2030/01/01
2026/06/25
たゆとう楽と舞 ガムランの扉2026 中部ジャワのガムランと舞踊 を聴く
日時:2026年6月21日(日)15時開演、6月20日も公演があった。
場所:日暮里サニーホール、舞台は使わず、平土間を一部、舞台にして、楽器を並べるだけでなく、舞踊も行っている(下記写真にしめした)。
主催:ガムラングループ・ランバサリ
演奏:アロイシウス・スワルディ インドネシア国立芸術大学スラカルタ校で博士号を取得し、1990年にインドネシア共和国文化大臣から模範講師の賞、2012年には文化賞を受賞している。
舞踊:テレシア・スリ・クリニティ カスナナン王宮と中部ジャワ文化センターで宮廷舞踊ブドヨとスリンピを深める。更に舞踊についてはパンフレットに示した人たち、演奏については、ランバサリの演奏者もンフレットに示している。私は近所で、演奏者の一人の大田さんにこのコンサートを紹介された。もう何度かこのコンサートには行っている。すべて日暮里サニーホールである。
司会者が、最初にこのジャワガムランはジャワの宮廷音楽で、日本で言えば雅楽のような感じだと言っていた。ただインドネシアは、戦後王政がたおれ、インドネシア共和国にかわり、それとともに、ガムランは民間に開かれた音楽になっていて、今回も新しく作曲されたガムランを紹介していた。それに対して雅楽はどうなんだろう。奈良時代からずっと皇室の音楽にとどまっているのだろうか?雅楽はこのガムランやオーケストラに様に楽器がたくさんあり、華やかな舞踊や物語もあり、少しガムランと似ているが、雅楽のコンサートは日常的には開かれていない気がする。※ただし私の身近なお寺、善照寺の活動の中で、毎月1回は、先生が来て、雅楽の楽器、笙などを練習して、それを法事の時などに披露している。ただこのような出来事は、一般的な感じではないかもしれない。多分素晴らしいことだ。
コンサート名の「たゆとう」は不安定な状態でゆらゆらと漂うような意味で、このガムランを指しているもののようだ。ガムランは音のリズムは少しずつ変化するし、音律も2系統あり、横向きに並べられている楽器(スレッドロ音階(日本の民謡など))と縦向きに並べられている楽器ペロッグ音階(沖縄の音楽など)の二種類があり、時々入れ替えて演奏する。クラシック音楽の様にメロディやリズムが固定しているものでなく、ゆらゆらと変化する。たゆとうは、それを意味しているのだろう。なんだか心の動きを表現しているのかもしれない。
またプログラムの半分はガムランの伴奏を付けた舞踊となっている。帯が足元より長く垂れ下がり、それをけりながら、しなやかに踊る。また歩きながら紙吹雪を足元から散らかしながら歩く。華やかさが増す感じだ。
NHK2CHのクラシック音楽館のビデオで、ショスタコーヴィチの交響曲4番を聞いた後だったので、この激しい心の戦いを聴いた後に、これはこれでなるほどと思ったが、たおやかなガムランを聞いたことで、心が落ち着く感じは格別だ。
写真:最後に出演者が挨拶をしているところは、写真OKとのことだったが、挨拶をしているところは撮れなかった。少し遅かった。床には紙吹雪がまき散らかされている。
写真:リアントさん(右側)と川島さん(左側)、公演がはねた後写真撮影に応じている。
写真:琴やハープのような楽器、楽器の細い方に座って、つま弾く感じで演奏する。
実は10年ほどまえ、バンドンにバンドン工科大学の音響実験室(無響室、残響室2つ、吸音率測定、遮音測定もできる)を工事監理するために、スペイン人のアントニオさんといったときに、近くに公園があり、そこに日本の占領時の防空壕とその隣にオランダの防空壕があり、現在はそれらが戦争記念碑になっていて、それを見学した。インドネシアの案内人は、日本人の私に向かっても、スペイン人のアントニオさんに向かっても大変文句がありそうだった。しかし当たり前の問題だ。先日天皇陛下がオランダの国王と会った時には、当時悲劇があったが、それを乗り越えていこうと。
そういえば、このランバサリの生みの親は音楽研究者の小泉文夫、当時東京芸大にいた先生だが、多分終戦になった年はおおよそ20歳、戦後の政府が主に教育に使っている音楽、主にクラシック音楽に批判的で、日本の音楽について造詣が深いが、インドネシア宮廷音楽のガムランについても研究し、楽団も作った、それがランバサリ。私が20歳前半の頃、劇団天井桟敷(主催者、寺山修司)の稽古場公演を見に行った。出演者5名、観客はわずか3名の時だった。金属の楽器を雨だれの様にポツリポツリとたたき、それがいつの間にかテンポが異なっている。それを2時間ほど聴いていて、なんだこの音楽はと。今考えるとこのガムランの音楽に近いものだったかもしれない。また横浜ボートシアターの団長の遠藤さんも私より20年ほど早く生まれているので、小泉文夫と同世代。演劇にガムランを取り入れて、なだらかな音楽を流しながら芝居を行っている。よく見に行った。今は、遠藤さんは亡くなり、あとを音楽家の松本さんが演奏しているが、ガムランの楽器はそのままで、ジャズのように演奏している。それはそれで力強さが伝わってくる。
2026/06/02
演劇 眠レ 巴里 を見て
日時:2026年5月31日(日)14:00開演
会場:中野・劇場MOMO 客席数90席、満席だった。
本公演は、高橋和久さんから直接お手紙をいただいて知った。前回高橋さんが出演した人形劇ペドロ・パラモという演劇は、生と死がテーマだったと思うが、今回はどうであろうか!以下はそのブログ
http://yab-onkyo.blogspot.com/2026/03/blog-post.html
高橋和久の役割は、「現実」を表現したかったように思う。やっとこの姉妹のいるホテルを見つけて、出刃包丁をもって現れ、しかし殺そうとした姉妹がすでにいなく、姉妹がいたベッドで、まずそうにハンバーグを食べ、鼻をかみながら、チリ紙をそのまま床に捨てる。そんなことをしているうちに多分、天国にいる帽子をかぶった天使のような格好で姉妹があらわれ、高橋和久と楽しそうに踊りを踊って終わる。姉妹にとっては「しめしめ」という感じだ。
姉妹はどのような現実から逃れたいのだろうか?よくみるとチラシの副題に、「また 見つけた なにを?―永遠。」この演劇で求めていたのは、永遠と言うことなんだと思う。安易に考えると死ぬことで、永遠が手に入ると言うことを意味しているのか!そんな馬鹿な!!これでは中野の飲み屋でお酒を飲まないと帰れない。たしかに中野には飲み屋がたくさんあった。この永遠と死というテーマは、ひょっとしてパリ!では成り立つかもしれないが、パレスチナのガザでは成り立たない。何かを求めて演劇で生きろ生きろと訴えて、永遠を手にする方が観客にとっては多分気持ちがすっきりする。それも飲み屋で話そうではないか!この永遠に対しての現実は荒々しい暴力の世界かもしれない。高橋和久が演じる現実の荒々しい暴力の世界、したがって永遠とはすべてが均衡して、それによって得られる平和な世界を表しているような気もする。そう考えるとなるほどと思われる。ただその時は一瞬現れるが、またしばらくすると元に戻ってしまう。だからチラシの副題には「また見つけた」と書いてあるではないか。※私は約5年前に患った脳梗塞のために、一度は死ぬような経験をしている。今では酒は飲めない体になっている。病気の前を思い出して、そういう気持ちだったはずだと思い出した。
写真:劇がはねた後の劇場の風景、舞台中央にベッド、舞台下手にはエレクトーン。
2026/06/01
第37回横浜都築太鼓 結成40周年記念公演 太鼓道を聴いて
日時:2026年5月30日(土)13:30開演(昼の部)
場所:青葉公会堂
出演:都築太鼓、ゲスト出演:東京大学運動会応援部、友情出演:太鼓集団 鼓粋(こいき)
プログラム:下記のチラシに示した。さらにアンコールもあった。
http://yab-onkyo.blogspot.com/2015/11/codex-barbes.html。これはトロンボーンが主で、和太鼓が従のような感じだったが、さらに言えば、和太鼓を中心にした演目で、面を用いて、お祭り、神楽や雅楽や伎楽などとも、また和太鼓が国際的に認知されてきていることから、国際的な雰囲気の楽器、例えば三味線のように、つま弾くシタールやドタールや、ドンブラなどの楽器と組み合わせることもそのうち可能かもしれない。ひょっとして、二胡や胡弓やコブズの様に弓で引く楽器にも作曲によって対応が可能かもしれない。将来の展開が楽しみだ。
追記2026.06.02:多分最後の大地という曲かもしれない。篠笛が2本出てくる。この曲は以前、どこかで聞いたことがあって、篠笛2本は唸りを生じてしまうと感じたことがあった。多分今回は、やはり篠笛2本だけど、唸りが目立たなかった。音律を調整した二本なのか、気になるところだ。
写真:公演がはねた後のホールの様子
2026/05/28
杉山哲雄 ピアノリサイタル ベートーヴェン ソナタ連続演奏会⑸ 5月24日(日)
日時:2026年5月24日(日)2時30分開演
場所:銀座王子ホール シューボックス型のホールで、客席数315席、室内楽用のホールで、聴きやすい。
演奏者:ピアニスト杉山哲雄
曲目:ベートーヴェン ソナタ第19番、ソナタ第11番、ソナタ第25番(郭公)、15の変奏曲とフーガ(エロイカ変奏曲)
アンコール曲:ベートーヴェン バガテル ハ長調 作品119.2
チラシによればピアニストの杉山哲雄は、三重県伊勢市出身で、私が東工大建築学科を1972年に卒業した時の同期の濱口さんとも伊勢市で同期なので、多分年代は私と相当近い人だ。杉山さんは、東京芸術大学大学院を卒業したあと、ウイーン音楽大学に留学し、1979年に卒業している。その後はリサイタルを中心に活動を始めたそうだ。勢いを感じる。横浜国立大学名誉教授ともあり、かつては大学の教壇に立っていたこともあったのではないかと思う。現在は杉山ムジーク・アカデミーを主催しているが、その音楽スタジオを、先ほど書いた濱口さんの建築設計、私の音響設計で、渋谷に建設した。最近では、このベートーヴェンの全ソナタ演奏会を行っているようだ。なるほど曲の説明が理論的である。このコンサートの大きな目的は、本人によれば、このベートーヴェンの全ソナタの連続コンサートは「ベートーヴェンの創作の本質に光を当てるものである。」
最初の曲はソナタ第19番ト短調で、「第一楽章は陰りのある祈りの表現と牧歌的な広がりのある第二楽章との対比」、私は特に低音部の力強い音に感激した。2曲目はソナタ第11番変ロ長調で、「豊かな楽想に和音の厚みと奥行きが加わり、、」 「柔らかい和音の刻みの乗る主題は黄昏時の色彩が伴う美しいもの」 クラシック音楽が和音を獲得して、華やかな雰囲気を形成し始めた頃のことだと思う。時には唸りを伴ったものもあったが、これは平均律による調律の問題もあるかもしれない。3曲目はソナタ第25番ト長調 “郭公”。チラシによれば「第一楽章にカッコーを連想させる音型があり、、、全体がさりげなく統一され、伸びやかな響きとリズムが自然の光景を思わせる。」 多分この自然の光景とは、日本の森の景色とは違い、のびのびとした田園の風景なのだと思う。4番目の曲は、15の変奏曲とフーガ 変ロ長調 作品35 “エロイカ変奏曲”、交響曲第3番作品55「英雄」にも用いられたことで、「エロイカ演奏曲」とよばれている。ここでも第15変奏で、「大木が枝を広げるように」と表現されている。多分このコンサートではメインの曲ではないかと思う。
今回の曲の発想は自然の風景から得られたように思う。また低音の重厚な響が強く感じが得られているように思う。ただ「創作の本質」に自ら解釈し、至ることは難しく、主は杉山さんのチラシの文章から得られたものだ。
2週間ほど前には、久元さんのベートーヴェンのピアノ ソナタ全曲演奏会の一部を聞いたばかりだ。この曲は華やかな感じがあって、同じベートーヴェンのソナタでも違った雰囲気になっている。ベートーヴェンの創作の本質は、奥が深い。
http://yab-onkyo.blogspot.com/2026/05/vol4.html
写真:演奏会閉幕後の舞台の風景
2026/05/22
建築音響の交流の歴史 その19 シルクロードを通ってきた音楽・楽器・演劇
大阪の国立民族学博物館に行って特別展の本、「シルクロードの商人(あきんど)語り サマルカンドの遺跡とユーラシア交流」を購入してきた人から借りて読んでみた。その本の中に、シルクロードを通ってきた楽器や音楽、演劇について書かれていた。出版社は創元社。
この特別展のごあいさつ文を国立民族学博物館の館長の關 雄二氏が書いている。「本特別展は、ユーラシア大陸の十字路として栄えた中央アジアを舞台に、古代から現代にいたる交易と文化交流の歴史を、「商人」という視点から読み解く試みです。東西・南北を結ぶシルクロードは、単なる物流の道ではなく、宗教、芸術、音楽、技術、そして人々の生き方そのものを運んだ壮大な文化回廊でした。その中心的役割を担ってきたのが、国境や民族、信仰の違いを超えて往来した商人たちです。」
対象としている国は、ウズベキスタンを中心に、カザフスタン、トルクメニスタン、タジキスタン、キルギスなどの国だ。これらの国は1度、ソ連に併合されていた私は以前、カザフスタンの建築設計事務所IMAYO
CREATIONの今用さんに依頼されて、2008年にカザフスタンのアルマティとアスタナに行って、ドンブラ用のホールなどの音響設計の仕事する可能性があった。しかしリーマンショックが起こり、残念なことに仕事そのものがなくなってしまった。
また国立民族学博物館で『旅する楽器 南アジア、弦の響き』という企画展があり、そのブログを書いた。(http://yab-onkyo.blogspot.com/2019/05/blog-post.html)
ソグド人はシルクロードを通して、絹や絹織物、また綿や獣毛、さらに綿織物や絨毯などを運んだが、それに合わせて、楽器や仮面劇の伎楽など文化も運んだ。楽器では、正倉院に所蔵される箜篌(くご)(竪琴)や琵琶などが、影響を受けているものだ。また仮面芸能の伎楽は、中国、インド、中央アジアとシルクロードを通じてつたわり、正倉院には、伎楽面「酔胡王(すいこおう)」、「呉公(ごこう)」、「呉女(ごじょ)」などの面が納められていると。p.78にある伎楽「酔胡王(すいこおう)」の仮面を見ていると、迫力があって、仁王門にある仁王像の雰囲気と似ている。
先日 5月1日のNHKEテレの芸能きわみ堂で、伎楽についての新作があった。面の製作は、彫刻家・籔内佐斗司が担当したと。タイトルは「鯰(なまず)しずめ」で、主人公は大ナマズを押さえている鹿島大明神と香取大明神で、神無月にこの二人が出雲に行っている間に、留守を任されたえびす様が酒を飲んで、うたた寝をしている間に鯰が大暴れをするという話。この神様の二人は、中近東の人の顔とアフリカの人の顔のようだと説明していた。結構滑稽な話だ。しかも演じているのは子供たちで、昔の被り物の面が小さいので、こども用ではなかったかと推測したようだ。
仮面劇の伝統は、ひょっとこ面などを使った神楽や、能や狂言にも受け継がれているが、今では横浜ボートシアターの仮面劇にも受け継がれているように思う。
春分の日に行われるノウルーズ、これはペルシャ語で「新しい日」という意味だそうだが、ゾロアスター教に関連して生まれたが、今でもその祭りは続いている。ウズベキスタン、カザフスタン、キルギス(クルグズスタン)、タジキスタン、トルクメにスタンの中央アジア5か国は、ソ連から独立する前後にノウルーズを公式の祝日に定めて盛大に祝うようになった。主要都市では、中心部の広場で行政主導の式典とコンサートが大々的に行われ、州、地区、村落でも祝祭が組織される。以前2024.03.27にノウルーズコンサートで、ドッタールの演奏者として駒崎万集を紹介していたが、ドッタールの奏者として、今回の特別展でも演奏したようだ。以下はペルシャのノウルーズというブログで示した。
http://yab-onkyo.blogspot.com/2024/03/nowruz.html ドッタールは2弦の楽器だ。私がなじみのあるドンブラやドタールも指ではじいて演奏するが、コブズは弓で演奏する。以下はウズベキスタンの2弦のドタールの演奏というブログでも駒崎万集が出演している。
http://yab-onkyo.blogspot.com/2023/07/2.html
今回の特別展において紹介されたシルクロードを辿った楽器については、日本ではクラシック音楽の中では全く使われていないものだが、ウズベキスタンのドッタールや、カザフスタンのドンブラなどは私にとっては大変身近なものになっている。今(2026.05.22)問題になっているアメリカ―イランの戦争の中で、イランの文化が否応なく注目をされる。その源流は紀元前から伝わるソグド人の文化だ。奈良の正倉院などには、それらの楽器や、伎楽の面が残っていて、とんでもない古い文化のある歴史を持っている。
2026/05/19
久元祐子 ベートーヴェン ピアノ・ソナタ全曲演奏会Vol.4 を聴く
日時:2026年5月16日(土)15時開演
場所:TOPPANホール408席(車イス席3席設置時通常席403席)、満席。観客席の勾配は適度にあり、舞台がよく見える状態だった
建築設計:株式会社 岡田新一設計事務所/音響担当:株式会社 永田音響設計
アンコール曲:ベートーヴェン 7つのバガテル第3番、シューマン子供の情景よりトロイメライ
使用ピアノ:ベーゼンドルファー280VC Pyramid Mahogany
チラシによれば、ベートーヴェンが生きていた当時は、ヴァルターなどウイーン式アクションのフォルテピアノ、、現代の7オクターブ以上ある音域よりずっと狭い5オクターブほどの楽器で、鍵盤は軽く、キーディップ(鍵が沈む深さ)も現代のピアノの1センチに対して、半分ぐらいでしたとあります。このヴァルターピアノで弾くと驚くほど楽にスピードを出せる箇所がたくさんあると。久元さんは今回のコンサートで、ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ全曲演奏会に挑むことにしたと。ちょうど今回で「五合目」まで来たようです。「この試みでベートーヴェンの魅力を再認識する機会をいただけることを喜びに一つです。」
クラシック音楽の最高峰の一つがベートーヴェンで、クラシック音楽を切り開いた人です。たしかに魅力があります。4番目に引いた曲はテンペストといわれています。これはベートーヴェンがシェイクスピアの小説のテンペストをよく読めば理解できると言われたことからついた名前だそうです。ドラマティックな展開が曲にもよく表現されていると言うことだと思います。多分作曲をするにあっても具体的な情景をイメージすることはあるのでしょうね。2番目の曲「田園」もそうかもしれません。話は飛びますが、先日の和太鼓のコンサートの時の「海鳴り」も海の情景がよく浮かびました。
そこで久元さんにメールを差し上げました。「ピアノの調律はベートーヴェンの時代のものですか、それとも企業秘密ですか」と。ご返事は、「ピアノの調律は、平均律です。現代の楽器で次々に調性が変わると、古典調律ではうまく響かない場所がでてきてしまいますので。美しい響き、と仰っていただき調律師さんにお伝えします。喜ぶと思います。」
たしかに美しい響きだった。ただピアノもよかったとは思うけど久元さんの技術も素晴らしかったと思う。
写真:開演前のホールの状態