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2023/08/26

楽器の練習

 朝日新聞の824日の朝刊の折々の言葉に、チェリストの堤剛と河村尚子との対談をテーマにしていた。チェリストやピアニストは毎日練習しているようだ。堤さんは「楽器自体が持つ振動や音響が私の一部になっている」と書いてある。さらに職人の手仕事の技術も書かれている。ただ私の気持ちからは、チェリストとピアニストは少し違うかもしれないと感じている。チェロはフラットがないため、多分まさぐりながら音を出しているように思うが、ピアノは調律されたものを弾くので、音の要素が少し少なくなっているような気がする。堤さんが「毎日、こういう音を出してみない?と語りかけて、それに返してくれるのはとても嬉しいです。」という感覚は、高度で理解が難しいが、この調律のことを含んでいると思われる。

話は少し違うが、私も毎日篠笛の練習をしている。私の篠笛はお囃子用に穴が開いているもので、したがって既に調律は済んでいる。したがって堤さんのように音に対して語り掛けることはしていないが、期待できる音になっているか気にしながら練習をしている。今の練習は、「小さい秋みつけた」「里の秋」など涼しげな秋を期待しながらの練習、さらにお囃子や、いんば(印旛)などを練習している。



2023/08/18

キンボー・イシイ指揮、ジュニア・フィルハーモニック・オーケストラ サマーコンサート2023

 キンボー・イシイ指揮、ジュニア・フィルハーモニック・オーケストラ    サマーコンサート2023

日時:2023811日(金祝)1400開演

場所:東京芸術劇場コンサートホール

曲目:ブラームス:ヴァイオリン協奏曲ニ長調作品77 ヴァイオリン 戸澤采紀

   メンデルスゾーン:交響曲第5番ニ長調「宗教改革」作品107

コンサートのパンフレットには、キンボー・イシイの紹介の文章の中に、「2010年、「第9回斎藤秀雄メモリアル基金賞」指揮者部門受賞。賞金は、次世代の音楽家育成に貢献したいという当人の意向により、ジュニア・フィルハーモニック・オーケストラに全額寄付された。」と書いてあった。この文のジュニア・フィルハーモニック・オーケストラとは、本公演のオーケストラのことである。したがってキンボーさんの熱意も大変なものだと想像する。

またブラームスのヴァイオリン協奏曲のソロの演奏者の戸澤采紀もこのジュニア・フィルハーモニック・オーケストラの卒団生と書いてある。したがってキンボーさんも知らない関係ではないように思う。

私は大学の建築学科の同級生だった人と一緒に行き、帰りは東京芸術劇場の1階の喫茶で、1時間ほど今のコンサートや劇場のことなどを振り返って話をした。またキンボーさんのお母さんの同級生だった人ともお会いして、話ができた。コンサートにはこのようなつながりも楽しみの一つと感じるようになった。





2023/08/13

荏田の田園ばやし(仮)

 私が参加しているわが町のお囃子は、隣町のたまプラーザ(新石川)にある驚神社の宮元のお囃子の会から教わったものです。そのお囃子は結構むつかしく高度のもので、単に太鼓のリズムが主導するのではなく、笛と太鼓がそれぞれ交代で主導していくところがみられます。馬鹿にされるかもしれもしれませんが、青森ねぶた囃子や阿波踊りのような単純な太鼓のリズムではありません。

荏田のお囃子の曲の流れは、序章、第一楽章破矢(しずみ、乱拍子ふくむ)、第二楽章鎌倉、第三楽章国固め、第四楽章師調目、第五楽章さいど破矢(しずみ、乱拍子をいれる場合もある)となっています。曲名は鎌倉時代ないし戦国時代の戦いのような勇ましい名前です。

しかし今の時代なのだから、特に今の時代だからこそ、もうすこし平和な曲の名前の方がよいように思います。例えばベートベンの「田園」をまねして、「荏田の田園ばやし」としたらどうでしょうか。序章、第一楽章田植え、蝉の声(しずみ)、稲刈り(乱拍子)、脱穀(以上破矢)、第二楽章そよ風(鎌倉)、第三楽章小川(国固め)、第四楽章縄跳び(師調目)、第五楽章田植え、イナゴ(しずみ)、カエル(乱拍子)、赤とんぼ(以上破矢)

勝手に思いつくままにお囃子の題名を考えてみたため、もう少しお囃子を練習してみたあとで、修正が必要になるとおもいます。とにかく、なかなか荏田のお囃子は高度です。

2023/08/05

ホラインとの議論

  このスケッチが書かれたのは日付けが書かれている1992331日で、ホライン事務所で、奈良市民会館コンペ設計作業のお手伝いをした時、働きに来ていた学生の一人がいつの間にかスケッチをしていて、渡された。多分楽屋から舞台へはどちら側から入退場するかというものだったような気がする。私は日本では基本的には下手側で行うと言ったので、ホラインはウイーンのオペラハウスやワーグナーのバイロイト祝祭劇場などに電話をして、そうだと言っていた。ただその後世界では、入退場は上手側もあるようだし、様々なことが分かった。その時初めてホラインと議論をしたような気がする。学生も興味深かったのだと思う。記念的な意味で、アルミの額に入れて書斎に飾っている。 


2023/07/31

シジュウカラの声、会話

 7/30の朝、テレビで、東京大学先端科学技術研究所の鈴木俊貴准教授が、シジュウカラの言語研究のことで紹介されていた。シジュウカラは、巣を蛇が襲うとしていると、「集まれ蛇だ」という鳴き声をし、攻撃的な鳥が近くに来ると、特別な鳴き方をして、集団的に会話をしていると言っていた。シジュウカラは我が家の玄関を開けたりすると、何匹もが近くに集まってきて、何かしゃべっているのが聞こえるが、何と言っているのか気になる。

20199月に書いたムクドリに関するブログでは、ライアンダ・リン・ハウプトが書いた「モーツアルトのムクドリ」を紹介している。

http://yab-onkyo.blogspot.com/2019/09/blog-post.html

(モーツァルトは、ムクドリのさえずりを楽譜にしたっていうことは、筆者は、モーツアルトがムクドリから曲想を得たということに興味を持ち同じようにムクドリを飼ってみたいと思い、自然保護管の旦那さんがムクドリの巣の除去を行った際に孵ったばかりのひなを飼うことになった(本来は野生動物で飼うことはできないが、合法的に)。名前をカーメンと名付けたムクドリとの共同生活で、モーツアルトのムクドリ(シュタール)との生活を再現しようとした。

 ムクドリも我が家の庭に時々来て、虫などの食べ物を食べて帰っていく。ただ時々出会うのは、どこかの街路樹に数百羽、ないし数千羽が集まって、滝のように騒がしく鳴いている状態にときどき出くわす。しかしこの鳥も「モーツアルトのムクドリ」によれば言語を理解するようだ。ただしこの本ではムクドリは人間の声を理解して、まねをすることができると言っているようだ。

鈴木俊貴先生が研究したように、鳥同士がムクドリの言語で会話しているとすれば、それはそれで新しい世界が広がるような気がする。ようするに人間が多い駅の近くの街路樹には、人間が鳥の糞などで迷惑をするのでもう少し別の場所を選んでほしいと鳥の言語で伝えるなどである。

そういえば我が家にはムクドリのほかに、ヒヨドリも竹林や我が家の庭のミモザによくきて、何かさえずっている。ミモザでは何かの幼虫を食べているような気がする。(突然みていたらアブラゼミが幹に止まった。)これも研究によって、何を話しているかわかってくるかもしれない。そういえばカラスも何か話をしているような気がする。人間と会話もできるようになると嫌われないで済むかもしれない。

 鈴木俊貴氏の論文の一例

テレビの番組の中での会話については以下の論文にも書いてあるような気がする。これは2016年に提出された、「Semantic communication in birds: evidence from research over the past two decades」から引用したものである。最初のところは、おそらく番組で話をしていた内容について図で説明している部分を抜き書きしたものである。

Japanese great tits (a) produce two types of alarm call for different nest produtors; "chicka" calls (b) for jangle crows(c) and "jar" calls (d) for Japanese rat snakes (e) . Note that those two alarms calls are acoustically discrete, but both of them have graded variation in note repetition number. The "chicka" calls also vary in combinations of notes within a call.

「シジュウカラは、(a) 異なる巣作り者に対して 2 種類の警報鳴き声を発します。 chicka」はヤグルマガラス (c) を呼び出し (b)、「jar」はニホンネズミヘビ (e) を呼び出します (d) これら 2 つのアラーム呼び出しは音響的には離散的ですが、どちらもノートの繰り返し数に段階的な変化があることに注意してください。 「チカ」コールは、コール内の音の組み合わせによっても異なります。」





写真 8/9 家の近くの電線に止まったムクドリ、午後の6時ぐらいで、そろそろムクドリの
ねぐらに帰ろうと話しているような気がした。



2023/07/24

ウズベキスタンの2弦のドタールの演奏

 先日朝の「おんがく交差点(BSテレ東)」というテレビの番組で、ドタールの演奏があった。ドタールとは、主にウズベキスタンの2弦の楽器で、駒崎万集さんが演奏していた。曲目は何曲かあったが、いずれも恋に関係している曲であった。また二弦ということもあって、どちらかというとメロディでなくリズムがかった雰囲気である。

デジタル大百科事典によると、「西アジアと中央アジアで広く用いられている弦楽器一種,長い棹をもち細長い共鳴胴をもつリュート。タールとはペルシア語で〈2弦〉を意味し,元来2本の絹弦が張られていた(トルクメニスタンウズベキスタンのドタールなど)が,今日ではアフガニスタンの一部を除いて金属弦取り替えられている。共鳴胴は洋梨を半分に割った形木製(一木をくりぬいたものや寄木作りのもの)で,腹面には薄い板が張られている。細長い棒状の棹には羊腸弦を巻きつけた可動フレットがあり,旋法によってこれ上下動かして微妙音律を整える。

 カザフスタンのドンブラも似たような楽器である。トルコのサズも相当似ている。しかもいずれもフレットはナイロンの糸などを巻き付けたままで、ドタールとそっくりだ。もともとは同じ仲間と思われる。

駒崎さんの音楽を聴いていると、クラシック音楽とは違う、ドタールのリズムで感じるものがある。このリズムはガムランや三味線やジャズなどにも通じるものがありそうだ。ときどきたまプラーザの日本蕎麦屋でそばを食べに行くが、また蕎麦屋も2軒あるが、いずれもBGMはジャズである。でもジャズより、このドタールの方がしっくりとこないかと思う。一度蕎麦屋で聞いてみたい音楽である。

2023/07/20

今年初めてのヒグラシの蝉

 714日、多分今年初めて、家の前の釈迦堂公園のなかで蝉の声が聞こえてきた。さらに718日に玄関前のアスファルトの部分にセミのなきがらが落ちていた。透明の羽で、ミンミンゼミよりも形が小さい。よく見るニイニイゼミではない。ヒグラシと思われる。ミンミンゼミに近い鳴き声である。残念ながら、なきがらを写真を撮る前に、アスファイルの上では、車にひかれてしまいそうだなので、草むらの中に捨ててしまった。写真を撮ろうと考え直した時には、残念ながら再度見つけ出せなかった。この蝉は釈迦堂公園の中から飛んできたのか、北側の忠魂碑の木々のなかから飛んできたものか気になるところである。

気のせいかわからないが、なきがらがあった後、蝉の鳴き声が聞こえなくなったような気がする。次はニイニイゼミが現れるのか?

今年は春から忠魂碑の北側の土地、および東側の集合住宅の土地の更に東側で、造成が始まっていて、そこにはタヌキやハクビシンが生息していたが、今はどこへ行ってしまったのか?残念ながらこれからは見れないかもしれない。自分の土地ももともとは山だったところを造成して作ったのだから何とも言えないが、木がたくさんあると子供たちにとっても格好の遊び場ができて、面白かったと思う。

中国地方、近畿地方、東海地方で本日7/20梅雨が明けたようだ。関東地方ももうすぐだ。もうじき本格的な夏だ。

※本日7/20の夕方6時ごろ、ミンミンゼミが釈迦堂公園で鳴き始めたようだ。

※本日7/21朝釈迦堂公園でツクツクボウシの鳴き声も聞こえた。

※本日7/21昼 忠魂碑の側の庭に多分ヒグラシがコンクリートの上で死んでいた。それを  芝生の上に移動させて写真を撮った。右側はさらにひっくり返して写真を撮った。多分忠魂碑ではカナカナという鳴き声が聞こえてきた。


※本日7/22昨日と同じ多分ヒグラシのなきがらがコンクリートの上に転がっていた。ここで思い出したのは、芭蕉の句で「閑さや岩にしみいる蝉の声」という句で、多分蝉の声が充満して、山や木々に反射して、更にひびき渡った状態のことだと思う。いわば残響室の拡散音
の状態に近いのだと思う。芭蕉が奥の程道で書いた句のようだが、書いたのは1869年の7で、どんなセミが鳴いていたかの論争もあり、結局はニイニイゼミだったようです。
※本日7/22は関東・甲信地方および東北地方に梅雨明けが宣言された。

           ※7/31突然我が家のフェンスにアブラゼミが止まった。今はニイニイゼミ、ミンミンゼミ、アブラゼミ、ヒグラシ、などが様々なところで鳴いている。
 
      ※8/10 我が家のミモザにとまったミンミンゼミ(上)とアブラゼミ(下)