたとのこと。しかも遺作となった。フォーレについては1885年に父親が亡くなり、これがきっかけとなりレクイエムが作曲された。結局この二つのレクイエムは時期的には同時期に作曲されている。ただしグノーは18181893、フォーレは18451992で、生まれは27年、亡くなった時は99年異なっている。ともにフランス・ロマン派音楽を代表する巨匠とあるが、わたしには特に、フォーレについては、彼の弟子はラベルになり、フォーレの雰囲気はドビュッシーやラベルのような新しい色彩的なフランス音楽を感じることができた。

また合唱はラテン語で歌っているらしいが、その日本語訳がスライドで舞台正面の幕に映し出されており、意味はよく理解できた。

コンサートが終わった後、飲み屋に行って、大学の友人たち数人と演奏していた渡辺さんが集まった。渡辺さんのおかげで、大学時代の友人たちに会うことができた。

私は舞台から3列目、目の前が舞台なので、舞台からの音が直接音としてよく聞こえたが、室内の残響音はよくわからなかったと言った。渡辺さんは、舞台の上でその他の人の唄や演奏音がよく聞こえないので、指揮者の手の動きをよく見て歌ってくださいと言われたようだ。パイプオルガンの音も前方上部、パイプオルガンがあるところから、直接音がメインの感じで聴こえてきていた(写真で示している)。したがってこのホールは、直接音と室内の後期拡散音が特徴となっていて、どちらかといえば音の明瞭性を大事にしていると言えるかもしれない。したがってコンサートははっきり聞こえてよかった。どなたかが一人のソプラノの声がよく聞こえていたとも言っていた。この音のバランスをよくとらなければいけないのがこのホールの特徴ともいえる。

渡辺さんが音楽家は周囲に影響力があるが、建築家はないねと。今回集まった我々は東工大の建築学科卒で、清家清や篠原一男には影響を受けているが、ほぼ専門が個人住宅の設計のためか、日本の人で清家清・篠原一男を知っている人はあまりいない気がする。同期には中野サンプラーザ設計で有名な日建設計の林昌二、NHK及びNHKホールを施主側から設計した浅野昭利がいる。一般的には更に知られていないかもしれない。強いて言えば建築家では日本の都市計画も発表している丹下健三ぐらいかもしれない。大昔から考えると、ヴィトルヴィウスというギリシャ時代の建築家がいる。円形劇場の設計で有名だ。中世の城やゴシックやロマネスク教会、またはイスラム教の教会を建設した建築家はどんな人だろうか?バッハやモーツアルトやベートーヴェンの時代には誰かはいただろうが名前は知られていない。ニュートンやガリレオは有名だが、建築家はどうなんだろう。日本で言えば戦国時代、たくさんの城ができたが、誰が設計したのだろう。織田信長や豊臣秀吉や徳川家康は城で有名だが、その中に建築家の名前は出てこない。桂離宮はどうなのだろう、建築家の名前は出てこない。作庭は小堀遠州、またはその弟子という話もある。この建物はグロピウスなども評価して、近代建築の見本になりえるという話もあった。近代になってガウディ(18521926)やコルビジェ(18871965)やフランク・ロイド・ライト(18671959)は相当有名だがそれ以降はなかなかむつかしいかも。音響技術者としては、1900年に残響時間の理論を作り出したセイビンは音響技術者の中では有名だが、世界で知られている人はそうとう少ないと思われる。それに反して音楽家で言えば、最近ではチャイコフスキーやショスタコーヴィッチ、日本で言えば、このホールの名前の由来にもなっている武満徹や、ゴジラの曲で有名な伊福部昭や、テレビ番組の赤穂浪士のテーマ曲の作曲者、芥川也寸志が有名だと思われる。多くの人々への影響力という意味では、城とか教会とか寺院、更に街など、ものとしてはあるが、それに関係した建築家個人というのはほとんど知られていない気がする。多分建築の分野に限られているからかもしれない。ただ現在日本では地球環境の変動や東北や東南海での大きな地震の予測や人口減少があり、また地方の人口減少は特に顕著になっている。その結果、農業や漁業や林業に携わる人が少なくなってしまっている。空き家も増えてきてしまっている。建物の耐震性も重要な課題だし、上下水道などのインフラも大きな課題だ。これらを考えてみると大きな課題がたくさんある。これを都市計画的な観点から提案ができればいい貢献ができると思う。最近久元神戸市長が神戸の中心部には高層ビルは都市の中心に人口が集中しすぎると言うことで禁止したとのこと。一理ある気がする。

写真:客席後部から舞台側を見る。三角形の天井が見える。しかもその表面には凹凸があり、音が拡散するようになっている。舞台一部客性上部には音響反射面がぶら下がっている。


写真:客席の前の方から客席後方の天井を見上げた。やはり三角形の天井があり、しかも凹凸があり、音の拡散性もある。




2026/07/01

杉山哲雄ピアノリサイタル ベートーヴェン ソナタ連続演奏会(全10回)⑥ を聴いて

 日時:2026628()230分開演

場所:銀座王子ホール

主催:杉山ムジーク・アカデミー

曲目:ベートーヴェン作曲

ソナタ第9番、ソナタ第16番、6つの変奏曲、ソナタ第26番(告別)

アンコール:やさしいソナタ第二楽章

 台風8号、その後台風7号が27日になんとか通り過ぎていたが、台風7号は当日の可能性もあり、無事公演同日でなくよかった。しかし当日も天候が悪く、雨で、お客さんは満席にはならなかった。626日富士五湖でも震度6弱の地震があり、その前日625日、岩手でも震度6強の大きな地震があったばかりで、何となく不安定な気候状況が続いている。

 1曲目はソナタ第9番で、杉山さんの特有の低音の響が伝わってくる。これはスタインウエイの特徴なのかもしれないが。ソナタ第16番で、結構明るく、また互い違いに飛び跳

  後半は最初の曲は6つの変奏曲で、この楽譜ができる12日前に、ハイリゲンシュタットの遺書が書かれていたと。格調高いドイツ語で書かれているが、この6つの変奏曲も表現に確信を持っていたことがうかがわせる。チラシによれば穏やかな旋律は厚みのある和声とポリフォニーに支えられて豊かな表現である。音楽の歴史から見れば、バッハ、モーツアルト、ベートーヴェンとピタゴラス音律から、クラッシック音楽の時代に変化していって、この和声を確立させたのだろうと考えられる。したがってこの表現に確信を持っていたことが理解できる。

 杉山さんが、「ソナタでベートーヴェン自らがつけた標題音楽はこの告別だけ、先入観が入ってしまうという恐れもあるが」といっていたが、「告別」、「不在」、「再会」という流れになっていて、この「告別」では悲しさが現れ、「再会」では喜んでいる様子が感じられる。多分今回のコンサートでは、この曲がメインの曲かもしれない。18094月にオーストリアとフランスが戦争状態に入り、ナポレオン軍がウイーンを占拠、ルドルフ大公が避難したことがあったようだ。ただ翌年の130日にはルドルフ大公はウイーンに戻り、これが作曲のきっかけになったようだ。チラシでは、第三楽章の再会について、「ffの力強い音型で始まる経過には祝砲や花火のような音が聞こえ、ベートーヴェンが楽しんで作曲している様子が想像できる。」と具体的に述べている。

 杉山さんは、このベートーヴェン ソナタ連続演奏会で、ベートーヴェンの創作の神髄に迫ろうとしているような気がする。音楽家の意気込みが感じられた。


写真:公演がはねて、お客さんが退出してから撮影した。



2026/06/25

たゆとう楽と舞 ガムランの扉2026 中部ジャワのガムランと舞踊 を聴く

 日時:2026621日(日)15時開演、620日も公演があった。

場所:日暮里サニーホール、舞台は使わず、平土間を一部、舞台にして、楽器を並べるだけでなく、舞踊も行っている(下記写真にしめした)。

主催:ガムラングループ・ランバサリ

演奏:アロイシウス・スワルディ インドネシア国立芸術大学スラカルタ校で博士号を取得し、1990年にインドネシア共和国文化大臣から模範講師の賞、2012年には文化賞を受賞している。

舞踊:テレシア・スリ・クリニティ   カスナナン王宮と中部ジャワ文化センターで宮廷舞踊ブドヨとスリンピを深める。更に舞踊についてはパンフレットに示した人たち、演奏については、ランバサリの演奏者もンフレットに示している。私は近所で、演奏者の一人の大田さんにこのコンサートを紹介された。もう何度かこのコンサートには行っている。すべて日暮里サニーホールである。

司会者が、最初にこのジャワガムランはジャワの宮廷音楽で、日本で言えば雅楽のような感じだと言っていた。ただインドネシアは、戦後王政がたおれ、インドネシア共和国にかわり、それとともに、ガムランは民間に開かれた音楽になっていて、今回も新しく作曲されたガムランを紹介していた。それに対して雅楽はどうなんだろう。奈良時代からずっと皇室の音楽にとどまっているのだろうか?雅楽はこのガムランやオーケストラに様に楽器がたくさんあり、華やかな舞踊や物語もあり、少しガムランと似ているが、雅楽のコンサートは日常的には開かれていない気がする。※ただし私の身近なお寺、善照寺の活動の中で、毎月1回は、先生が来て、雅楽の楽器、笙などを練習して、それを法事の時などに披露している。ただこのような出来事は、一般的な感じではないかもしれない。多分素晴らしいことだ。

コンサート名の「たゆとう」は不安定な状態でゆらゆらと漂うような意味で、このガムランを指しているもののようだ。ガムランは音のリズムは少しずつ変化するし、音律も2系統あり、横向きに並べられている楽器(スレッドロ音階(日本の民謡など))と縦向きに並べられている楽器ペロッグ音階(沖縄の音楽など)の二種類があり、時々入れ替えて演奏する。クラシック音楽の様にメロディやリズムが固定しているものでなく、ゆらゆらと変化する。たゆとうは、それを意味しているのだろう。なんだか心の動きを表現しているのかもしれない。

またプログラムの半分はガムランの伴奏を付けた舞踊となっている。帯が足元より長く垂れ下がり、それをけりながら、しなやかに踊る。また歩きながら紙吹雪を足元から散らかしながら歩く。華やかさが増す感じだ。

 NHK2CHのクラシック音楽館のビデオで、ショスタコーヴィチの交響曲4番を聞いた後だったので、この激しい心の戦いを聴いた後に、これはこれでなるほどと思ったが、たおやかなガムランを聞いたことで、心が落ち着く感じは格別だ。


写真:最後に出演者が挨拶をしているところは、写真OKとのことだったが、挨拶をしているところは撮れなかった。少し遅かった。床には紙吹雪がまき散らかされている。

写真:リアントさん(右側)と川島さん(左側)、公演がはねた後写真撮影に応じている。




写真:琴やハープのような楽器、楽器の細い方に座って、つま弾く感じで演奏する。

実は10年ほどまえ、バンドンにバンドン工科大学の音響実験室(無響室、残響室2つ、吸音率測定、遮音測定もできる)を工事監理するために、スペイン人のアントニオさんといったときに、近くに公園があり、そこに日本の占領時の防空壕とその隣にオランダの防空壕があり、現在はそれらが戦争記念碑になっていて、それを見学した。インドネシアの案内人は、日本人の私に向かっても、スペイン人のアントニオさんに向かっても大変文句がありそうだった。しかし当たり前の問題だ。先日天皇陛下がオランダの国王と会った時には、当時悲劇があったが、それを乗り越えていこうと。

そういえば、このランバサリの生みの親は音楽研究者の小泉文夫、当時東京芸大にいた先生だが、多分終戦になった年はおおよそ20歳、戦後の政府が主に教育に使っている音楽、主にクラシック音楽に批判的で、日本の音楽について造詣が深いが、インドネシア宮廷音楽のガムランについても研究し、楽団も作った、それがランバサリ。私が20歳前半の頃、劇団天井桟敷(主催者、寺山修司)の稽古場公演を見に行った。出演者5名、観客はわずか3名の時だった。金属の楽器を雨だれの様にポツリポツリとたたき、それがいつの間にかテンポが異なっている。それを2時間ほど聴いていて、なんだこの音楽はと。今考えるとこのガムランの音楽に近いものだったかもしれない。また横浜ボートシアターの団長の遠藤さんも私より20年ほど早く生まれているので、小泉文夫と同世代。演劇にガムランを取り入れて、なだらかな音楽を流しながら芝居を行っている。よく見に行った。今は、遠藤さんは亡くなり、あとを音楽家の松本さんが演奏しているが、ガムランの楽器はそのままで、ジャズのように演奏している。それはそれで力強さが伝わってくる。

※このブログを見ていただいた大田さんから下記のメールをいただきました。

天井桟敷については、「金属楽器の雨だれ演奏、スティーブ・ライヒの影響かもですが、よくガムランもセットで語られるのできっと繋がっているでしょう。」「雅楽は、皇室と貴族の音楽ですが、神社とお寺でも継承されました。なので、今でも祭礼で演奏したり練習したりしている寺社は意外と多いと思います。








2026/06/02

演劇  眠レ 巴里 を見て

 日時:2026531日(日)1400開演

会場:中野・劇場MOMO 客席数90席、満席だった。

本公演は、高橋和久さんから直接お手紙をいただいて知った。前回高橋さんが出演した人形劇ペドロ・パラモという演劇は、生と死がテーマだったと思うが、今回はどうであろうか!以下はそのブログ 

http://yab-onkyo.blogspot.com/2026/03/blog-post.html

 最初、エレクトーン奏者が舞台に出てきた、シャンソンを奏でながら、楽しそうな雰囲気。そこに賑やかな姉妹が登場する。ホテルの1室、窓にはエフェル塔の景色が見える。これからパリを観光するという雰囲気、なんだ!それで観光で眠れない夜を過ごさないように、眠レという演劇のタイトルがあるのか、、、、、。とんでもない。姉妹は何かを恐れて、多分現実を恐れて、ここまで来て、最終的には多分エッフェル塔で自殺する。

高橋和久の役割は、「現実」を表現したかったように思う。やっとこの姉妹のいるホテルを見つけて、出刃包丁をもって現れ、しかし殺そうとした姉妹がすでにいなく、姉妹がいたベッドで、まずそうにハンバーグを食べ、鼻をかみながら、チリ紙をそのまま床に捨てる。そんなことをしているうちに多分、天国にいる帽子をかぶった天使のような格好で姉妹があらわれ、高橋和久と楽しそうに踊りを踊って終わる。姉妹にとっては「しめしめ」という感じだ。

姉妹はどのような現実から逃れたいのだろうか?よくみるとチラシの副題に、「また 見つけた なにを?―永遠。」この演劇で求めていたのは、永遠と言うことなんだと思う。安易に考えると死ぬことで、永遠が手に入ると言うことを意味しているのか!そんな馬鹿な!!これでは中野の飲み屋でお酒を飲まないと帰れない。たしかに中野には飲み屋がたくさんあった。この永遠と死というテーマは、ひょっとしてパリ!では成り立つかもしれないが、パレスチナのガザでは成り立たない。何かを求めて演劇で生きろ生きろと訴えて、永遠を手にする方が観客にとっては多分気持ちがすっきりする。それも飲み屋で話そうではないか!この永遠に対しての現実は荒々しい暴力の世界かもしれない。高橋和久が演じる現実の荒々しい暴力の世界、したがって永遠とはすべてが均衡して、それによって得られる平和な世界を表しているような気もする。そう考えるとなるほどと思われる。ただその時は一瞬現れるが、またしばらくすると元に戻ってしまう。だからチラシの副題には「また見つけた」と書いてあるではないか。※私は約5年前に患った脳梗塞のために、一度は死ぬような経験をしている。今では酒は飲めない体になっている。病気の前を思い出して、そういう気持ちだったはずだと思い出した。

 

      写真:劇がはねた後の劇場の風景、舞台中央にベッド、舞台下手にはエレクトーン。

 





2026/06/01

第37回横浜都築太鼓 結成40周年記念公演 太鼓道を聴いて

 日時:2026530日(土)1330開演(昼の部)

場所:青葉公会堂

出演:都築太鼓、ゲスト出演:東京大学運動会応援部、友情出演:太鼓集団 鼓粋(こいき)

プログラム:下記のチラシに示した。さらにアンコールもあった。

 今回の公演は、結成40周年記念公演だけあって、大変力が入ったものだった。私は前回青葉区郷土芸能まつりで、公演の一部で、都築太鼓を見ていて、素晴らしいと思ったが、更に唄などがあればより興味深いと思っていたところだった。ところが今回の演目には、太鼓だけでなく、南部俵積唄などの唄のある民謡や、絆という演目で、お祭りの時に使う面を用いたり、三味線なども弾いたりしていた。和太鼓は、昔は戦の時の合図だったり、お祭りのお囃子のお気に使う太鼓だったりしていたが、佐渡の鬼太鼓座(おんでこざ)以来、和太鼓の音楽が、独立して、意思を表示するような感じになってきていた。今回の公演にはこの都築太鼓のほか、太鼓集団 鼓粋というグループも参加している。これも横浜で活動しているようだが、このようなグループが全国に広がりを持ってきている。また都築太鼓の演奏は、和太鼓の音楽をその景色から脱皮して、日本の歴史や文化に根付いた地に着いた感じにしたいという意志を感じた。とても好ましい感じがした。これも和太鼓の新しい方向だろうと思った。そういえば、10年ほど前には、メインがトロンボーン3台、それに和太鼓2台のグループCordes Baresのコンサートがあり、すこし中世がかった音楽の演奏を聴いたことがある。

http://yab-onkyo.blogspot.com/2015/11/codex-barbes.html。これはトロンボーンが主で、和太鼓が従のような感じだったが、さらに言えば、和太鼓を中心にした演目で、面を用いて、お祭り、神楽や雅楽や伎楽などとも、また和太鼓が国際的に認知されてきていることから、国際的な雰囲気の楽器、例えば三味線のように、つま弾くシタールやドタールや、ドンブラなどの楽器と組み合わせることもそのうち可能かもしれない。ひょっとして、二胡や胡弓やコブズの様に弓で引く楽器にも作曲によって対応が可能かもしれない。将来の展開が楽しみだ。

追記2026.06.02:多分最後の大地という曲かもしれない。篠笛が2本出てくる。この曲は以前、どこかで聞いたことがあって、篠笛2本は唸りを生じてしまうと感じたことがあった。多分今回は、やはり篠笛2本だけど、唸りが目立たなかった。音律を調整した二本なのか、気になるところだ。



                   写真:公演がはねた後のホールの様子







2026/05/28

杉山哲雄 ピアノリサイタル ベートーヴェン ソナタ連続演奏会⑸ 5月24日(日)

 日時:2026524日(日)230分開演

場所:銀座王子ホール シューボックス型のホールで、客席数315席、室内楽用のホールで、聴きやすい。

演奏者:ピアニスト杉山哲雄

曲目:ベートーヴェン ソナタ第19番、ソナタ第11番、ソナタ第25番(郭公)、15の変奏曲とフーガ(エロイカ変奏曲)

アンコール曲:ベートーヴェン バガテル ハ長調 作品119.2

 地下鉄銀座線の銀座に着いたのは、開演30分前だったが、銀座4丁目の出口が階段だけだったので、申し訳ないけど松屋デパートのエスカレータをつかわせていただき、いざ王子ホールに向かおうとしたが、出口が見つからず、しかもデパートを出ても、王子ホールの方向がなかなか見つからず、開演ぎりぎりに時間になってしまった。私の様に足が悪く、階段が苦手の人間にはこのようなときにはいつも困ってしまう。

チラシによればピアニストの杉山哲雄は、三重県伊勢市出身で、私が東工大建築学科を1972年に卒業した時の同期の濱口さんとも伊勢市で同期なので、多分年代は私と相当近い人だ。杉山さんは、東京芸術大学大学院を卒業したあと、ウイーン音楽大学に留学し、1979年に卒業している。その後はリサイタルを中心に活動を始めたそうだ。勢いを感じる。横浜国立大学名誉教授ともあり、かつては大学の教壇に立っていたこともあったのではないかと思う。現在は杉山ムジーク・アカデミーを主催しているが、その音楽スタジオを、先ほど書いた濱口さんの建築設計、私の音響設計で、渋谷に建設した。最近では、このベートーヴェンの全ソナタ演奏会を行っているようだ。なるほど曲の説明が理論的である。このコンサートの大きな目的は、本人によれば、このベートーヴェンの全ソナタの連続コンサートは「ベートーヴェンの創作の本質に光を当てるものである。」

最初の曲はソナタ第19番ト短調で、「第一楽章は陰りのある祈りの表現と牧歌的な広がりのある第二楽章との対比」、私は特に低音部の力強い音に感激した。2曲目はソナタ第11番変ロ長調で、「豊かな楽想に和音の厚みと奥行きが加わり、、」 「柔らかい和音の刻みの乗る主題は黄昏時の色彩が伴う美しいもの」 クラシック音楽が和音を獲得して、華やかな雰囲気を形成し始めた頃のことだと思う。時には唸りを伴ったものもあったが、これは平均律による調律の問題もあるかもしれない。3曲目はソナタ第25番ト長調 “郭公”。チラシによれば「第一楽章にカッコーを連想させる音型があり、、、全体がさりげなく統一され、伸びやかな響きとリズムが自然の光景を思わせる。」 多分この自然の光景とは、日本の森の景色とは違い、のびのびとした田園の風景なのだと思う。4番目の曲は、15の変奏曲とフーガ 変ロ長調 作品35 “エロイカ変奏曲”、交響曲第3番作品55「英雄」にも用いられたことで、「エロイカ演奏曲」とよばれている。ここでも第15変奏で、「大木が枝を広げるように」と表現されている。多分このコンサートではメインの曲ではないかと思う。

今回の曲の発想は自然の風景から得られたように思う。また低音の重厚な響が強く感じが得られているように思う。ただ「創作の本質」に自ら解釈し、至ることは難しく、主は杉山さんのチラシの文章から得られたものだ。

2週間ほど前には、久元さんのベートーヴェンのピアノ ソナタ全曲演奏会の一部を聞いたばかりだ。この曲は華やかな感じがあって、同じベートーヴェンのソナタでも違った雰囲気になっている。ベートーヴェンの創作の本質は、奥が深い。

http://yab-onkyo.blogspot.com/2026/05/vol4.html



 

                                                    写真:演奏会閉幕後の舞台の風景

2026/05/22

建築音響の交流の歴史 その19 シルクロードを通ってきた音楽・楽器・演劇

 大阪の国立民族学博物館に行って特別展の本、「シルクロードの商人(あきんど)語り  サマルカンドの遺跡とユーラシア交流」を購入してきた人から借りて読んでみた。その本の中に、シルクロードを通ってきた楽器や音楽、演劇について書かれていた。出版社は創元社。

この特別展のごあいさつ文を国立民族学博物館の館長の關 雄二氏が書いている。「本特別展は、ユーラシア大陸の十字路として栄えた中央アジアを舞台に、古代から現代にいたる交易と文化交流の歴史を、「商人」という視点から読み解く試みです。東西・南北を結ぶシルクロードは、単なる物流の道ではなく、宗教、芸術、音楽、技術、そして人々の生き方そのものを運んだ壮大な文化回廊でした。その中心的役割を担ってきたのが、国境や民族、信仰の違いを超えて往来した商人たちです。」

 対象としている国は、ウズベキスタンを中心に、カザフスタン、トルクメニスタン、タジキスタン、キルギスなどの国だ。これらの国は1度、ソ連に併合されていた私は以前、カザフスタンの建築設計事務所IMAYO CREATIONの今用さんに依頼されて、2008年にカザフスタンのアルマティとアスタナに行って、ドンブラ用のホールなどの音響設計の仕事する可能性があった。しかしリーマンショックが起こり、残念なことに仕事そのものがなくなってしまった。

また国立民族学博物館で『旅する楽器 南アジア、弦の響き』という企画展があり、そのブログを書いた。(http://yab-onkyo.blogspot.com/2019/05/blog-post.html

 今回の特別展の中心はシルクロードの文化が交流する交差点のウズベキスタンのサマルカンドで、シルクロードは紀元前2世紀ごろから東西を結ぶ重要な交易路として発展してきたが、その時、実際に貢献してきたのはソグド人の商人だった。ソグド人はイラン系の言語を話す民族で、宗教はゾロアスター教であった。

ソグド人はシルクロードを通して、絹や絹織物、また綿や獣毛、さらに綿織物や絨毯などを運んだが、それに合わせて、楽器や仮面劇の伎楽など文化も運んだ。楽器では、正倉院に所蔵される箜篌(くご)(竪琴)や琵琶などが、影響を受けているものだ。また仮面芸能の伎楽は、中国、インド、中央アジアとシルクロードを通じてつたわり、正倉院には、伎楽面「酔胡王(すいこおう)」、「呉公(ごこう)」、「呉女(ごじょ)」などの面が納められていると。p.78にある伎楽「酔胡王(すいこおう)」の仮面を見ていると、迫力があって、仁王門にある仁王像の雰囲気と似ている。

先日 51日のNHKEテレの芸能きわみ堂で、伎楽についての新作があった。面の製作は、彫刻家・籔内佐斗司が担当したと。タイトルは「鯰(なまず)しずめ」で、主人公は大ナマズを押さえている鹿島大明神と香取大明神で、神無月にこの二人が出雲に行っている間に、留守を任されたえびす様が酒を飲んで、うたた寝をしている間に鯰が大暴れをするという話。この神様の二人は、中近東の人の顔とアフリカの人の顔のようだと説明していた。結構滑稽な話だ。しかも演じているのは子供たちで、昔の被り物の面が小さいので、こども用ではなかったかと推測したようだ。

仮面劇の伝統は、ひょっとこ面などを使った神楽や、能や狂言にも受け継がれているが、今では横浜ボートシアターの仮面劇にも受け継がれているように思う。

春分の日に行われるノウルーズ、これはペルシャ語で「新しい日」という意味だそうだが、ゾロアスター教に関連して生まれたが、今でもその祭りは続いている。ウズベキスタン、カザフスタン、キルギス(クルグズスタン)、タジキスタン、トルクメにスタンの中央アジア5か国は、ソ連から独立する前後にノウルーズを公式の祝日に定めて盛大に祝うようになった。主要都市では、中心部の広場で行政主導の式典とコンサートが大々的に行われ、州、地区、村落でも祝祭が組織される。以前2024.03.27にノウルーズコンサートで、ドッタールの演奏者として駒崎万集を紹介していたが、ドッタールの奏者として、今回の特別展でも演奏したようだ。以下はペルシャのノウルーズというブログで示した。 

http://yab-onkyo.blogspot.com/2024/03/nowruz.html ドッタールは2弦の楽器だ。私がなじみのあるドンブラやドタールも指ではじいて演奏するが、コブズは弓で演奏する。以下はウズベキスタンの2弦のドタールの演奏というブログでも駒崎万集が出演している。

http://yab-onkyo.blogspot.com/2023/07/2.html

今回の特別展において紹介されたシルクロードを辿った楽器については、日本ではクラシック音楽の中では全く使われていないものだが、ウズベキスタンのドッタールや、カザフスタンのドンブラなどは私にとっては大変身近なものになっている。今(2026.05.22)問題になっているアメリカ―イランの戦争の中で、イランの文化が否応なく注目をされる。その源流は紀元前から伝わるソグド人の文化だ。奈良の正倉院などには、それらの楽器や、伎楽の面が残っていて、とんでもない古い文化のある歴史を持っている。



2026/05/19

久元祐子 ベートーヴェン ピアノ・ソナタ全曲演奏会Vol.4 を聴く

 日時:2026516日(土)15時開演

場所:TOPPANホール408席(車イス席3席設置時通常席403席)、満席。観客席の勾配は適度にあり、舞台がよく見える状態だった

建築設計:株式会社 岡田新一設計事務所/音響担当:株式会社 永田音響設計

 曲目:ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第6番、ピアノ・ソナタ第15番(田園)、ピアノ・ソナタ第9番、ピアノ・ソナタ第17番(テンペスト)

アンコール曲:ベートーヴェン 7つのバガテル第3番、シューマン子供の情景よりトロイメライ

使用ピアノ:ベーゼンドルファー280VC Pyramid Mahogany

 曲の印象は、音の強弱がはっきりしていて、指のタッチが早く、さらに響きが美しかったこと。

チラシによれば、ベートーヴェンが生きていた当時は、ヴァルターなどウイーン式アクションのフォルテピアノ、、現代の7オクターブ以上ある音域よりずっと狭い5オクターブほどの楽器で、鍵盤は軽く、キーディップ(鍵が沈む深さ)も現代のピアノの1センチに対して、半分ぐらいでしたとあります。このヴァルターピアノで弾くと驚くほど楽にスピードを出せる箇所がたくさんあると。久元さんは今回のコンサートで、ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ全曲演奏会に挑むことにしたと。ちょうど今回で「五合目」まで来たようです。「この試みでベートーヴェンの魅力を再認識する機会をいただけることを喜びに一つです。」

クラシック音楽の最高峰の一つがベートーヴェンで、クラシック音楽を切り開いた人です。たしかに魅力があります。4番目に引いた曲はテンペストといわれています。これはベートーヴェンがシェイクスピアの小説のテンペストをよく読めば理解できると言われたことからついた名前だそうです。ドラマティックな展開が曲にもよく表現されていると言うことだと思います。多分作曲をするにあっても具体的な情景をイメージすることはあるのでしょうね。2番目の曲「田園」もそうかもしれません。話は飛びますが、先日の和太鼓のコンサートの時の「海鳴り」も海の情景がよく浮かびました。

 今回使用したベーゼンドルファー280VC Pyramid Mahoganyはどんな仕様であったかはよく書かれてはいないが、あえてベートーヴェンが苦労の末に5オクターブの中で掴んだ音で弾かせていただきましたと書かれています。また最後には、「暖かく深く包み込むような音色、そして伝統に立脚しながら敏感な反応とパワーをも併せ持つ響きをお楽しみいただけると幸いです。」 もう少し具体的には、調律がどんな方法か気になるところだ。

そこで久元さんにメールを差し上げました。「ピアノの調律はベートーヴェンの時代のものですか、それとも企業秘密ですかと。ご返事は、「ピアノの調律は、平均律です。現代の楽器で次々に調性が変わると、古典調律ではうまく響かない場所がでてきてしまいますので。美しい響き、と仰っていただき調律師さんにお伝えします。喜ぶと思います。

たしかに美しい響きだった。ただピアノもよかったとは思うけど久元さんの技術も素晴らしかったと思う。

 

                写真:開演前のホールの状態






2026/05/18

第28回青葉区郷土芸能まつりを観て

 日時:2026517日(日)13時開演

場所:横浜青葉公会堂 定員600名 幕設備設置状態

出演:以下のプログラム通り、

私は都合により、プログラム6番のJAフラダンスから見ることができた。7番の居眠り獅子は創作したとのこと。物語になっていた。獅子が居眠りしている間に、稲を植えたら、そのうちなんだか大きなスイカのようなものがありそれを捕まえると獅子だったと。多分物語はそんな風な感じだった。出演は下谷本杉山神社囃子保存会。このお囃子連は、私の前回の早淵川のblogにも登場した人たちだと思う。悪魔祓いも祭囃子も、素晴らしかった。荏子田囃子連は江戸時代から続いている歴史あるお囃子連だそうだ。いずれも笛が美しい音色だった。相当練習が必要だ。また最後の演奏は、和太鼓演奏だった。都築太鼓の演奏で、4曲あったが、圧倒的な迫力だった。太鼓の演奏で、海鳴りという曲はかなり情景が浮かぶ内容だったが、さらに田植え歌や木やりなどの歌があると更に具体性があるかもしれない。世界にはばたいて演奏をしていると言っていた。

写真:青葉公会堂にて下谷本杉山神社囃子保存会の公演時。

写真:居眠り獅子、下谷本杉山神社囃子保存会







2026/05/05

早淵川その2 庚申塔から中村大橋、春の生き物たちなど 2026年3月15日~5月4日 追加6月13日まで

 2年ほど前に、早淵川について書いたが、その後もほぼ毎日のように、早淵川の庚申塔近くからあざみ野駅近くまで、散歩をしている。早淵川の夏の生き物たち(20248月)

http://yab-onkyo.blogspot.com/2024/08/2462024.html

 その結果、鳥たちが集まってくるのは、魚、多分オイカワという魚が近くで生まれてくる。それをサギやウやカワセミが狙いに来るからだと思う。また鴨などの水鳥も川の藻を食べにくる。結構大きなコイが庚申塔近くにいる。更にその近くにはスッポンも泳いでいる。それらを捕まえに子供たちも釣りをしたり、網で魚をとらえようと川のなかに入って遊ぶ。多分ある程度水がきれいで、藻が生え、魚が生まれてくるなどの結果、様々な鳥や動物たちが集まってくるのではないかと思う。したがってこの川の水をきれいにすることは大変重要なことだ。以下Wikipedia

庚申塔の更に下流に中荏橋があり、その近くにわが町の守り神、剣神社がある。いわれは刀をもらって帰るところを大蛇に襲われ、その刀で退治したとのことである。この辺の大蛇は、ニシキヘビなんて言うものでなく、せいぜい青大将程度のものである。ただ大昔から、古事記の時代からヤマタノオロチがいて、それをスサノウノが退治したとの伝説があり、それにあやかって付けたのかもしれない。大蛇については多分つくられた話だと思うが、うねうねするのはひょっとして早淵川のことではないだろうか。おかげでこの周辺は肥沃な大地とおもわれるが、この川はかつて、よくあばれて洪水になった。そこで川幅を広げ、川底を深くして、いまは洪水を避けることができたようだ。その場合にはつるはしやシャベルやスコップが大活躍をしたと想像できるがそれでは単なる身近な土木工事なので、つるはし神社ではなく、伝説とともに剣神社が必要なわけだ。

前回はスマホのカメラで撮影したが、今回は小さな鳥も含めたいとzoom付きのカメラCANON 40X OPTICAL ZOOMで撮影した。対象はアオサギ、シロサギ、カワセミ、鴨+赤ちゃん、小さな魚、ムクドリ、セキレイ、コチドリ、カラス、ハト、シジュウカラ、スズメ、鯉、タヌキ、スッポン、カエル、花ショウブ、シラン、スノードロップ、他 庚申塔、獅子舞、真福寺の花祭り、などをとった。残念ながらいままではモズやメジロや蛇はまだ見当たらなかった。

                   写真:庚申塔(2026.03.15

                写真:庚申塔のいわれ(2026.03.16

 

            写真:庚申塔近くの早淵川、手前にはコイが泳いでいる。(2026.03.13

 

写真:庚申塔近くの早淵川に鯉がたくさんいる、50cmぐらいの長さがある。ほぼ黒い鯉だが、白と赤のブチの鯉も含めてこの時には20匹ぐらいいる。(2026.03.13

 

             写真:中村橋近くの鴨、近くにはもう一団がいる。(2026.03.13

            写真:中村橋近くにいた、たぶんつがいの鴨(2026.03.13


                写真:中村橋近くにいたセキレイ(2026.03.13

              写真:鍛冶橋近くにいたスッポン3匹(2026.03.15


         写真:宿裏橋近くのスッポン、ひょっとして亀が泳いでいた。(2026.03.15


       写真:中村橋近くで、セキレイが水のなかにある藻を食べていた。(2026.03.15

              写真:アオサギ、関耕地橋付近(2026.03.16


     写真:シロサギとウ 関耕地橋の近く、上記アオサギとほぼ同じ場所(2026.03.16

 

            写真:鍛冶橋近くの堰のスッポンの甲羅干しと鯉2

                写真:鍛冶橋近くのスッポンの拡大

写真:ウが早淵川と国学院側に流れる川の合流地点にいた。この場所はよく鳥たちが居るところだ(2026.03.19

        写真:アオサギ 東名高速と新石川橋の間、(2026.03.21

             写真:カラスが何かをくわえている。中村橋近く(2026.03.21

 

               写真:鳩が関耕橋の近くの擁壁にいた。(2026.03.22

        写真アオサギが国学院の方から来る川との合流地点にいた。(2026.03.22

  写真:アオサギがもう一羽、東名高速道のあざみ野側にいた。(2026.03.22


写真:アオサギ、中村大橋のたもとにいた。昨日と同じアオサギだ。(2026.03.23


   写真:3日間同じアオサギを新石川橋近辺の水の中で見つけた。(2026.03.24

写真:白サギが東名高速道の近くにいた。雨が降り始めてしまった。(2026.03.26.330ごろ)

       写真:スッポンが鍛冶橋の堰のところに4匹が甲羅干し(2026.03.28

           写真:鵜が向根橋の近くで泳いでいた。(2026.03.28

              写真:白鷺が関耕地橋の近くにいた。(2026.03.29

              写真:アオサギが中村大橋の近くにいた。(2026.03.29



              写真:鴨のつがい 中村橋の近く(2026.04.07

        写真:鴨のつがい 中村橋の近く(2026.04.07) この数日サギやウが見当たらない。

写真:国道246号線の地下を潜るトンネルの出口にある看板。昭和53年(1978)竣工とある。

写真:真福寺の桜まつりでの釈迦如来立像の御開帳2026.04.08) 左の小さな社にある。この木造の釈迦如来立像は国の重要文化財である。以下のブログに記事が載せてある。

https://yab-onkyo.blogspot.com/2021/02/blog-post.html

写真:早淵川のトンネルの出口、関根橋出口付近で、鵜がたたずんでいた。(2026.04.08

写真:早淵川の鍛冶橋近辺で、よく見えませんが、セキレイとスズメが何か木の実を食べている。(2026.04.09

         写真:上記写真のアップ(セキレイとスズメ3羽)2026.04.09

              写 真:東名高速道路近くでムクドリ数羽(2026.04.09

              写真:上記同じ場所で角度を変えて撮影、2026.04.09

         写真:鵜が、潜って餌を食べているところ、宿裏橋近く。(2026.04.10

           写真:カラスが、水を飲んでいるところ。渕上橋近く(2026.04.10

         写真:蛙(名前は分からない)が渕上橋近くにいた。(2026.04.10

写真:庚申塔の対岸で、多分杉山神社の獅子舞のグループが集まっていた。(2026.04.11 13時ごろ)

写真:庚申塔の対岸で、多分杉山神社の獅子舞のグループが集まっていた。太鼓をたたき始めた。(2026.04.11 13時ごろ)

写真:渕上橋近くで、鵜が2羽泳いでいた。さらにその近くで、今年初めて小魚がたくさん泳いでいたようなきがするが、撮影はできなかった。2025.04.14 1時ごろ。

写真:小さな魚が、たくさん泳いでいるが中々撮影は難しい。たぶんオイカワだと思う。

場所は宿裏橋の近く‘(2026.04.152時ごろ)

写真:カワセミ、水に飛び込んだ後、石の上に止まった。渕上橋近く。この約2か月の間にカワセミは一度だけしか現れてこなかった。2026.04.152時ごろ

写真:庚申塔近くの錦鯉、目立って泳いでいた。2026.04.16 200ごろ

写真:アオサギ、久しぶりに見かけた。暖かくなったためか関根橋のトンネルの出口付近にいた。2026.04.16 2時ごろ

写真:昨日と同じところにアオサギがいた。2026.04.17(金)≒2時ごろ。

写真:渕上橋近くに、小さな魚がたくさん泳いでいたが、なかなか撮影ができなかった。やはり春になって、魚が湧いて出てきた。2026.04.17 (金)2時ごろ

          写真:小さな魚、渕上橋近く 2026.04.17(金)200ごろ

            写真:小さな魚No.2、渕上橋近く 2026.04.17(金)200ごろ

              写真:アオサギ、新石川橋の下 2026.04.20 

              写真:セキレイが渕上橋近くにいた。2026420()2時ごろ

写真:ムクドリが二羽、地面に落ちた木の実を拾って食べていた。2026.04.22 2時ごろ


写真:国学院の脇を流れる川が早淵川に合流する地点で、スズメとシジュウカラが水を飲んでいた。この近くの木にはたくさんのシジュウカラがいたようだったが、動きが激しく、写真には撮れなかった。2026.04.22 2時ごろ


写真:中村橋近くに、1羽のコチドリがいた。昆虫類やミミズなどを食べるようだが、今は何を食べているのだろうか? 2026.04.22 2時ごろ

        写真:鍛冶橋の近くの堰にいたスッポン 2026.04.25()2時ごろ

写真:東名高速道の近くで、カラスがおそらくスズメを食べている。2026.04.25(土)2時ごろ

写真:東名高速道近くで、スズメが水浴びしている。2026.04.25(土)2時ぐらい

写真:早淵川と東名高速道路が交差する場所の高速道路わきの草むらでタヌキと遭遇した。2025.04.25(土)2時ごろ

写真:東名高速道路脇にいたタヌキが横を向いた。毛があまりなくやせている。

まともに食事ができているのだろうか。2026.04.25(土)2時ごろ

写真:鵜が2羽、国学院の脇の水路が早淵川に合流するところにいた。雨が降っているので水かさが増している。2026.04.27(月)の2時半ごろ。

写真:アオサギが中村大橋(あざみ野駅直ぐ近く)の草むらにいた。雨が降っている。2026.04.27 3時ごろ

写真:アオサギが鍛冶橋の近くの堰にいて、多分魚を捕っている。2026.04.28(火) 2時半ごろ

写真:シジュウカラが、何匹かこの植物のところにいて、木になっている果物を食べている。国学院の脇を流れる川と早淵川が合流する場所。2026.04.28() 3時頃

 

写真:鍛冶橋近くにいたアオサギ、昨日と同じ鳥かも。2026.04.29(水)2時ごろ

        写真:中村大橋近くの多分花ショウブ、2026.04.29(水)3時ごろ

写真:ウシガエルかも、モーモーと鳴いている。カキツバタとほぼ同じ場所、中村大橋近く、2026.04.29(水)3時ごろ

写真:夜中から先ほどまで雨が降って、川が増水していて、鴨がいないなと思っていたら、突然、3匹の雛を連れた鴨が現れわれた。晴れてきたので、川で泳ぎ始めたようだ。多分今年初めての雛だと思う。新石川橋の近く、2026.05.01(金)3時ごろ

写真:中村橋近く、最初この鵜を見た時は、先ほどまで雨が降っていたので、いつもより30cmほど増水している中で、鍛冶橋近くで水に潜っていたが、多分その鵜が飛んできて、この場所まで来て羽を広げて乾かしているようだ。

              写真:中村大橋近くで見つけたシラン 2026.05.03 3時ごろ

写真:中村大橋近くで見たスノードロップ、シランの脇にいた。この川の対岸には花ショウブが咲いている。2026.05.03 3時ごろ、

写真:アオサギが鍛冶橋近くの堰のところで魚を捕まえているところ。何度も魚を捕まえるところを見た。朝までひどい雨と風だったが、朝からはひどい風の日になっている。2026.05.04 3時ごろ

写真:関根橋のトンネルの出口にもう一羽のアオサギがいた。2026.05.04 3時ごろ


写真:鴨の家族、子供が3羽、関根橋の出口の近くにいた。51日の新石川橋近くにいた家族と同じだと思う。2026.05.04 3時ごろ

写真:中村橋近くにいたコチドリ。422日のコチドリとほぼ同じ場所にいた。同じ鳥かもしれない。2026.05.04 3時半ごろ

以下は追加データ

写真:上記のコチドリと同じような場所だが、コチドリが川の中で、何かをつついていた。2羽いた。

2026.05.05 3時半ごろ

写真:宿裏橋のたもとで、子供たちが魚を網ですくおうとしていた。今年初めて水に入った子供たちが見れた。ここにはデッキがあり、降りる階段もある。またコチドリ2羽が、中村橋近くで水辺にいた。彼らの定位置かもしれない。2026.05.06(水祝)3時ごろ
写真:アオサギが中村橋近くの枯草の上にいた。2026.05.07 3時半ごろ
写真:多分ヨシの群生、早淵川にはたくさんのヨシの群生が見られる。2026.05.12(火)3時ごろ

写真:鴨の親子、子供は3羽、宿裏橋近くで泳いでいた。一所懸命 藻を食べている。子供は大きくなった。2026.05.23
写真:青大将が、川から出てきた。中村大橋の近く、2026.06.01(月)

写真:青大将が更に陸地にはい出てきたところ。2026.06.01(月)
写真:台風6号が房総半島南を通過しているとき、早淵川は水かさがいつもより50~60cm増している。庚申塔近く、2026.06.03 約3時

写真:庚申塔近くの川沿いにたくさんのムクドリがいた。2026.06.03 約3時

         写真:鴨が新石川橋の近くにいた。2026.06.03 約4時
写真:渕上橋近くに、前回見たよりも少し小さな多分青大将がいた。今年二つ目の蛇を早淵川で見ることができた。
2026.06.04 3時ごろ。


写真:鴨の親子が、鍛冶橋と宿裏橋の間に泳いでいた。子供は3羽順調に親鳥並みに大きくなっていた。多分5月の時に撮影した子供たちだと思われる。2026.06.06 3時ごろ
写真:鴨の親子、先日6月4日にも見た鴨と同じ。関根橋のたもとの草むらで寝ていた。2026.06.08
3時半ごろ


写真:子供3名が、二つの關の間のプールみたいなところで遊んでいた。ちょうど梅雨の間の晴れた気持ちがいい土曜日だった。鍛冶橋近く。夏が近づいてきている。2026年6月13日(土)3時半ごろ