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2022/11/10

横浜ボートシアター公演 語りと人形の劇 犬

2022116()に 新横浜のスペース・オルタで、横浜ボートシアターの公演があった。団長の遠藤さんが亡くなってから2作目の新作公演。1作目は石原吉郎のシベリア抑留生活を描いた「望郷と海」から作品にしたもので「白い影絵」、今回は中勘助の大正11年作品の「犬」より。物語は11世紀のインドでの話。隣国から攻めてきた若者の兵隊にレイプされた町の若き女性が、その男に興味を持ち、さらに森の中の庵に住んでいる宗教上の年老いた僧侶がその娘をさらに恋して、話がきわどく、また難しくなる話。脚本、演出および人形製作の吉岡紗矢がまえがきで「原作の「犬」を読んでいやな気持がした人にも是非この劇を観ててほしい。」とある。

 この劇は人形の仮面をつけて演じている。これが生々しく生き生きしている。仮面の一つは若き美しい女性のもの、もう一つは恐ろしい醜悪な年老いた僧侶の面。この二人が主の登場人物である。この仮面は多分人間が演じるより、表情が豊かになっていて、人間の感情がより強くつたわると思う。最後は女性が地面の割れ目に落ちて行ってしまう。女性の恋が背徳的にとらえているようにも思うが、人間の生き方をもう少し肯定的にとらえられる場合もあるような気がする。とにかく小栗判官や極楽金魚のようにどこかで救いが欲しい。

 スペース・オルタは地下1階にあり、120名ほどが入れる。ただし入場はコロナ感染防止のため1席飛ばしでいれていた。この程度のライブハウスのような劇場は臨場感があって今後増える可能性がある。横浜ボートシアターとしては、この公演をふね劇場で公演したかったが、艀が多少水漏れしているようで、現在は修理点検中になってしまった。はやくふね劇場で見たいものだ。 



2022/11/05

音楽・演劇は不要不急か?新型コロナに対して。

 20201月からはじまった新型コロナの流行はもう三年も終わろうととしています。とくに最初の2年間は演劇や音楽の公演は不要不急と言われ、開催することが困難になっていました。やはり人が集まると新型コロナも感染しやすくなります。そこで松本幸四郎(旧市川染五郎)のように観客を集めないでもいいように公演をZoomで開いたりしている場合もありました。観客側はいいとしても俳優側は公演をしないと収入が無くなってしまいます。また舞台技術者、例えば照明や電気音響の人たちも舞台がないと動きが取れなくなってしまいます。劇場管理者や劇場の設計者も同じような状況が生まれてきそうです。

この半年は開いても客席は半分の量で、かなり客数が少なくなってしまったが劇場が身近になってきました。また現在(多分六月以降)はほぼ満席の状態で公演しています。またお祭りもかなり正常な状態で開催することができてきているようです。荏田のお祭りもお神輿はやめて、お囃子だけ外部で行っています。ただ阿波踊りでは、「今年3年ぶりに本格開催された阿波踊りでの新型コロナ感染者をアンケートしたら800名余が感染したとのこと。」ということがテレビでニュースになっていました。  

新型コロナは手ごわい相手です。コンサートや演劇をもって、精神的な集中を図るとか、作曲者の気持ちになって立場を変えるとか、観客と一体化するとか、地域のまとまりを得ようとか、人が時の権力と戦う場合とか、権力が人をまとめて戦争するとかは「音楽・演劇は不要不急か?」というテーマも成立しそうですが、感染症と戦う場合には、人類にとってなかなか手ごわい相手になります。感染症に対して原因がわからず、ワクチンがない時には感染するかは行き当たりばったりだったと思います。 

岡本隆司著 「明代とは何か」の中の「14世紀の危機」の章で「このペストは実に、中央アジアからモンゴル帝国の商業ルートをたどって、地中海に波及した。もとより疫病は、到達点の地中海・ヨーロッパのみならず、シルクロードとその周辺にも被害を及ぼさなかったはずはない。ユーラシアの東西を貫通していた交通幹線・商業ルートは、これでズタズタに分断されてしまった。」「モンゴル帝国自体も、バラバラになり内部崩壊していく。」とありました。

新型コロナに対してはマスクや手洗い、3密の回避などがまずあげられますが、さらにワクチンが積極的な対応策になっています。今後感染症の治療薬も開発されてくるといいと思っています。建築の立場からは、インドネシアのプンドポのような屋根だけで壁のない開放的な劇場で新鮮な外気を取り込むことができる劇場ができるといいと思っています。さらに紫外線を用いた室内の換気や空調設備や、さらにフィルターなどの方法によってウイルスを殺菌する方法も考える必要があります。また人の集まる競技場や飛行機や電車やバスもその対象になるような気がします。感染症に対しては、まだまだやることがあります。

2022/10/27

Chirgilchinによる「トゥバのホーメイ~歌声の蜃気楼」のコンサート

1011日(火)1930 代官山「晴れたら空に豆まいて」というライブハウスでコンサートが行われた。Chirgilchinは女性1名、男性3名からなる4名のアンサンブルで、ソプラノからテノール、バスの声高を、バランスを取って歌うことができていて、ハーモニーがとてもきれいだった。また各自が2重に声を出すホーメイができて、それもよく聞き取ることができた。さらに各自が楽器を、とくに弦楽器を持ち替えながら演奏していた。これも珍しいことのように思う。またChirgilchinの出身はトゥバ共和国で顔の雰囲気は日本人とほぼ変わらないけれど、国籍はロシアで、現在戦争のために直接日本にくることができずなかなか苦労したようだ。またトゥバ共和国は、かつて遊牧民で、屋外で演奏するときはもちろん、建物はパオ(羊の毛でできたテント)のために、いずれも演奏空間は吸音性が高いもののため、あまり響きを必要とする音楽は好ましくないと思われる。「晴れたら空に豆まいて」というライブハウスは、ところどころグラスウール吸音材が貼られている。また満席のために、それも吸音性が増して、ちょうどトゥバの音楽にとっては好ましい空間のような気がした。

以下は入り口で頂いた説明用のパンフレットの写真。次の写真は公演の最後に撮影が許可されて撮ったものだ。舞台周辺の植物は今回の大道具として飾られたものか。ちょっとジャングルに見えてこの舞台には少し合わないように思った。またトゥバのホーメイは、モンゴルではホーミーと呼ばれているが、この声の出し方は地域によってそれぞれ少しずつ違いがあるようだ。

               写真:Chirgilchinのチラシの中の写真


               写真:コンサート最後の曲で許可を得て撮った写真

2022/10/26

日中友好50周年記念コンサート「融合の音」

 2022103日(月) 1900より日中友好50周年記念コンサート「融合の音」が豊洲シビックホールであった。50年前ということは1972年(昭和47年)で、ちょうど私が大学を卒業したころのことで、田中角栄と周恩来が握手したことを覚えている。あれから50年、日本と中国との関係は経済面ではスムーズだが、政治的には何かとぎすぎすした状態となっている。このような中で迎えた日中友好50周年記念コンサートである。

曲目は知っている曲もあるし、中国の古い曲もある。楽器は日本では三味線や尺八、中国では箏や二胡や馬頭琴で、ピアノもある。コンサートのメインテーマの「融合の音」は中国や日本やヨーロッパの楽器を同時に奏でて新しいアンサンブルを構成することを目指しているようだ。最近はバッハのヨハネ受難曲、ヴェルディのレクイエム、べートーンの交響曲9番、さらにショスタコ―ビッチの交響曲8番などどちらかというと対立または葛藤をテーマにした曲を聴くこと多く、現代の流れかもしれないとなんとなく思っていた。しかし今回のテーマ「融合の音」の方が今は大事と考えた方が、気持ちがいいし、そうあるべきだと思う。

豊洲シビックホールは、コンサートホールとしては珍しく、最初から壁の扉を開いて、外部が見えるようにしていた。このホールは超高層ビルの5階にあり、目の前は東京湾が見え、その中心にレインボーブリッジが点灯されて存在していた。たしか数か月前までは夜8時になると消灯していたような気がしていたが、今回は8時を過ぎても点灯していてよくみえた。

                             コンサート チラシ

                 コンサート目次

写真 幕間の風景 ホールからレインボーブリッジがよく見える。

2022/09/25

アルハンブラ物語

  元弊社に在籍していたアントニオ・サンチェス・パレホさんの、スペイン、アンテケラにいるお父さんから日本語に翻訳された「アルハンブラ物語」が昨年送られてきた。著者はワシントン・アービングで、1832年の出版である。アービングはアメリカ人で、人気作家のひとりだったようで、1829年にここグラナダに旅をして、一時期グラナダのアルハンブラ宮殿に住んでいたようだ。当時アルハンブラ宮殿は城壁としての役割は残していたが、中流の、質素で色調様々な人が住んでいたようだ。

話は草木も生えないような荒れた山賊が出てくるような土地から始まる。セビリアからロシアの友人とウマにのって、用心棒を雇ってグラナダまで出発。アルハンブラに住むことになり、ここに住むマティオがアルハンブラに隠されている物語を話してくれることになった。ただ歴史が滅亡するときには、色々偏ってしまうことがあるため調べないダメだと書かれている。この本に出てくるいくつかの物語を紹介する。

 .134最初の話:アラビア人占星術師のはなし:むかしむかしグラナダ王国に君臨したアベン・ハブジという王様が年老いた後、アブラハム・アベン・アブ・アジュブという老人の占星術師がエジプトから徒歩で、城に来て、占いをした。ある時グアディックスの山で、キリスト教徒の美しい娘を捕虜にした。この娘はゴート族の王女であったが、この娘に恋をしてしまった。王は占星術師に隠れ家を作ってほしいと頼んだ。そこで占星術師はその建物ができた折に最初にその城門を通り抜ける生き物を私に下さいという約束をしたうえで完成した。最初に城門を通り抜けたのは白馬にのって通り抜けたのは王女だった。『すると、あたりに凄まじい轟音がひびき渡り、足許の大地がまっぷたつに割れたと思うと、老人はゴート族の王女とともに正門をくぐって姿を消してしまった。』

 .192老伯爵の宴:伯爵である老将軍が、ある時大家族を連れてアルハンブラに住むようになり、時々中庭で一緒に食事をするようになった。大家族の一員は音楽や踊りで伯爵を喜ばす方法を知っていたが、スペイン栄華の時代の貴族たちの威力もスペインの栄華とともに衰えた。

.199愛の巡礼アハマド王子のはなし:グラナダ王国ムーアの国に、アハマドという王子がいた。愛の誘惑から避けるために王は王子を幽閉してしまった。王子は鳥と友達になって鳩から肖像を入れたペンダントをもらったが、どこの誰だかはわからないまま、そこにむかって脱出した。そしてオウムからこの肖像はトレドに住むアルデコンダ王女で、キリスト教徒でやはり愛の誘惑から避けるために幽閉されていることが分かった。着いた翌日アルコンダ王女は結婚相手を試合で勝った人を選ぶことになり、アハマド王子は梟の先導で近くの洞窟で馬と鎧を魔法で手に入れて、試合相手を吹き飛ばし、止めようとした王も吹き飛ばして洞窟に戻った。梟は王女が嘆いていることを伝え、アラブの旅人に変装して、王女を魔法の絨毯にのせて、飛んで城に戻ってしまう。

 魅力的な幻想的な話がいくつかあって、話を終えるに当たり、彼はマティオとともにグラナダの図書館で、羊皮綴じの書類などを調べた。また最終的にはマティオは正式にアルハンブラの高給取りのガイドとなった。

この「アルハンブラ物語」を思い出したのは、NHKES6月に放送されたラヴェルの管弦楽伴奏歌曲集「シェエラザード」を聞いた時で、アラビアンナイトの話のように異文化に接する感じで描かれており、突然思い出しました。歌はステファニー・ドゥストラックで、素晴らしい歌声でした。

 

2022/09/12

フェルメール 光の王国の光と音

 フェルメールは1632年にオランダで生まれた。そして同時にレーウェンフック、スピノザも同じ年に、同じ国に生まれた。彼らに共通なテーマは、フェルメールの作品の中の「光のつぶだち」であった。「フェルメール 光の王国」の著者は福岡伸一で、専門は生物学者である。

.11にはアインシュタインも出てくる。「光が、音や電波のような振動、というよりはむしろ粒子であることを理論的に予言したのはアインシュタインである。」

.74の「窓辺で水差しを持つ女」(メトロポリタン美術館収蔵)では「窓から入る光が金属の水差しを光らせる。その一瞬を“微分”することに成功した。」

.90 「ガロアは1811年、パリ郊外の町ブール・ラ・レーヌで生まれた。」「歴史の劇薬のようなフランス革命が勃発して20年。フランスは激変していた。」「1823年、12歳になったエヴァリスト・ガロアは中略 当時の旧学制では、LLGは中学校であった」「フランスの偉大な数学者アドリアン⁼マリ・ルジャンドルの「幾何学原論」が教科書に指定された。」最初は「幾何学の目的は空間の測定にある。」「幾何学の目的は空間の測定にあることに、ずっと意識的だったのは、ガロアひとりだけではない。“神々がめでた人”はここにもいる。」

.209 「ガリレオは土星の発見者としても知られてる。望遠鏡で不思議な形をした星を見つけた。しかし、彼の望遠鏡はまだ十分な解像力を持っていなかった。」

このように著者は科学者であり、本の随所に物理的な言葉が出てくる。この本のテーマは“光のつぶだち”が対象となっていて、音のことは検討の対象ではない。しかしひょっとしてフェルメールは、音も対象としているかもしれないと思って、以下を書いてみた。

実はフェルメールは音楽に関係している絵もたくさんある。気になるのは絨毯がテーブルの上にかけてあることだ。普通考えると絨毯は床の上に敷くものだと思ってしう。ただこの絨毯は手織りで、高価だと思われるので、床ではなく装飾としてテーブルの上に敷いていたのかもしれない。しかしさらに絨毯が残響調整のためにあったとも考えることもできる。

 .128 「音楽の稽古」(1662-65年ころの作 英国王室コレクション所蔵) 少女がヴァージナルを演奏している。テーブルには絨毯が置かれている。「ヴァージナルとは小型のチェンバロのことで、鍵盤を叩くと弦が弾かれる仕組みの楽器。ガラスのビーズをふりまくような細やかで華やかな音を奏でる。」もので、ハープシコードのように弦をひっかくようだ。したがって楽器の自己残響があるはずで、テーブルの上に絨毯が置かれていることで、部屋の残響は長すぎず、適度が好ましいと思われる。

 .129 「合奏」かつてボストンのイザベラ・スチュアート・ガードナー美術館にあったが、現在盗難にあったまま行方不明。ヴァージナルを演奏している女性と多分歌っている女性と多分男性の指導者。ここにもテーブルに絨毯がかかっている。

.139には「ヴァージナルの前に立つ女」(ロンドン・ナショナル・ギャラリー所蔵)がある。この絵には残念ながら絨毯が絵の中に存在していない。床・壁と額に入った絵が見える。しかしこの絵にはないがどこかの場所に置いてあるのではないか?

 .142には「ヴァージナルの前に座る女」(ロンドン・ナショナル・ギャラリー所蔵)には楽器のコントラバスも壁に立てかけられていて、さらに壁には絨毯と思われる布がかかっている。これは吸音材としては十分だ。コントラバスの響きも適度となると思われる。

この時代はガリレオや、ニュートンなども科学の分野で活躍していたし、シェークスピア、ドン・キホーテのセルバンテス、さらにオペラ、歌舞伎など、新たな動きが演劇にもあった。

2022/09/03

蝉の鳴き声

 8月半ば、アブラゼミやミンミンゼミやヒグラシやひょっとしてクマゼミなどの声がやかましくなって、今が夏だと感じるころ、地面の上に蝉のなきがらが落ちていることが多くなった。蝉のなきがらをみているとその他にもクワガタのハサミだけ残って、あとは食べられてしまった跡とか、シマヘビが道の端でなくなっていたり、ムクドリがはらわたを出して死んでいたり、コガネムシやスズメバチがときおり死んでいたり、また朝顔に、数匹の蛾または蝶の5㎝位の芋虫がいて、何日か後に、太ったところで多分鳥に食べられて無くなっていた。昆虫など生き物が生きることに懸命なときに、虫たちの死も身近にあることがわかる。シマヘビやムクドリは別として、虫たちの一生のサイクルが短すぎる。一生を楽しむには時間が足りなすぎる。

なんとか九月になって、秋の虫も鳴き始めた。秋の涼しげな鳴き声だけだといいと思う。ただ残念ながら台風11号が沖縄付近を通過している。