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2030/01/01

News

20220831 ワイエービー建築音響設計は8月末をもってクローズ致しました

2022/12/01

久元祐子 モーツアルト・ソナタ全曲演奏会vol.6

 20221123(水・祝)14時より、サントリーホールのブルーローズであった。タイトルはモーツアルト・ソナタ全曲演奏会vol.6というもので、6曲を演奏した。チラシには、「ピアノはベーゼンドルファーMode280VC モーツアルト時代のフォルテピアノが持つ繊細な息遣い温かなウイーナートーン」とかかれていた。またそのチラシには美しいベーゼンドルファーの写真が載っている。

実はコンサート時、ピアノの音を聞いて、なんだか濁りがなく、クリアでいつものピアノの音ではないように思ったので、久元さんにメールをしたら、ありがたいことに、久元さんから返事があった。「ベーゼンドルファーの最新機種に合う調律を求めて調律師さんも試行錯誤の最中です。今回は、倍音を生かしてほしい、、という私のお願いを取り入れて響きが豊かな音を目指してくださいました。一応平均律は平均律なのですが、純正の場所が多いそうです。ユニゾンの時、あたまに合わせるやり方とのことでした。」 とあった。最後方の文章のユニゾンの時とは、多分ピッチを合わせて二種以上の音を出すときに合わせる方法で、例えばドとオクターブ上のドは何も問題は美しくあわせられるが、ドとミやソと併せようとすると、平均律では、多分音が唸る、もしくは濁ってしまうのではないかと思う。この合わせ方はモーツアルトの時代にもいろいろあり、調律師が苦労しているところと思う。多分方法はわからないが、今回の調律の方法は美しい音が出せる方法ではないかと思っている。

 さらに現代のピアノの調律の方法は平均律が終点ではなく、まだ発展途上ではないかと思ってる。オーケストラの楽器に対しては、まだある程度歴史があり、それなりにいいとして、世界のさまざまな楽器、例えば尺八や三味線とヴァイオリンやピアノと合奏する場合、そんな場合があるかどうかは別として、この場合にはどういう方法がよいか、美しい音はどうしたら出せるかは現在の課題だと思っている。

※以上の文章は久元祐子さんに了解を取っている。


2022/11/24

宮沢賢治の世界Vol.1 のコンサート

 20221112日(土)1400から下北沢アレイホールで宮沢賢治の詩に作曲をして、同時にピアノ・ヴァイオリン・歌・鳴り物によるコンサートがあった。主催者は森の音舎というところで、今回は宮沢賢治の詩に作曲をして音楽にするという試みは素晴らしく感じた。

宮沢賢治の詩では、「おきなぐさ」、「岩手軽便鉄道の一月」、「風がおもてでよんでいる」、「電車」などでいずれも幻想的な背景があり、曲もそれにふさわしい曲となっている。歌・語りは新井純、以前は黒テントのスターだった人だ。今は朗読だけでなく、歌も高い声で歌えている。今は何才だろうか?

 2年前(2020.11.28)、同じ楽団で夏目漱石の夢十夜というタイトルでコンサートがあった。このときは西早稲田駅近くの教会の付属のホールであった。語りは新井純のほかに高橋和久がいた。高橋和久はもと横浜ボートシアターの部員だった。やはり幻想的な内容があり、音楽とテーマが一致していた。ホールは教会だけあって、適度に残響があったが、今回は、講堂の仕様のように天井は岩綿吸音板であった。したがって歌や声はききとりやすかったが、ヴァイオリンは響きが不足して演奏しにくかったのではと感じた。ヴァイオリンのことを考えるともう少し残響のある部屋がよかったように思う。歌とヴァイオリンという組み合わせでは、小さくて音響的に適当に良いホールがなかなかみつからない。しかしうまくいくと大変いい感じだと思う。

2022/11/10

横浜ボートシアター公演 語りと人形の劇 犬

2022116()に 新横浜のスペース・オルタで、横浜ボートシアターの公演があった。団長の遠藤さんが亡くなってから2作目の新作公演。1作目は石原吉郎のシベリア抑留生活を描いた「望郷と海」から作品にしたもので「白い影絵」、今回は中勘助の大正11年作品の「犬」より。物語は11世紀のインドでの話。隣国から攻めてきた若者の兵隊にレイプされた町の若き女性が、その男に興味を持ち、さらに森の中の庵に住んでいる宗教上の年老いた僧侶がその娘をさらに恋して、話がきわどく、また難しくなる話。脚本、演出および人形製作の吉岡紗矢がまえがきで「原作の「犬」を読んでいやな気持がした人にも是非この劇を観ててほしい。」とある。

 この劇は人形の仮面をつけて演じている。これが生々しく生き生きしている。仮面の一つは若き美しい女性のもの、もう一つは恐ろしい醜悪な年老いた僧侶の面。この二人が主の登場人物である。この仮面は多分人間が演じるより、表情が豊かになっていて、人間の感情がより強くつたわると思う。最後は女性が地面の割れ目に落ちて行ってしまう。女性の恋が背徳的にとらえているようにも思うが、人間の生き方をもう少し肯定的にとらえられる場合もあるような気がする。とにかく小栗判官や極楽金魚のようにどこかで救いが欲しい。

 スペース・オルタは地下1階にあり、120名ほどが入れる。ただし入場はコロナ感染防止のため1席飛ばしでいれていた。この程度のライブハウスのような劇場は臨場感があって今後増える可能性がある。横浜ボートシアターとしては、この公演をふね劇場で公演したかったが、艀が多少水漏れしているようで、現在は修理点検中になってしまった。はやくふね劇場で見たいものだ。 



2022/11/05

音楽・演劇は不要不急か?新型コロナに対して。

 20201月からはじまった新型コロナの流行はもう三年も終わろうととしています。とくに最初の2年間は演劇や音楽の公演は不要不急と言われ、開催することが困難になっていました。やはり人が集まると新型コロナも感染しやすくなります。そこで松本幸四郎(旧市川染五郎)のように観客を集めないでもいいように公演をZoomで開いたりしている場合もありました。観客側はいいとしても俳優側は公演をしないと収入が無くなってしまいます。また舞台技術者、例えば照明や電気音響の人たちも舞台がないと動きが取れなくなってしまいます。劇場管理者や劇場の設計者も同じような状況が生まれてきそうです。

この半年は開いても客席は半分の量で、かなり客数が少なくなってしまったが劇場が身近になってきました。また現在(多分六月以降)はほぼ満席の状態で公演しています。またお祭りもかなり正常な状態で開催することができてきているようです。荏田のお祭りもお神輿はやめて、お囃子だけ外部で行っています。ただ阿波踊りでは、「今年3年ぶりに本格開催された阿波踊りでの新型コロナ感染者をアンケートしたら800名余が感染したとのこと。」ということがテレビでニュースになっていました。  

新型コロナは手ごわい相手です。コンサートや演劇をもって、精神的な集中を図るとか、作曲者の気持ちになって立場を変えるとか、観客と一体化するとか、地域のまとまりを得ようとか、人が時の権力と戦う場合とか、権力が人をまとめて戦争するとかは「音楽・演劇は不要不急か?」というテーマも成立しそうですが、感染症と戦う場合には、人類にとってなかなか手ごわい相手になります。感染症に対して原因がわからず、ワクチンがない時には感染するかは行き当たりばったりだったと思います。 

岡本隆司著 「明代とは何か」の中の「14世紀の危機」の章で「このペストは実に、中央アジアからモンゴル帝国の商業ルートをたどって、地中海に波及した。もとより疫病は、到達点の地中海・ヨーロッパのみならず、シルクロードとその周辺にも被害を及ぼさなかったはずはない。ユーラシアの東西を貫通していた交通幹線・商業ルートは、これでズタズタに分断されてしまった。」「モンゴル帝国自体も、バラバラになり内部崩壊していく。」とありました。

新型コロナに対してはマスクや手洗い、3密の回避などがまずあげられますが、さらにワクチンが積極的な対応策になっています。今後感染症の治療薬も開発されてくるといいと思っています。建築の立場からは、インドネシアのプンドポのような屋根だけで壁のない開放的な劇場で新鮮な外気を取り込むことができる劇場ができるといいと思っています。さらに紫外線を用いた室内の換気や空調設備や、さらにフィルターなどの方法によってウイルスを殺菌する方法も考える必要があります。また人の集まる競技場や飛行機や電車やバスもその対象になるような気がします。感染症に対しては、まだまだやることがあります。

2022/10/27

Chirgilchinによる「トゥバのホーメイ~歌声の蜃気楼」のコンサート

1011日(火)1930 代官山「晴れたら空に豆まいて」というライブハウスでコンサートが行われた。Chirgilchinは女性1名、男性3名からなる4名のアンサンブルで、ソプラノからテノール、バスの声高を、バランスを取って歌うことができていて、ハーモニーがとてもきれいだった。また各自が2重に声を出すホーメイができて、それもよく聞き取ることができた。さらに各自が楽器を、とくに弦楽器を持ち替えながら演奏していた。これも珍しいことのように思う。またChirgilchinの出身はトゥバ共和国で顔の雰囲気は日本人とほぼ変わらないけれど、国籍はロシアで、現在戦争のために直接日本にくることができずなかなか苦労したようだ。またトゥバ共和国は、かつて遊牧民で、屋外で演奏するときはもちろん、建物はパオ(羊の毛でできたテント)のために、いずれも演奏空間は吸音性が高いもののため、あまり響きを必要とする音楽は好ましくないと思われる。「晴れたら空に豆まいて」というライブハウスは、ところどころグラスウール吸音材が貼られている。また満席のために、それも吸音性が増して、ちょうどトゥバの音楽にとっては好ましい空間のような気がした。

以下は入り口で頂いた説明用のパンフレットの写真。次の写真は公演の最後に撮影が許可されて撮ったものだ。舞台周辺の植物は今回の大道具として飾られたものか。ちょっとジャングルに見えてこの舞台には少し合わないように思った。またトゥバのホーメイは、モンゴルではホーミーと呼ばれているが、この声の出し方は地域によってそれぞれ少しずつ違いがあるようだ。

               写真:Chirgilchinのチラシの中の写真


               写真:コンサート最後の曲で許可を得て撮った写真

2022/10/26

日中友好50周年記念コンサート「融合の音」

 2022103日(月) 1900より日中友好50周年記念コンサート「融合の音」が豊洲シビックホールであった。50年前ということは1972年(昭和47年)で、ちょうど私が大学を卒業したころのことで、田中角栄と周恩来が握手したことを覚えている。あれから50年、日本と中国との関係は経済面ではスムーズだが、政治的には何かとぎすぎすした状態となっている。このような中で迎えた日中友好50周年記念コンサートである。

曲目は知っている曲もあるし、中国の古い曲もある。楽器は日本では三味線や尺八、中国では箏や二胡や馬頭琴で、ピアノもある。コンサートのメインテーマの「融合の音」は中国や日本やヨーロッパの楽器を同時に奏でて新しいアンサンブルを構成することを目指しているようだ。最近はバッハのヨハネ受難曲、ヴェルディのレクイエム、べートーンの交響曲9番、さらにショスタコ―ビッチの交響曲8番などどちらかというと対立または葛藤をテーマにした曲を聴くこと多く、現代の流れかもしれないとなんとなく思っていた。しかし今回のテーマ「融合の音」の方が今は大事と考えた方が、気持ちがいいし、そうあるべきだと思う。

豊洲シビックホールは、コンサートホールとしては珍しく、最初から壁の扉を開いて、外部が見えるようにしていた。このホールは超高層ビルの5階にあり、目の前は東京湾が見え、その中心にレインボーブリッジが点灯されて存在していた。たしか数か月前までは夜8時になると消灯していたような気がしていたが、今回は8時を過ぎても点灯していてよくみえた。

                             コンサート チラシ

                 コンサート目次

写真 幕間の風景 ホールからレインボーブリッジがよく見える。