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2023/09/22

片山杜秀の『蛙鳴梟聴』の記事  西村朗と坂本龍一 西洋に対抗 相反したアジアの音

片山杜秀の『蛙鳴梟聴』の記事は 朝日新聞2023.09.18(月祝)に載った。冒頭は、『西村朗が逝った。坂本龍一も春に亡くなった。中略、同時期に東京芸術大学音楽部部で学んだ。そして、2人ともアジアを背負った。』『西村の出世作はバリ島の伝統音楽に取材した「ケチャ」だろう。』『坂本が中略知られたのは大島渚監督の「戦場のメリークリスマス」。ジャワ島が舞台だ。曲もインドネシアの音楽を意識している。』『どうも2人は小泉流の世界観に育てられたきらいがある。』 

ケチャとは、チャチャチャチャと結構力強く歌うが、単なる繰り返しだけでなく、ところどころでさらに大きくなったりして、変化する。何か動的な感じがする。これを記事では多分「アジア的ヘテロフォニー」と呼ぶのかもしれない。

坂本龍一のMerry Christmas Mr. Laurenceを篠笛で、ほぼ毎日吹いている。非常に抑えたリズムであるが、わずかに少しずつ変化している。それがいつも新鮮に見える。これをアジア的ヘテロフォニーというものかどうかは分からないが、西洋のクラシック音楽とは違うものとは感じる。

片山杜秀の記事のタイトルは「蛙鳴梟聴」(アメイ キョウチョウ)で、一般的には「蛙鳴蝉噪」(アメイセンソウ)で、蛙が鳴き、蝉が騒がしいという真夏の一般的な騒がしい情景で、「くだらない議論」という意味で使われるようですが、片山杜秀の記事の場合は「蛙鳴梟聴」で、その意味はよくわかりませんが、直接は蛙が鳴き、フクロウがそれを聴く、という意味だと思います。普通考えると蛙が鳴いているのを聞いて、フクロウがそれを確認し、捕まえて食べることを言っているような気がする。ただし私には深山幽谷の状態、すなわちヨーロッパのクラシック音楽が漂っている中で、その他の音楽も漂っているような感じです。「Merry Christmas Mr. Laurence」を篠笛で吹いていると、これからの新しい音楽の世界が漂い始めたような気がします。

2023/09/15

うたごえ喫茶『ゴンドラの唄』のグループの九月例会に参加

 日程:912日(火) 14時から16

場所:久我山会館 2F12会議室(井の頭線の久我山駅から徒歩約1分)

参加者は15名ほど。年代は7080歳ぐらい。

本来の会のいつものやり方は、ビデオをつかって、画面の歌詞に合わせて歌うものであったが、一部をピアノの伴奏に合わせて、歌を歌うことにした。さらに篠笛を加えて、バックアップすることにしたようだ。私の参加するピアノと篠笛の伴奏の曲は、『里の秋』、『小さな秋見つけた』、『赤とんぼ』の三つの唱歌である。これらの唱歌はヨーロッパのクラシック音楽を基にしている曲であるが、私が用いている篠笛はお囃子用の篠笛で、音程がクラシック音楽のものとは、わずかながら異なっている。ただ演奏すると大きな違和感はなく、新しい曲として、つかんでいけるような気がする。特に篠笛は太鼓と合わせて、お囃子を行う場合には、日本の伝統的な側面があるが、ピアノと篠笛の合奏の場合には、単に音楽が好ましいかどうかで判断ができるような気がする。

2023/09/06

横浜混声合唱団コンサート2023

横浜混声合唱団のコンサートが92日(土)の午後130分から、紅葉が丘の神奈川県立音楽堂(木のホール)でありました。テーマは「中田喜直生誕100年を記念して 《今~また甦る》」と題して行われました。

プログラムを以下に示します。

『かざぐるま』から「ゆきのじゅうたん」、「もう春だ」、「おんぶとだっこ」、「山へ登ろうよ」

『おかあさん』から「あさ」、「しけん」、「すきやき」、「ねるとき」

『高田敏子の詩』による「三つの歌」より「八月のヒロシマ」、「水のこころ」、「合唱」

『歌う仲間たちとともに』から「ふるえながら」、「さよならは いわないで」、「ピアニシモの秋」、

「美しいい季節」、「アダムとイブ」、「おかあさんの歌声」

『ちいさい秋みつけた』から「ちいさな旅の思い出」、「バラ色の街で」、「博多人形に寄せて」、

「カーネーションに寄せて」、「ぎんなん」、「ああプランタン無理もない」

『みんなで一緒に歌いましょう』から「()めだかの学校」、「(夏) 夏の思い出」、

「(秋) 小さい秋見つけた」、「(冬)雪のふるまちを」

『おわりに』で、「別れの歌(さよなら)」

いずれもかわいらしい曲で、中田喜直の優しい気持ちが現れていた。自分も小さい頃によく聞いて育ったように思う。司会者が、中田喜直は手が小さいので、ピアニストは諦めたようだ。ヴァイオリンなどは子供の時には小さいタイプのものがあるが、ピアノは子供用がないので、ピアノが嫌いになってしまうと言っていた。

神奈川県立音楽堂のホールはほぼ満席でした。収容人員は、ほぼ1000名なので、随分人気のあるコンサートです。ただ合唱団の仲間や懐かしい曲ばかりのため、年配の人が多かったように思う。

建築設計は前川国男、音響設計は石井聖光で、昭和29年(19561031日に落成とあった。音響学会誌(1955)の「神奈川県立音楽堂の音響設計について」に音響設計の内容が残されている。それによれば1)余韻のある豊かな音にすること。2)音の分離性をよくすること。3)音楽堂内に一様に音が行き渉ること。4)反響がないこと。5)外部から騒音が侵入しないこと。があげられている。

 音律を含む音に関する歴史年表(2022.12.15)のYABブログでは、1954年神奈川県立音楽堂、1956年東京工業大学講堂、1957年杉並公会堂とある。とにかくホール用の音響設計としては、初めての試みである。

 内装は、音響学会の論文によれば、「舞台上の二葉の天井及びこれに続く二葉の天井を厚み13分の木製で作り、反射板の役目をさせ、天井の他の部分は波形し、音の拡散をはかっている。この波形部分は厚さ5分の木製、板振動による低音吸収が若干であるが、中高音域については吸音率10%以下にしてある。」

 

「二葉」の意味がよくわかりなせんが、舞台正面の天井および客席天井の反射板の役目を負っている反射板の部分は、厚み13分(3.94mm)の厚さの木製になっており、そのほかの波形の部分は厚み5分(15.15mm)となっているようだ。この波形のたちは、特徴のある武蔵野公会堂の天井にている。音の拡散性がよさそうである。

 また「側壁は2分および3分のベニア板で」つくられているようだ。2分は6.06mm、3分は9.09mmとなる。したがってサントリーホールように表面は木のように見えるけれど、内部は不燃材で補強している状態とは違って、チラシに書いてあるように、(木のホール)そのものと言えます。多分現在の建築基準法では、不燃材でつくる必要があるが、それより以前の建物であるから成立しているものとおもわれます。

残響時間の測定結果は、論文によれば、空席で1.5/500Hz、満席で約1.2/500Hzです。したがって容積6550㎥にたいし、オペラにたいして、Beranekは最適残響時間を約1.3秒としているので、合唱に対しては声の明瞭性もあり、好ましい音響特性といえます。私の座った席も中通路より少し後ろで、明瞭できれいな響きを感じました。

 このコンサートのポスターで、横浜市歴史博物館で、中田喜直展をやっていることがわかり、先日(9/5)に行ってきました。展覧会の入り口には、中田喜直が開発した幅の狭いピアノがおかれていました。1オクターブで1cm狭いもののようです。また第二次世界大戦の終戦の815日の翌日、中田喜直は4通の遺書書いていました。それが残っていました。戦争とはむごいものです。しかし死なないでよかった。その時に死んでいたら、中田喜直の歌が今のように残っていません。小さい秋みつけたの楽譜を買ってきました。





2023.10.15 朝日新聞朝刊に吉田純子氏の「日曜に想う」「少数派の痛み 見ぬ振りしない」という記事が載った。読んでみると中田喜直についてだった。後半にピアノのサイズを小さくしたことを現実には難しいのではと話をしたら、中田喜直は「難しいとしか言わない人は、大体において現実を変えたくない人なんですよ。中略、そういわせる人々への怒りが強い語調ににじんだ。中略、そんな風にこの意志を冷笑する人たちが、やがて多数派となって『権力』になっていくのだと。」記事の最後には「鍵盤幅の狭いピアノの開発は今も、ピアニストのダニエル・バレンボイムが独自に取り組んでいる。」

この話が実現するといいと思っている。

2023/08/26

楽器の練習

 朝日新聞の824日の朝刊の折々の言葉に、チェリストの堤剛と河村尚子との対談をテーマにしていた。チェリストやピアニストは毎日練習しているようだ。堤さんは「楽器自体が持つ振動や音響が私の一部になっている」と書いてある。さらに職人の手仕事の技術も書かれている。ただ私の気持ちからは、チェリストとピアニストは少し違うかもしれないと感じている。チェロはフラットがないため、多分まさぐりながら音を出しているように思うが、ピアノは調律されたものを弾くので、音の要素が少し少なくなっているような気がする。堤さんが「毎日、こういう音を出してみない?と語りかけて、それに返してくれるのはとても嬉しいです。」という感覚は、高度で理解が難しいが、この調律のことを含んでいると思われる。

話は少し違うが、私も毎日篠笛の練習をしている。私の篠笛はお囃子用に穴が開いているもので、したがって既に調律は済んでいる。したがって堤さんのように音に対して語り掛けることはしていないが、期待できる音になっているか気にしながら練習をしている。今の練習は、「小さい秋みつけた」「里の秋」など涼しげな秋を期待しながらの練習、さらにお囃子や、いんば(印旛)などを練習している。



2023/08/18

キンボー・イシイ指揮、ジュニア・フィルハーモニック・オーケストラ サマーコンサート2023

 キンボー・イシイ指揮、ジュニア・フィルハーモニック・オーケストラ    サマーコンサート2023

日時:2023811日(金祝)1400開演

場所:東京芸術劇場コンサートホール

曲目:ブラームス:ヴァイオリン協奏曲ニ長調作品77 ヴァイオリン 戸澤采紀

   メンデルスゾーン:交響曲第5番ニ長調「宗教改革」作品107

コンサートのパンフレットには、キンボー・イシイの紹介の文章の中に、「2010年、「第9回斎藤秀雄メモリアル基金賞」指揮者部門受賞。賞金は、次世代の音楽家育成に貢献したいという当人の意向により、ジュニア・フィルハーモニック・オーケストラに全額寄付された。」と書いてあった。この文のジュニア・フィルハーモニック・オーケストラとは、本公演のオーケストラのことである。したがってキンボーさんの熱意も大変なものだと想像する。

またブラームスのヴァイオリン協奏曲のソロの演奏者の戸澤采紀もこのジュニア・フィルハーモニック・オーケストラの卒団生と書いてある。したがってキンボーさんも知らない関係ではないように思う。

私は大学の建築学科の同級生だった人と一緒に行き、帰りは東京芸術劇場の1階の喫茶で、1時間ほど今のコンサートや劇場のことなどを振り返って話をした。またキンボーさんのお母さんの同級生だった人ともお会いして、話ができた。コンサートにはこのようなつながりも楽しみの一つと感じるようになった。





2023/08/13

荏田の田園ばやし(仮)

 私が参加しているわが町のお囃子は、隣町のたまプラーザ(新石川)にある驚神社の宮元のお囃子の会から教わったものです。そのお囃子は結構むつかしく高度のもので、単に太鼓のリズムが主導するのではなく、笛と太鼓がそれぞれ交代で主導していくところがみられます。馬鹿にされるかもしれもしれませんが、青森ねぶた囃子や阿波踊りのような単純な太鼓のリズムではありません。

荏田のお囃子の曲の流れは、序章、第一楽章破矢(しずみ、乱拍子ふくむ)、第二楽章鎌倉、第三楽章国固め、第四楽章師調目、第五楽章さいど破矢(しずみ、乱拍子をいれる場合もある)となっています。曲名は鎌倉時代ないし戦国時代の戦いのような勇ましい名前です。

しかし今の時代なのだから、特に今の時代だからこそ、もうすこし平和な曲の名前の方がよいように思います。例えばベートベンの「田園」をまねして、「荏田の田園ばやし」としたらどうでしょうか。序章、第一楽章田植え、蝉の声(しずみ)、稲刈り(乱拍子)、脱穀(以上破矢)、第二楽章そよ風(鎌倉)、第三楽章小川(国固め)、第四楽章縄跳び(師調目)、第五楽章田植え、イナゴ(しずみ)、カエル(乱拍子)、赤とんぼ(以上破矢)

勝手に思いつくままにお囃子の題名を考えてみたため、もう少しお囃子を練習してみたあとで、修正が必要になるとおもいます。とにかく、なかなか荏田のお囃子は高度です。

2023/08/05

ホラインとの議論

  このスケッチが書かれたのは日付けが書かれている1992331日で、ホライン事務所で、奈良市民会館コンペ設計作業のお手伝いをした時、働きに来ていた学生の一人がいつの間にかスケッチをしていて、渡された。多分楽屋から舞台へはどちら側から入退場するかというものだったような気がする。私は日本では基本的には下手側で行うと言ったので、ホラインはウイーンのオペラハウスやワーグナーのバイロイト祝祭劇場などに電話をして、そうだと言っていた。ただその後世界では、入退場は上手側もあるようだし、様々なことが分かった。その時初めてホラインと議論をしたような気がする。学生も興味深かったのだと思う。記念的な意味で、アルミの額に入れて書斎に飾っている。