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2023/11/29

横浜ボートシアターの音楽・仮面劇の小栗判官・照手姫公演

 シアター代官山での公演は1123日(木)160024日(金)13301830そして25日(土)130開演と4回あり、私は楽日の25日に行った。2023年遠藤啄郎追悼公演と題して、船劇場、遊行寺とこのシアター代官山と3か所で行った。シアター代官山は劇団ひまわり専用劇場で、かつて横浜ボートシアターに在籍していた山下晃彦さんが、その後この劇団ひまわりに在籍していたが、最近若くして亡くなってしまったようだ。ただ山下さんがここに在籍していたという関係から、この会場をつかえることができたようだ。

シアター代官山の在席数は123席で、舞台の周囲の壁は幕で覆われていて、天井はフライズがある。観客席は、壁は平滑な板で、天井は多分ソーラトンキーブのようなタイプの吸音材、椅子はモケット地の生地である。したがって船劇場や遊行寺本堂より多少デッドで声は明瞭に伝わる。舞台は客席より1m程度上がっており、観客席からは見やすい。また舞台照明も適切な位置にあり、場面の切り替えもスムーズである。ただ舞台中央にある階段を用いて、舞台から観客席、また観客席から舞台へ移動することが多く、仮面を用いているため、前方がみにくく、かなり注意が必要のようだ。この舞台から観客席、また観客席から舞台への移動は、観客との一体感から演出上かなり重要な位置を占めているようだ。照手姫は雇い主に餓鬼を引くために3日のお暇をくださいというと、これはいいことだからと5日のお暇をもらった。これもいい話だが、その後、照手姫の後には次々と引き手があらわれ、「えいさらえい、えいさらえい、人引き引いたは千僧供養、二引き引いたは万僧供養」と餓鬼阿弥を引き回すところは、この演劇の最も重要なところで、『生きろ、生きろ』と訴えている。そしてついに熊野の温泉につかることができ、小栗判官に生き返ることができた。特に今の世の中、この生きろ!生きろ!という強いメッセージが非常に重要である。遠藤さんがそう言っている気がする。最後は、照手姫を売りとばした犯人が地面に首までうめられ、長さが2mくらいの竹ののこぎりで、首を犯人も交えて右へ左へと動きながら「えいさらえい、えいさらえい」と切るところで舞台は終わる。この“落ち”で、めでたく終わったという安堵感に浸れる。

この本文のタイトルは私が勝手に、音楽・仮面劇と副題を付けたが、このような現代演劇で音楽が常にあるのは珍しい。歌舞伎や人形浄瑠璃や能、神楽、さらにオペラは音楽が伴奏をしていて、さらに能や神楽には音楽と仮面を用いるので、劇の手法としては似ている。

また音楽を奏でるときは、仮面をとるが、登場人物に変化するときは、その時に応じて仮面を変えて登場する。演者が音楽もやり、仮面によって役割を変化させるような方法は能やオペラのような古典演劇にもなさそうである。

今回は同じ小栗判官の演劇を船劇場、遊行寺というお寺の本堂、そして今回のシアター代官山で見ることができた。役者との一体感では、遊行寺本堂の場合は役者および楽団が観客と近いところにいて、声も音楽も生々しく大きく聞こえた。船劇場は観客席の下にもぐっていく通路があり、ここを、大声を出して観客の間を通っていくのは素晴らしい。ちょっと芝居小屋の花道に似通っている。シアター代官山は見やすいし、声も明瞭だが、舞台と観客席の間に1m強の段差があり、そこで舞台との縁が切られる感じがする。ここに花道のような観客席に向かう通路があるといいように思う。さらに舞台と観客席の段差を30cm程度として、より観客席の勾配を大きくすればより一体感は得られるような気がした。

                                                         写真:舞台がはねた後の舞台の状況


2023/11/23

旧赤星鉄馬邸の見学

 武蔵野市がこの旧赤星邸を1115日(水)から1121日まで一般公開すると友人が知らせてくれた。そこで2023112010時よりを3名で申し込んだ。場所は武蔵野市吉祥寺本町4-26-21で、吉祥寺の駅から16分とチラシには書かれていて、歩くのにちょっと遠い。

旧赤星邸はアントニン・レーモンドの設計で、彼は日本で近代建築を推し進めた人で、前川国男や吉村順三等の先生でもあったとチラシには書いてある。またさらに昭和9年(1934)に建設され、昭和19年(1944)に日本陸軍に接収され、昭和20年代(1945年代)にGHQに接収され、昭和31年(1956)ナミュール・ノートルダム修道女会が購入し、令和3年(2021)に武蔵野市に寄贈されたとあった。

建物は白く、横連窓が特徴で、すこしコルビジェのデザインに似ている。ただこの赤星邸はかなり床面積が広く、豊かな生活が偲ばれる。赤星さんは実業家であったが、その後日本軍やGHQに接収され、さらにその後は修道女会が購入し、南側と北側に礼拝棟と寮が増築されている。

入り口を入ったところには日本的なデザインの坪庭がある。





ここに来る前に吉祥寺駅の近くにあり、パープルイ通りの脇の武蔵野公会堂に寄った。現在改修計画が設計コンペになっているようだ。1964年開館した様で、もう60年近くたっている。屋根が波形の不思議な形状となっている。


 武蔵野市にはいろいろ魅力的な建物があると思っていて、はたと我がいるあざみ野を見ると、そういえばあざみ野駅の斜め前に、茅葺き屋根の古民家がある。現在人が住んでいるようだが、そのまま歴史的な文化財として保存したいくらいだ。

 

写真:2024年2月2日 満開の梅がきれいだった。






2023/11/12

横浜ボートシアター音楽会クルーズ

 日時:2023111113時より約1410

場所:横浜日の出桟橋から遊覧船ベネチア号にのって、劇団の音楽を聴きながら大岡川、中村川のクルーズを行う。

遊覧船に乗って、横浜ボートシアターの奏でる音楽を聴きながら、舟を楽しむという趣向に、源氏物語(瀬戸内寂聴訳)を思い出した。その第4巻の胡蝶に p.270「源氏の君は、かねて造らせておかれた唐風の船に急いで船飾りをおつけになりました。いよいよ池にその船をお浮かべになる日には、雅樂寮(うたかずさ)の楽人をお呼びになり船上で音楽をお催しになります。」 中略、p.275「中宮と紫の上両方の若女房たちが、われ劣らじと贅を尽くした衣装や容貌が、花々をこきまぜて織り上げた錦にも劣らないくらい美しく見渡されます。耳慣れない世にも珍しい音楽の数々もかなでられました。」中略、「上達部や親王たちも皆それぞれ、箏(そう)の琴(こと)や琵琶、笙、篳篥(ひちりき)や横笛などをとりどりに演奏されました。」 なんと優雅な感じだ。それをイメージしながら船に乗った。

 しかし実際には今年初めての寒さで、急に寒くなった感じで、とにかく川の上なので、私はキルティングのコートを着て、さらにライフジャケットを来て乗った。大岡川や中村川は横浜の中心部を流れていて、半分は海の水も混ざる川で、人工的なコンクリートの岸壁に囲まれている。横浜の都市中心部を流れているので、どちらかと言えば殺伐としているが、今後の横浜の街づくりには重要な要素だと思われる。船のお客には、私の隣に、以下のブログでも書いた外国人が座った。この外国人はフランスから来た人だった。

https://yab-onkyo.blogspot.com/2023/11/blog-post.html

会話の中で、この船はセーヌのバトームッシュとは景色がだいぶ違うという話もした。しかし周辺の建物はそれなりの建物でパリとは比較できない、逆立ちしてもそうならない。

しかも中村川は高速道路の下を流れている。横浜ボートシアターの初期の根拠地であったが、船の音楽会という優雅さからは遠い雰囲気の位置にある。中村川の両側には、大部分は歩道もない。しかし前向きに考えると、両側壁はコンクリートの岸壁、天井は高速道路、側壁の上部で、高速道路と側壁の間には適度に空間があるため、適度な反射音が得られ、好ましい音響空間と言える。電気音響で拡声した場合には周辺に迷惑がかかる場合もありそうであるが、横浜ボートシアターの場合のように生演奏の場合には好ましい船の音楽会ともいえる。しかも船にはあまり聞こえないが、高速道路側からは大きな道路騒音が周辺の集合住宅にはもたらされている。

 また大岡川は両側に桜の並木もあり、歩道もあることから、街を歩く人々との交流もできるし、街を見ながら音楽を楽しむこともできる。街を見ながらという場合には大岡川の方が楽しいと思われる。ただ今回は主に橋の下で船をとめて音響を楽しみながら響きにある空間で演奏を聴いたので、船を流しながら音楽を聴いた場合はどうだったか気になるところである。

 演奏した音楽の中で、旧小栗判官と新小栗判官とを比較することも行った。強いて言えば旧は遠藤啄郎が演出したもので、新は吉岡紗矢が演出したものだ。旧小栗判官の音楽は、どちらかと言えばガムランの音に近く、静的で、淡々とリズムを刻んでいる感じである。新小栗判官は力強いリズムで、響きもあり、ちょっとJAZZのような雰囲気がある。この音楽の違いが分かったことは今回の音楽会の最も興味を持ったところだ。双方とも音楽の概念がはっきりしている。今後新小栗判官がどうなっていくか楽しみである。現在 戦乱が激しくなっているところがある。小栗判官の”生きろ!!”というメッセージが強く訴えている。



2023/11/10

久元祐子 ベートーヴェン ピアノ・ソナタ全曲演奏会Vol.1

 2023117日(火)1900開演

場所:サントリーホール ブルーローズ

ピアノ:ヴェーゼンドルファー社製 280VCピラミッド・マホガニー

ベートーヴェンのピアノソナタは全部で32曲あるようだが、今回は、そのうちの4曲を最初に演奏する。曲目はピアノソナタ第1番、ピアノソナタ第5番、ピアノソナタ第4番、ピアノソナタ第8番「悲愴」、ピアノの音は柔らかな音で、高音も自然な柔らかな音になっている。ピアノコンサートではほとんどの人がスタインウエイアンドサンズ(Steinway&Sons)のピアノの音で、多分言い方が厳しいが、高い音は金属板を叩いたような硬い音となっている。今回はそのようには聞こえない。ピアノはものすごい力で鉄の枠に設けられた弦を強い力で引っ張っているので、このような硬い音になると思われるが、多分、この高い音の弦にも高調波が混ざるようになっていて、そのことによってやわらかく聞こえるのではと思う。この音が、280VCのみの音なのか、それともヴェーゼンドルファーのピアノがそのような音になっているのかはいろいろ聞き比べる必要がありそうである。また曲のすべてにも濁りが無いようで、これは調律の問題の可能性もある。ようするに現在の平均律ではなく、中世の音律、純正律を基にしている可能性もある。またこの音は久元さんでなければ出せない音なのか、それともほかの人が同じ楽器を弾いたら同じような音になるのかも気になるところである。いずれにしても、ものすごく考えられたいい音である。

アンコール:シューベルト:悲しみにワルツ、グリーグ:アリエッタ

 純正律について、次のブログで触れている。「中世 ヨーロッパの音律の純正律は何で必要になったか?」 https://yab-onkyo.blogspot.com/2023/01/blog-post_23.html

             写真:コンサート終了後にヴェーゼンドルファーを撮影



2023/11/09

第26回 都築区三曲協会演奏会 箏・三絃・尺八のしらべ

 場所:横浜市都築公会堂(定員604名)、ただし半分ほどの席しか埋まっていなかった。日時:2023年(令和2115日(日) 1130から1540 ただし私の参加は14時ごろ

曲目は13番目の緑彩の刻から最後まで。ここでの三曲は、箏、三絃(三味線)、尺八であった。残念ながら三曲のコンサートは私にとっては初めての経験です。しかし演奏者はたくさんいて、しかも皆さんは大変上手でした。しかも入場料は無料でした。14番目の花笠スケルツォは、よく聞く歌のアレンジですが、その他は初めてだった。ただ私はクラシックの音楽をよく聴きに行くが、同じような感覚で聞くことができた。

劇場は定員604席、舞台は音響反射板が設置されていた。在席は約半分のため、どちらかと言えば、クラシック系の音楽に好まれる響きだ。この響きが箏や三味線や尺八の音色に好ましいかどうかはよくわからない。音響反射設備を幕設備に換えたらどうなるのか実際を聞いてみたかった。

 邦楽の公演を行う場所としての国立劇場はこの10(2023)に閉館され、今度は劇場だけでなく、ホテルやオフィスを含む施設をPFI事業で再開発を行う予定で、企画コンペを行ったが、2度も不調になったままとなっている。国立劇場は1966.10竣工し、桟敷席のない歌舞伎劇場としては異質のものであったが、建設当時は企画側の人によれば、今後の多目的劇場の基本形を求めたと言っていた。ただ歌舞伎や人形浄瑠璃を行う場所として、また落語なども行っていた場所として存在していたので、今後しばらくは困った状態になってしまう。東京周辺には移動式テントの平成中村座以外には、収容人員500600名の芝居小屋がないので、このような施設があると便利ではないかと思う。今回行った三曲演奏会も芝居小屋があると便利かもしれない。

 都築公会堂のかえりにセンター南駅の前で 大道芸をやっていて、芸人の周りには、ほぼ小さな子供たちが45名みていた。しかししだいに大人たちも見始めて、たくさんの人になって、最後は盛り上がった。



2023/11/08

新版 小栗判官・照手姫 游行寺公演

公演は日時:114日(土)1400より、場所:藤沢の遊行寺(ゆぎょうじ)で行われた。

 案内によれば、藤沢駅の北口からあるいて15分とあったが、途中蕎麦屋(そばーるひだまり)によって、行ったので、遊行寺へは、1時ぐらいに着いた。このお寺は由緒あるお寺で、相当古くからの銀杏の木が生えていた。また小栗判官と照手姫のお墓がある。まずそこにお参りして、公演のある本堂に向かった。遊行寺は「ゆぎょうじ」と読むが「遊びに行く」とも読める。結構広く遊べるような感じもしてきた。私は日本には広場がないと思っていたが、この遊行寺の本堂前の土地はとても広く何かに使える。そういえば出雲の阿国は京都の北野天満宮で歌舞伎踊りを行ったようだが、これも広場ともいえる。それだけでなく本堂の中は案外広い。今回横浜ボートシアターが行った本堂は観客を入れて公演ができるほどだ。そのようにすれば多くのお寺で、許可を得さえすれば演劇や音楽の公演ができることになる。今回の遊行寺は小栗判官と照手姫の墓があり、また物語も仏教的な話もあるので、小栗判官・照手姫の公演を行うにはいい場所だ。

 


公演はこの遊行寺の本堂であるが、受け付けは入り口の階段の上で行い、靴を入れるビニール袋は横浜ボートシアターでは初めていた外国人がくばっていた。

本堂は写真のように、ご本尊の前空間を、舞台および観客席として、前の方の数列は船劇場でもちいている座椅子を用い、後部は折り畳み椅子であった。室内の大きさは、舞台は約10m×5m、観客席も同様の大きさで、天井は約10mあった。実際に測ったわけではないので私の想像です。観客は満席で、ほぼ200名はいたのではないかと思う。舞台の周辺は幕で仕切られ、楽屋とそこから舞台へ出る通り道になっていた。また前半、照手姫が退場するときには、観客席の中央につくった通路を通って、本堂の前の扉の外に出ていき、前半が終了していた。後半は餓鬼を数人がえいさらえいと声を出しながら引いていき、やはり本堂の前の戸を一度出ていき、また戻ってきていた。このような動きは、お寺の本堂という半分演劇的、半分現実的な雰囲気の中で行われていて、夢の世界か現実かよくわからない状態に持って行けたように思う。俳優たちのセリフも本気で大声を出していて、わずか数mのところで話されているので、これも現実に様に聞こえてきた。えいさらえい、えいさらえいと大声を出しているのを聞いてきると、生きろ!生きろ!と聞こえてくる。戦乱の多いとくに今は重要な言葉だ。