日時:2026年9月27日(日)14時開演
場所:横濱みなとみらいホール大ホール
演奏:指揮 柳嶋耕太、合唱 横浜合唱協会、ソプラノ 星川美保子、
アルト 上村誠一、テノール 大野彰展、バス 小池優介
管弦楽 プロムジカ・バロック・アカデミー、
曲目:J.S。バッハ カンタータ第17番《感謝の供え物をささげる者は、わたしをたたえる》休憩、J.D.ゼレンカ 父なる神のミサ曲、後半の方が1時間以上と長かった。今回の合唱は、バッハについてはドイツ語、ゼレンカについてはラテン語で歌われたとホールの係の人が言っていた。
みなとみらいホールは約2000席のクラシック専用のホールとなる。2階席の舞台の周辺や3階席をのぞくと1階、2階とも満席な状態であった。
今回のコンサートは、横浜合唱協会の合唱団にいる中野さんから紹介された。今日9月27日は久しぶりに天気が良く、傘も持たずに出かけた。今までは毎日と言っていいほど雨が降った。
横濱合唱協会の歌や独唱、また管弦楽団のレベルは高く、また品位や節度もあり、整然としていた。曲は宗教音楽であり、神に祈る感じのもので、とてもきれいな響きだ。ただ私にとっては、このドイツ語やラテン語は、全く理解はできず、今読んでいる『絶対音楽 その理念史』の内容、音楽は自律的で、自己充足的なものという考え方を思いだした。主に音楽の絶対音楽に該当するのは、器楽曲(標題音楽ではない)になり、合唱やオペラなどは言葉があるので、音だけでは自律的になりえない感じのものだ。しかしドイツ語やラテン語で歌う場合には日本人の聴き手にとっては、言葉でなく、単に器楽と同じような音になってしまう。この合唱では、現在歌われている曲には対訳が舞台のどちらかに映し出されることも多いが、今回は、それはなく、チラシには、構成というところで、『カンタータ第17番は、、、神の宣告に相応しい堂々たるフーガを構成している。合唱フーガは最初器楽による導入シンフォニアをのぞいて、大きく二つの部分、、、、、セッコ・レチタティーヴォによる第2曲によって、、、、アリアへのつなぎ役を、、、』と曲の流れを音楽の専門的な用語で説明している。バッハもゼレンカもいずれの場合でも宗教音楽なので、日本で言えば、お寺のお坊さんのお経もなむあみだぶつ(南無阿弥陀仏)しか聞き取れない感じのものでもいいのかもしれない。そういうものだと思っているうちはいいかもしれないが、音楽として聴く場合にはやはり意味が気になる。
今回はいずれも宗教音楽なので、多分ヨーロッパでは教会で演奏する機会も多いと思うが、今回はみなとみらいホールで、コンサート専用のホールではあるが、ヨーロッパの教会のように残響が長いわけではない。今回の音は、湖の波のような感じで波が打ち寄せてくる感じだが、教会の場合には、海の荒海が押し寄せる感じだけでなく、打ち返す波も結構大きく、押し寄せる波と干渉しあうような音になって、音が増幅しあう感じがしているのではないかと思う。
今回の独奏者の一人は、アルトの人だが、男性の人だ。大変珍しくきれいなアルトだった。
写真:コンサートにはじまる前に自分の堰から撮影