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2026/03/09

人形劇 ペドロ・パラモ を見る

 日時:202635日(木)開演300、本公演は34日から8日まである。

場所:シアターグリーン、池袋から東口に出てしばらく歩くとシアターグリーン通りに出て、その道沿いにある。階段を上り、劇場入り口にたどり着く。観客席は、さらに結構急な階段席になっていて、観客席は約200名、客席の階段を歩くのは大変だが舞台はよく見える。満席だった。

主催:人形劇団ひとみ座

 本演劇は、元横浜ボートシアターの高橋和久さんから紹介された。高橋和久さんはペドロ・パラモの息子 “おれ”役ででてくる。唯一人の声がそこから出てくる。現実の世界を表現しているからかもしれない。その他のたくさんの登場人物は黒子が支える人形たちで、声はスピーカから出てくる。多分録音をしたものだと思われる。ペドロ・パラモの息子が、母が死んで、自分の父親が住んでいるという街にきたら、宿の女主人がすでにペドロは死んでいる。自分はあなたを育てたという。その時からペドロ・パラモが活躍し始める。多分悪人として支配し始める。多くの登場人物が出てきて、金持ちの人を殺し、その弟子もその人を殺し、陰湿な、どこかで聞いたことがあるような世界が広がる。1年前に 「ガザ日記」を読んだときに感じたが、爆撃があったあと、自分がすでに死んでいるのか生きているのかよくわからないと書かれていたが、そんな生きているのか死んでいるのかわからない世界の話のようだ。最終的にペドロ・パラモは殺されて、その人形が粉砕される。その粉砕された後に、ペドロ・パラモの息子“おれ”が、最初の時の様に、ホテルの女主人に尋ねる。ペドロ・ハラモに会いに来たと。

 公演の後、対談:脚本演出の友松正人さんと司会、俳優、“いしころ”の声として出演しているいとうせいこうさんが対談を行った。開口一番、友松さんにこんな難解な話をよく人形劇にしたものだという。たしかに!難解と思われるところは、筋立てがはっきりと見られないということ、また生きた世界と死んだ世界がバラバラに現れるところかもしれない。いとうせいこうさんは、石ころの役で、話が変わるときにごろごろところがってきて現れる。多分世界の出来事の断片は常にいろいろなところで現れる。戦争などによる殺し合いや、略奪や陰謀や権力闘争などである。それをある世界の瞬間を断面で示そうと考えたのではないかと思う。いずれにしても多分難解で、昔、一緒に行った人と帰りに一杯飲みながら、あーだーこーだーと議論したくなる感じだった。帰りはネオンの池袋をわき見しながら、しずしずと歩いて帰った。

 人形劇ペドロ・パラモという物語は、いとうせいこうさんに言わせれば、人形浄瑠璃と同じような手法をとっていると言っていたが、人形浄瑠璃の場合には、登場人物は人形なので、三味線と話し手が人形とは別に存在する。しかしこの場合には人形に情が移り、人間に対してのように悲しくなったり、感激したりする。しかし今回はスピーカから声が聞こえてくるが、誰が話をしているのかすぐには理解できない。しかも悪人ばかりなので、なかなか感情移入が難しい。このスピーカからの声はいいのか悪いのかよくわからないが、きっと悪人に対してもそのような憎たらしい感覚が現れてもいいかもしれない。しかし今回は人形になかなか情が移らな。多分この辺りは人形浄瑠璃の方が、人形劇よりまさっているのかもしれない。人形浄瑠璃の様に生の声でセリフを言ったらいいのではないか。

本小説はメキシコのフアン・ルルフォという人が書いたとのことだが、この話はメキシコだけの話でない、現在、ウクライナーロシアの戦争、パレスチナ―イスラエルの戦争、ベネズエラーアメリカ、さらにイランーイスラエル+アメリカなどの戦争がたくさんあり、本演劇の内容そのものが世界で繰り広げられている。正義というものではない、これが現実だとペドロ・パラモが言っているような感じだ。

                           写真:公演および対談がはけた後のシアターグリーンの舞台、

             舞台下部にパラモの顔の残骸が散らばっているのがわずかに見える。