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2026/10/26

箏 三絃 尺八のしらべ 第29回都築区三曲協会定期演奏会を聴いて

 日時:2026年10月25日(日)12時開演、終演15時30分、台風30号が九州に近づいてきていて、その余波か、午後から雨。

場所:都築公会堂

演奏:都築区三曲協会

演奏曲は以下に示す。:今回は1番の飛躍から最後の15番の花鳥風月まで聞くことができた。中で印象に残ったのは、7番のトワイライト・セイビングで、十七弦と尺八の組み合わせの曲、箏の17弦は低音がよく響くし、尺八とあって、夜の湖水を漕ぎ出ていくさまがよく表現できている感じだ。次は8番の河童百態、これは三味線3台と尺八の合奏で、生き生きした、また滑稽な感じがわかる曲だった。さらに9番の上弦の曲、これも結構な高度なテクニックで、美しい感じの曲。13番のままの川、これは箏、三絃、尺八が一台ずつの組み合わせで、江戸時代の花魁の悩みを書いた曲で、しんみりさせるいい曲だ。14番の綺羅は、演奏者が原澤奏栄という高校生で、この曲はかなりテクニックが必要で、左手がメインの曲で、右手も併せて参加し、さらに右手で撥のようなもので箏をたたきながら演奏すると言った高度な技術が必要な曲だ。綺羅というだけあって華やかな雰囲気の曲だった。演奏はかなりレベルの高いものだった。ただ今回初めて気が付いたが、演奏者はみな、足袋か靴下で、土足の人は誰もいなかった。13番の曲は正座をして演奏していた。また私としては気になったのは、音響反射板が設置されていたことだ(写真で示している)。特に気になったのは三味線(三絃)の音だ。華やかに響き過ぎだと思う。もっとしんなりと響いてほしい。尺八も元気すぎる。もう少し風切るような音が聞こえてこないとおかしい。私はこの三曲協会のコンサートで、尺八を数年前に教わり、今ではほぼ毎日尺八を練習しているが、その中にTake the “A” Trainというジャズの曲がある。これを吹くとA Trainは単にわくわくするような感じだけでではなく、A Train は蒸気機関車だとわかる。やはりプロのジャズコンサートも音響反射板ではなく、幕設備で演奏している。今回は舞台の写真は大丈夫のようで、撮影したのは三味線(三絃)があるグループ、特に箏、三絃、尺八のセットで三曲と言っているので、気にして撮ったものだ。ただし箏が5台で、三味線が1台では、三味線の音がかき消されてしまう感じだ。やはり箏、三味線、尺八1台ずつの方が三味線の音が生きてくる。

今回は天候の影響もあり、劇場の客席は半分、しかも3時間半もあり、舞台替えのための幕間はあるが、トイレ休憩の時間はなく、トイレから帰ると客席まで戻る時間は無くなってしまっているような感じだ。またお客さんも結構出入りが多くて落ち着かない感じだ。1時間程度ごとに15分程度のトイレ休憩もあった方がいいかもしれない。その場合にはもう少し落ち着いていられるかもしれない。この三曲はあまり知られていないかもしれないが、いい感じの曲なので、もっと知られるといいと思う。早淵川散歩のときにゆったりとした、これらの曲が聞こえてきたら、相当いい感じだ。



写真:6番 都の春で、箏本手、箏替手、三絃(浄瑠璃三味線)、尺八の演奏、三味線の音が

4台の箏にかき消されている感じだ。舞台は音響反射板設置状態。

写真:8番の河童百態で、三味線3台、尺八1台の演奏だ。演奏時は靴下のままで靴は履いていない。

写真:13番 ままの川で、箏、三味線、尺八の演奏だ。皆さん正座して演奏している。尺八がよく響いていい曲だ。



2026/10/22

杉山哲雄ピアノリサイタル シリーズⅢ傑作の森(全2回)の1回目  を聴いて

 日時:2026年10月18日(日)2:30開演

場所:銀座 王子ホール

曲目:⓵ソナタ第5番、②ソナタ第18番、③ソナタ第24番『テレーゼ』、④ソナタ第21番『ヴァルトシュタイン』、アンコールはバガテル

演奏:杉山哲雄

主催:杉山ムジークアカデミー

銀座王子ホールは、銀座4丁目に近い場所にあり、銀座通りは歩行者天国になっていて、外国人も含めて、観光客が大勢歩いていた。この銀座通りを歩くだけでも観光になりそうだ。早めに来たため、ホールの建物入り口もシャターが閉まっていて、30分ほど建物の近くにある生垣の擁壁に座って風景を眺めていた。

コンサートが始まって、まず杉山さんが前半の曲目を整理して話をしていた。前半は、ソナタ第18番は『狩』という名称で呼ばれていて、鳥のさえずりや馬に乗った時のようなリズムなどが表現されている感じのようだが、ガムランのように曲全体がそのような表現ではなく、ほんの部分的ところが自然の感じになっているので、狩というのは単にモチーフといった感じかもしれない。後半は、ソナタ第24番『テレーゼ』、ソナタ第21番『ヴァルトシュタイン』で、双方の曲ともよく聞いたことのある曲だ。テレーゼは美しい曲、ヴァルトシュタインは、ボヘミア出身の貴族であるが、杉山さんの解説は、ヴァルトシュタインについて、滅多にコンサートの時には聞いたことがない、7音音階と5音音階について解説した。7音音階はピタゴラスの唱えた音階で、ドレミファソラシであるが、ヴァルトシュタインは部分的に5音音階のところがある。杉山さんはドイツの田舎の民謡が土台になっているような話もあるが、日本の民謡なども5音音階で出来ているので、日本人にとってこのヴァルトシュタインはなじみがあるのではといっていた。ただ5音音階といっても、日本の音階のようにヨナ抜き音階(ドレミソラ)もあるし、ドレミファソという音階もあると。以下の私のブログでも、音階について解説している。

建築音響の交流の歴史 その16 童謡 さらにテトラコルド音階に関連して

http://yab-onkyo.blogspot.com/2025/07/16.html

ピタゴラスの後、アリストクセノスがギリシャの音楽を4度音階で書いていると主張している。4度音階とは、強いて言えば完全4度、すなわちドレミファソの5音音階となり、杉山さんの話と一致してくる。

杉山さんは大学の先生もしていたようで、曲の解説も5音音階についての説明で、ヴァルトシュタインの人気の根拠を説明していた。なるほどと感じたものだ。

 

          写真:公演が始まる前に、自分の席から撮影した。







 

2026/10/14

第3回日本ウクライナ国際芸術祭2026を聴いて

日時:2026.10.12(月祝)2時より

場所:慶応大学(日吉) 藤原洋記念ホ―ル

出演:アントニー・バリシェフスキー(ピアノ)、澤田智恵(芸術監督・ヴァイオリン)武松洋子(朗読)、ワディム・ソロマハ(バレエ)、依藤由紀(バレエ)、アナスタシア・デニーソワ(メゾソプラノ)、ウクライナ日本芸術合唱団(ウクライナから避難中のメンバーのほかに今回からは日本と韓国からも参加するようになった)、マクシム・シャリギン(作曲家)

曲目:チラシのプログラムを以下に示した。 


  曲と曲の間には武松さんの朗読があった。中には『掘り返された墓』というものもあった。ロシアとウクライナの戦争のいたいたしい現実の描写もあった。今年はロシアがウクライナに攻め込んでから多分5年は経っている。曲目も明るい曲ではない。どちらかといえば重々しい曲が多かった。最初はアナスタシア・デニーソワが、ウクライナの民謡シチェドリクを歌った。ピアノの演奏はアントニー・バリシェフスキーだが、この人の指は力強く、更に曲に合わせた重々しい音で、演奏している。相当レベルの高い人だ。

  後半のバレエは依藤由紀、ワディム・ソロラマで、チラシによれば力強き民族の生命力を表した踊りで、的確な躍動感のある踊りだった。最後の曲はマクシム・シャリギン作曲の曲で、『KAYA2019』という曲だ。力強さと共に深い悲しみも備えたようないい曲だった。最近作曲された新しい曲だけれど、よく心に沁み込むいい曲だった。この曲は娘KAYAに捧げた曲だとチラシにあった。このマクシムさんは私の座っている斜め前に座っていて、舞台挨拶も行っていた。今回のコンサートはこの曲のためにあった感じだ。ホールから出るときに、このマクシムさんも出口周辺に並んでいたので、曲の評価をして握手をして帰った。

今回のコンサートは、各出演者は相当演奏レベルが高い人たちだった。またそれぞれから感じるところもたくさんあった。アナスタシアさんはチラシによると東京交響楽団の定期演奏会で、フランツ・シュミットのオラトリオ『7つの封印の書』を合唱団として出演したようだ。この曲は先日NHKのクラシック音楽館でも放映された。1937年に作曲されたが、1938年にはナチスがウイーンを占領した時期で、世も終わりだと宣言したような曲で、それに対抗して出されたようだ。世界情勢は深刻な感じだ。ウクライナに平和が早く訪れることを願う。

  澤田さんの企画したコンサートは歴史を重ねるようになり、しかも演奏レベルが高くなってきている。ウクライナの戦争の状況はまだよくなっていないが、澤田さんのこのような企画はぜひ続けてほしい。その時の気持ちも伝わってくる。

   藤原洋記念ホールは、収容人員500名ほどのシューボックスタイプの中規模のホールで、響きはとても良い感じのホールだ。1階席・2階席とも満席だった。ただエントランスホールは小さく、出演者が挨拶しようとしても、後ろに並んでしまっている人と帰る人たちで滞留してしまっている。ホール周辺はもう少し余裕が必要な感じだ。


写真:中休みの時に撮影した舞台周辺




 



2026/10/11

マリア・エステル・グスマンのギターコンサート プラドの光、セビリアの春。を聴いて

 日時:2026.10.10(土)開演3時

出演:マリア・エステル・グスマン(クラシックギター)、高木洋子(ピアノ)、賛助出演 手塚健旨(クラシックギター)、作曲 牟岐礼(むぎ・れい)

曲目:チラシに示したものだが、これ以外にもいくつかの曲が挿入された。特に賛助出演した手塚さんとマリアさんとのギターの合奏もいくつか含まれていた。

ホールは50~60名(注 https://www.aria-soundlife.co.jp/)しか入れない小さなホールなので、ギターの小さな音色もよく聞こえた。マリア・エステルさんのギターは大変軽快で、しなやかで、なるほどこうなんだと感じるものがあった。手塚さんが自己紹介の時に、マリア・エステルさんの話をした。(マリア・エステルさんが18歳の時初めて日本に来てコンサートに出て、優勝をした。審査員長の故濱田滋郎が、マリアさんは、“もの”が違うと言って、マリア・エステルさんの才能を高く評価したとのこと。)※注 マリア・エステルさんのギターは見に付いた音楽性が違うという感じだ。これについて思い出したが、わが事務所にスペインからきたアントニオさんという音響技術者が働いていた。その両親があるときアンテケラから日本に来て、一緒にフラメンコのコンサートに行った。日暮里のホールだった。フラメンコの踊りを見ていたお母さん、名前はカルメンさん、そのカルメンさんが突然舞台に上がって、ダンサーと一緒に踊り出した。ダンサーたちもさらに盛り上がった。阿波踊りに参加するような感じだ。カルメンさんは病院の看護婦で、フラメンコダンサーではない。このことだと思った。“もの”が違うとは。さらに東京芸大の小泉文夫が『音楽の根源にあるもの』という本の中で、日本の音楽による民族性という文章がある。これも思い出した。多分この時、この年代は太平洋戦争で負けて、国を挙げてクラシック音楽を学ぼうというときに、日本の音楽の民族性とクラシック音楽とは違うということで言った言葉だ。多分見に付いた音楽性というものかもしれない。小泉文夫のこの本が出てから50年以上もたった。私も様々な曲を聴くようになった。もちろんクラシック音楽もだが、三味線音楽もだ。コンサートの後半は、日本人の牟岐礼の作曲したギターの曲をマリア・エステルさんが弾く場面もあった。セビリアの春とPRADOだ。セビリアはマリア・エステルさんのふるさとらしい。いい曲だった。牟岐礼さんは、私の隣に座っていて挨拶をしていた。よかったと話しかけたくなった。

この音楽サロンAriaはセンター南駅近くにあり、我が家からは早淵川を歩いていくと近くまで行ける。歩いて行ったら開演ぎりぎりになってしまったがとにかく間に合った。

音楽サロンは大きな建物の1階にあり、ホールとしては50~60名※注 しか入れない小さなホールで、しかも仕上げ面は平面が多く、拡散しにくい。また天井は岩綿吸音板が2m程度の間隔で平行に仕上げられており、これによって多少音の拡散をはかっている感じだ。しかし500名とか1000名のホールと異なり、音がよく聞こえた。目の前の出演者の雰囲気もよく伝わった。息遣いまで感じるほどだ。 いいホールだった。

注)の部分は、高木洋子さんから直接メールをいただき修正しました。





写真:コンサートが就労した後の舞台風景。お客さんが楽譜を眺めていた。