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2010/12/01

神奈川芸術劇場の見学

日本建築学会文化施設小委員会の主催で、オープン間際の11月28日午後に神奈川芸術劇場の見学会が行われた。この建物はNHK横浜と神奈川芸術劇場の複合施設で、1~3階部分がNHK、5~8階が劇場および小ホールや練習スタジオとなっている。5階に劇場があるために、吹き抜け空間にらせん状にエスカレーターを配置して、登っていく雰囲気をドラマティックに演出されている。

外観

エスカレーター



ホールと名付けられているこの劇場は1300席であるが、できる限り舞台に近いところに席を設けようと考えられて設計され、オペラ劇場のように3層に客席を配置している。またプロセニアム劇場でもあるが、そこからいかに可変できるかも主要なテーマとなっている。客席は、勾配をほぼ平らの状態から、後方を2階席の先端につなげられるように可変できるようになっている。この勾配は、かつてピーターブルックのセゾン劇場での公演のときにつくられた仮設の観客席の勾配に近いもののようだ。ギリシャの野外劇場エピダブロスの勾配はさらに急勾配との説明が、設計者である香山設計の長谷川さんからあった。華やかなすばらしい劇場空間と感じた。



1階席後方が持ち上がり2階席に続く


見学会の後、設計者の長谷川さん、アプルの大野秀敏先生、館長の眞野純さん、舞台技術の草加さん、舞台美術の堀尾さん、横浜を代表してBankArtの池田さん、司会の東北大学の坂口先生によるパネルディスカッションがあり、それぞれの方の設計意図や意見や抱負が語られた。最後に池田さんより、この劇場に関して少し否定的な意見が述べられた。1階は町に開かれていなく閉鎖的であること、また横浜の一等地といえる場所に、このような重構造の箱モノを作ったことなどであった。パネリストの他の皆さんも、このことに関しては前向きな見解を述べられず、館長からも公共劇場についてあまり自信のない発言が出た。演劇の観客人口は低減しており、演劇が何を目指しているのかは本当に難しいという。しかし、私の見解では、おそらく池田さんのご意見は劇場の表面的な内容を仰っており、これに対して、この劇場は都市に開かれているし、NHKとの複合によって、多彩な人間がこの吹き抜け空間に賑やかにおとずれ、また人々を感動させる公演が計画されていったことを仰ればよかったと思うが、館長はおそらく劇場の本質論を述べる必要があると思われて、口が重くなったのではないだろうか。最後に観客席から名古屋大学の清水先生がご意見を述べられた。この劇場は非常によくできており、このような単なるべニア板でできた舞台床ができたのは、館長がプロだからと述べていた。ベニアであれば、大道具をくぎで固定したり、床に穴を開けることもできる。傷んだら容易に取り替えられる。それは演出表現が自由になることを意味し、確かにプロが使う劇場であり、高い理想を実現するためのものという感じを受けた。「演劇とは何か」を追求して、それが表現できるように設計されているように思う。この劇場に期待したい。

2010/11/30

渋谷区文化総合センター大和田 伝承ホールの杮落し公演

2010年11月27日(土)10時半より、伝承ホールの杮落し公演があり行ってきました。伝承ホールの目的は、区民文化の伝承のためのホールであり、また優れた伝統文化のためのホールのようです。
プロデューサーの鈴木英一さんが御挨拶をされ、このホールは芝居小屋の雰囲気をイメージして作ったと仰っていました。舞台近くの両側客席には横に向いた桟敷席があり、花道もあり、それが客席中央手前で直角に曲がり壁の方に折れて鳥屋口があります。客席と舞台の一体感があり、芝居小屋の雰囲気が出ていました。

杮落し公演は、渋谷区の伝説的ヒーローである渋谷金王丸(こんのうまる)にちなんだ内容で、渋谷金王丸伝説と出して、祝言「寿金王桜三番叟」、新作カブキ踊り「KONNOMARU伝説」、「渋谷カブキ音頭」、最後に「かぶき体操」でした。出演は、渋谷金王丸に市川染五郎、渋谷川の川神に尾上青楓、桜の精に尾上京、常磐津は和英太夫(鈴木英一)、三味線は菊与志郎。カブキ音頭以降は、公募で選ばれたワークショップの皆さんでした。御隣に座っていた方が、染五郎は金王丸に似ていると仰っていました。どこのどなたにですかと聞きなおすと、金王八幡にある像だか絵にある金王丸だそうで、金王丸が身近になりました。今回の出し物で圧巻だったのは新作カブキ踊りです。ラップのケーダブシャインや菊与志郎のエレキ三味線やドラムなどのロック系の音楽で、新しいリズムで踊りまくるものです。カブキ踊りとは染五郎が歌舞伎の原点を見つめ直すために始めた究極の娯楽スタイルとのこと。非常に面白かったです。劇場も芝居小屋をイメージして、ある意味演劇空間の原点を見つめ直したものであり、公演の内容も原点に戻ってのものでした。



最近読んだ本の「シェイクスピアとエリザベス朝演劇」に、1596年ロンドンにある劇場スワン座に訪れたオランダ人がその雰囲気を表現した文章がありました。少々長くなりますが引用いたします。
「中に入ると、木造三階建ての桟敷にとりかこまれた平らながらんとした露天のたたきに出る。これが平土間であった。人間の高さの舞台には、超自然的人物たちを地中から登場させる上げ蓋が仕切ってあった。囲いを背にして、舞台は平土間の中央に四角に突き出ており、その両側にはまだ空間が残っていて、他の平土間席と同じく、立見客を入れることができた。舞台奥の貴賓席と呼ばれる一種の桟敷は、俳優の共同部屋(楽屋)の階上にしつらえていて、そこに陣取った観客は、役者を背後から眺めることになった。それでもここは名誉ある席であった。というのは椅子席でもあったし、またここにいればまわりの不愉快な連中から隔離されていたからである。こうしたわけで、俳優たちは周りじゅう、観客にとりかこまれていたのであった。」(引用)
これは、ほとんど江戸時代の芝居小屋と同じ風景であり、舞台と観客の一体感のある空間が演劇空間の原点といえるものだと思います。

2010/11/29

平河町ミュージックスのコンサートを聴きに行きました

平河町ミュージックスは、安井平河町ビルの1階のロゴバという家具屋さんのショールームで行われているコンサートです。2010年11月26日は「漆原啓子 瀬木理央のヴァイオリンひとつとふたつ~点と線」でした。
このショールームは2層吹き抜けの空間で、一部2階がその空間の中に宙に浮いた半島のように張りだしており、客席空間がその2階のために分断されています。舞台空間は設定されているのですが、お客さんが、どちらが正面ですかと聞いている場面もありました。
最初の曲はバッハの「パルティータ第3番」で、その半島の様な2F部分から突然演奏が始まりました。演奏者は見えない状態で上から音が聞こえてくるという演出です。
最初の曲の演奏が終わると1Fに降りてこられ、バッハの曲が天国から聞こえるようにと考えてそうしたとのこと。なるほど面白い空間だと思いました。
次はイザイの「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第2番」、バッハの先のパルティータの引用から始まる音がちりばめられたような曲です。つぎの2曲はプロコフィエフの「二つのヴァイオリンのためのソナタ」と武満徹の「揺れる鏡の夜明け」で、珍しいヴァイオリンデュオの作品でした。こちらがコンサートのタイトルである点と線の線にあたるもので、急に音楽空間をイメージできるようになります。最後の曲は高橋悠治の「七つのばらがやぶにさく」でした。
この空間はショールームですから2面は大きなガラス張りで外からよく見えます。周辺の人には大変便利で、音楽を身近に感じられるコンサートです。曲目も刺激的な選択で、演奏者も演奏も素晴らしかったです。その場で販売されていた小沼純一著「無伴奏」を購入して帰りましたが、そのほぼ真ん中のページにイザイの写真が載っています。なんだか町の大工職人のような風貌で、繊細な曲を作曲した人のようでなく、親近感を覚えました。

コンサート会場の様子

話は変わりますが、わが事務所の近くにトヨタカローラ神奈川荏田店のショールームがあります。車のことでよく伺うのですが、そのショールームもコンサートには大変良い空間といつも勝手に思っており、今回のコンサートでそれをさらにイメージすることができました。このあたりを活性化させるために何かできないかといつも考えています。トヨタ荏田店の場所は、かつての大山街道の荏田宿の起点の様な所で、荏田商店街の端にあたり、道路の向かいにはデイケアセンターもあり、人が集まる理由もありそうです。

球形ピアノ室-音響技術の挑戦

現在、浜松市にて「○と□計画」として、ピアノ室付きの専用住宅の建設が進行しています。○は球形のピアノ室を象徴し、□は住戸部分を表しています。球形のピアノ室とのことで、音響設計のご相談をいただきました。
今年7月から着工し、ようやく○の部分の型枠が外れ、内外とも球形の空間が現れ、11/25に音響測定を行いました。外部は、建築家大野さんのブログにあるように球形のピアノ室と長方形の住宅がバランスよく、かわいらしく、すでに町に溶け込んでいる感じです。横を通った高校生たちが、ガヤガヤと浜松にフジテレビが出現したと騒いでいました。

内部空間は、自分の話声が耳の周りで拡大して聞こえるブーミングや、壁の端で話した声が反対側の壁のところで鮮明に聞こえる「ささやきの回廊」現象などがはっきりと見られました。このままで音の博物館にしたいという声が出たくらいです。

この空間を、どうピアノ室にするかは音響技術の挑戦といってもよいくらいです。しかし試しに吹いてみたサックスの音は、豊かな残響のために気持ちよく感じます。音響設計のポイントは、この残響感を残して音響障害を取り除くことにあります。しかも大野さんのデザインを生かしながらの音響設計です。12月末には竣工予定です。

◯と□外観

音響測定の様子


2010/11/05

つくば古民家でのコンサートに行ってきました

2010年10月31日(日)17時半、第7回つくばフクロウの森コンサートがありました。
タイトルは「西村佳子 メゾソプラノリサイタル」、ピアノ伴奏は江澤隆行さんです。昨年の今ごろにも同じメンバーでコンサートがあり、ブログで紹介させていただきました。
江澤さんが、最初はスカルラッティの「すみれ」という曲で、300年前の古い曲ですと説明され、この家はそれより30年も古い時代にできたのです、とおっしゃいました。なるほどこの古民家は古いと感心したものです。
前日(10/30)は、台風14号のために大雨、当日は小雨交じりの良くない天気でしたが、ほぼ満席となっていました。
前半はオペラのアリアを、後半はポピュラーソング中心の内容でしたが、とくに前半のカントルーブ作曲の「かっこう」がカッコウの鳴き声をまねたとてもかわいらしいものでした。
会場は、床は畳、主な壁は襖と障子なので、ホールの様な響きはありません。ですが、土壁やガラス障子や天井からは反射音が来ているはずです。歌手は目の前3~4mのところで歌っていますが、歌は明瞭で、細かなニュアンスも伝わってきます。私は、歌手にとっては響きや返りの点が気になっていましたので、このような場所でも大丈夫かと講演後に江澤さんに聞いたところ、歌いやすいとのことでした。観客と一体感があって、このような場所は素晴らしいとおっしゃっていました。江澤さんの話や西村さんの歌を聞きながら観客が盛り上がっているのを見て、観客も舞台と一体化していると感じていました。とても満足して帰りました。

このコンサートは、つくばの地域計画の一環として行われているようで、もう7回にもなります。また次回は、11月20日、21日と「つくば田園都市居住シンポジウム」が開かれる予定で、そのあとにピアノ三重奏のコンサートも計画されているようです。



私も関係している「横浜ふね劇場をつくる会」では、鉄の艀による「ふねの劇場」ができてはいるのですが、市民活動の力及ばず、公共の海に常時浮かばせることができず、年に1回、1か月の限定で海上での公演の許可を受けられることにはなっています。しかし、ふね劇場を艀だまりの山下埠頭から公演できる場所に移動したり、公演のための発電機などの道具を借りたり、舞台設備の操作のための人件費などの公演の費用が捻出できず、これまで1度しか公演が実現できていません。やはり常時決まった場所に置けて、絶えず練習や公演ができるような状態でないと使いこなせないような気がします。

1981年に中村川に木造船を浮かべ、横浜ボートシアターが旗揚げしました。おはこの「小栗判官照手姫」が評判で賞(1984)をいただいたり、横浜水辺賞(1984)1や横浜文化賞(2001)などをいただいているのですから、横浜には貢献をしているはずです。しかし、実績が継続され積み上がっていません。つくばフクロウの森コンサートのように、町おこしの手段となるよう実績を積み上げるしかないのだと想います。ふね劇場も、同じように観客と舞台が一体化できる空間で、音響的には音楽も演劇も可能な空間です。しかも港横浜の象徴ともなれる存在です。来年2011年には公演を計画しています。再出発です。

2010/09/14

日本建築学会2010年北陸大会にて発表しました

日本建築学会北陸大会は、9月9日(木)から11日(土)まで、
富山市の富山大学で開かれ、私の発表は11日の午後4時半から5時までの
最終日の最後のセッションでした。

一昨年、昨年にひきつづき、
「木造芝居小屋の音響特性 その3-
康楽館、ながめ余興場、相生座、村国座、 呉服座、旧広瀬座の例」
として発表いたしました。

調査の目的は、以下。
・邦楽にとって、好ましい音響空間を、伝統芸能を育んだ木造の芝居小屋を通して検討すること。
・現在では数少なくなった芝居小屋の音響特性をインパルス応答の形で保存すること。

残響時間、音圧分布、RASTI、音響インパルス応答を測定し、音響シミュレーションを行ない、音楽・劇場関係者に聴感アンケートを行ないました。
その結果、朗読および三味線と篠笛などの邦楽器による音楽は、芝居小屋や歌舞伎座のような、残響の少ない劇場が好ましいと評価されました。

発表パワーポイント資料はこちらからダウンロードできます(約5.8MB)。


建築学会の参加者が非常に多いため、富山ではホテルが見つからず、隣町の高岡で11日に泊まり、翌日は、高岡見物をしました。
ホテルの前には青銅の大仏があるので、見に行きましたら、その前の商店街で5時半から7時半まで朝市が開かれていて、その中の酒屋さんの配送用の屋根のある場所で、テーブルや椅子が用意され、コーヒーやスープが飲めるようになっていて、たくさんの人が座っていました。

あいにく大雨で、いつもより朝市のお客さんが少ないと話をされていました。
大仏のあるお寺では、ご婦人たちが10名ほどで謡曲の練習をしていました。
高岡は古い町で、奈良時代は、歌人大伴家持が、越中の国府を治めていた(天平18(746年)から5年)ようで、その時に読んだ和歌がたくさんあるとのこと。
江戸時代は前田家の城であった高岡古城公園では、10月1日から3日まで、3日3晩徹夜で万葉集全20巻のすべての句を市民が朗唱するイベントもあります。
また奈良時代に国府があった雲龍山勝興寺は、ギリシャのパルテノン神殿の様に建物周辺に柱があり、風格のあるとても素晴らしいものです。現在は庫裡を大規模な修繕工事を行っていました。

また前田家の菩提寺の曹洞宗の瑞龍寺が、高岡駅の近くにありますが、美しい伽藍配置と建物で、感動しました。
(残念ながら、デジカメを忘れ携帯で写真を撮りましたので、ぼやけてしまいました。)


2010/08/04

平井先生の講演会「復元するということ -東京駅はそのまま復元してはいけません-」

2010年7月28 日(水)東京工業大学(緑が丘講義棟)で平井聖先生の講演会が開催されました。平井先生は、建築史、とくに城郭建築がご専門で、NHK大河ドラマの時代考証のご担当としても有名です。今回「復元」をテーマに講演とのことで興味があり、聞きに行くことにしました。

講演は、城郭建築でも奉行所の復元(お白洲のある裁判所、実はお白洲には屋根がある、一般のテレビドラマの空の下のお白洲は嘘)などの実例を説明され、最後に本題の東京駅の復元のあり方について、ご説明されました。東京駅周辺の、現代と全く違った明治時代の風景などを紹介され、そしてご自身でコンペに出品され佳作になった案についても触れ、ご説明されました。

東京駅は日清戦争がはじまった頃に建設が始まり、第二次世界大戦で焼失した軍国主義の象徴の様な建物であるから、復元の仕方としては、半分は建設当初のもの、半分は原爆ドームのように空襲で焼失した状態を復元し、敗戦の証としたいという内容でした。
私は、東京駅の復元について、もう少し当初の建設状態に忠実に行うべきといった話だと想像していたため、このような考え方もあるのだと感心をいたしました。
このように歴史や建築に対する基本的な考え方によって復元の内容が大きく異なってくることが理解でき、その奥深さを感じました。

私も、ここ数年芝居小屋の音響調査を行っていたため多少建築史に近い研究をしたと思っていますが、音響空間の建築史という分野も必要ではないかと思い始めているところです。
機会があれば、平井先生にこのようなお話をしたく思いました。