NHK教育テレビ朝の5:30からの30分番組です。
7/8はアナウンサーとゲストで俳人の黛まどかさんが、歌舞伎座を紹介し、続いて唐破風の屋根をくぐり、楽屋で片岡仁左衛門と対談をしました。楽屋は、和風旅館のような、床の間がある和室でした。
片岡仁左衛門が、もっとも緊張する劇場がこの歌舞伎座だそうです。メジャーということも有りますが、先人たちのぬくもり、先人たちの舞台の積み重ねがあるからと話していました。
日本には様々な劇場があり、そこでも緊張していないというわけではないと説明しながら、四国金毘羅の金丸座の紹介になり、そこは観客と舞台が一体化していること、観客が120%楽しみに来ているところなので、俳優も観客から影響を受けるといっていました。また木造で音が外と通通なため、楽屋にいると、鶯の声が聞こえてくると。これは気持ちがいいのでしょうね。そういえば四国金毘羅大芝居は例年4月に行われています。
歌舞伎は季節感が重要で、昔は冷暖房が無かったので、夏には夏の芝居、冬には冬の芝居を行っていたそうです。その中で、音が重要な役割をしていると言われていました。
舞台が開く前の柝の音、効果音は全て生音を使っていて、俳優と動きをあわせていること、
また歌舞伎のオーケストラピットである黒御簾を中の紹介し、歌舞伎の音楽は黒御簾音楽と言われているといった
スタジオでは、雨の音、雪の音、川の音、幽霊の音を紹介、雨の音は大阪と関東は違うようで、関東の雨は大太鼓で表現し、大阪の音は小太鼓で、高い音をだして表現するそうです。これは傘の張りが大阪の方がピンと張っているからだそうです。繊細なこだわりを感じます。川の流れの音も大太鼓で表し、そこに三味線がはいると舟の往来の表現になるそうです。
「音色」という言葉は、音に色を感じる日本人の独特の感じ方を表していると片岡仁左衛門は言っていました。音響技術者が実験に使う、ホワイトノイズもピンクノイズも西洋で音を色に例えたものではありますが、ただし自然の音となると感じ方は大きく違うようです。
歌舞伎は400年間続いた江戸時代の世界の異空間であり、それを勉強のためにではなく、体験するために劇場に来てほしいと言っていました。
歌舞伎界では、歌舞伎座と木造芝居小屋である四国金毘羅金丸座の存在が大きいことがわかりました。特に現代の我々にとっては、この金丸座は『現代の劇空間』として、見直す必要があると思っています。
今年の夏、JATET建築部会木造劇場研究会と全国芝居小屋会議および神奈川大学寺尾研究室と共同で、金丸座を含むいくつかの芝居小屋の音響調査を行う予定です。音響技術という観点からも木造芝居小屋の良さを発見していくつもりでいます。
また7/7の12CHの夜のテレビ番組ワールドビジネスサテライトでは、音による商品の差別化の話がされていました。カメラのシャッターの音、化粧品のコンパクトの開閉音などで、高級感や一体感などが表現されているようです。日本人の独特の音に対する鋭い感覚も商売のネタになっているようです。
2008/07/11
2008/07/07
杉田劇場で『モンゴルの風コンサート』を聞きました
6月21日(土)杉田劇場で、馬頭琴のコンサートを聴きました。
演奏は内モンゴル出身のリポー(李波)さんです。1995年から日本に住んで活動を続けてこられ、また昨年からはワシントン大学の民俗音楽科で指導されるためアメリカに滞在されています。モンゴルと比べ、日本とワシントン州は緑が多くとてもきれいだとおっしゃっていました。リポーさんのモンゴルの家では、羊を何千頭も飼っていたそうですが旱魃で食物の草が枯れ死んでしまったそうです。
馬頭琴は、四角い形をした共鳴箱を両足のひざで抱え、棹を立てて演奏します。棹の頭には馬の頭の彫刻がされていて、それで馬頭琴といいます。弦は2弦で、弓も弦も馬の尻尾でできています。音は、ちょっとだみ声のチェロといった感じですが、弾き方もチェロに似た感じです。馬頭琴で演奏される曲には、やはり草原を走る馬の足音を感じます。
曲目はモンゴルの曲だけでなく、りんご追分などの日本の曲から、クラシックやチャルダッシュのテンポの早い演奏にも挑戦されていました。バイオリンは4弦、馬頭琴は2弦ですから相当な技術だと感じました。また伝統音楽の楽器であるのに、かなり融通が利くことに驚きました。
舞台は、音響反射板を除いた幕設備の状態になっており、残響が短くなります。私も、この状態が馬頭琴の演奏には良いと思って聞いていました。
コンサート終了後、リポーさんとお話させていただいた際、馬頭琴の演奏にはどのようなホールが良いですかと聞きましたら、もともと草原で演奏していましたからとおっしゃいました。音楽はその育った環境と一体だと改めて感じた次第です。
演奏会では、杉田劇場館長の中村牧さんのピアノ伴奏あり、また小中学生のリコーダーとのアンサンブルもあり、地域に根ざしたコンサートを盛り上げようとの熱意を感じました。
7月3日の朝日新聞の朝刊に、モンゴルで暴動とあり、デモ参加者が与党人民革命党の本部を放火し、隣接する文化センターにも延焼、入居する馬頭琴交響楽団の事務所が襲われ、馬頭琴も壊されるか、盗まれるかしたと書かれていました。原因は総選挙への不満、ガソリンの値上げなどの物価高、汚職、貧富の格差の拡大への不満と書かれています。貴重な楽器や楽譜が奪われてしまったことは非常に残念です。
演奏は内モンゴル出身のリポー(李波)さんです。1995年から日本に住んで活動を続けてこられ、また昨年からはワシントン大学の民俗音楽科で指導されるためアメリカに滞在されています。モンゴルと比べ、日本とワシントン州は緑が多くとてもきれいだとおっしゃっていました。リポーさんのモンゴルの家では、羊を何千頭も飼っていたそうですが旱魃で食物の草が枯れ死んでしまったそうです。
馬頭琴は、四角い形をした共鳴箱を両足のひざで抱え、棹を立てて演奏します。棹の頭には馬の頭の彫刻がされていて、それで馬頭琴といいます。弦は2弦で、弓も弦も馬の尻尾でできています。音は、ちょっとだみ声のチェロといった感じですが、弾き方もチェロに似た感じです。馬頭琴で演奏される曲には、やはり草原を走る馬の足音を感じます。
曲目はモンゴルの曲だけでなく、りんご追分などの日本の曲から、クラシックやチャルダッシュのテンポの早い演奏にも挑戦されていました。バイオリンは4弦、馬頭琴は2弦ですから相当な技術だと感じました。また伝統音楽の楽器であるのに、かなり融通が利くことに驚きました。
舞台は、音響反射板を除いた幕設備の状態になっており、残響が短くなります。私も、この状態が馬頭琴の演奏には良いと思って聞いていました。
コンサート終了後、リポーさんとお話させていただいた際、馬頭琴の演奏にはどのようなホールが良いですかと聞きましたら、もともと草原で演奏していましたからとおっしゃいました。音楽はその育った環境と一体だと改めて感じた次第です。
演奏会では、杉田劇場館長の中村牧さんのピアノ伴奏あり、また小中学生のリコーダーとのアンサンブルもあり、地域に根ざしたコンサートを盛り上げようとの熱意を感じました。
7月3日の朝日新聞の朝刊に、モンゴルで暴動とあり、デモ参加者が与党人民革命党の本部を放火し、隣接する文化センターにも延焼、入居する馬頭琴交響楽団の事務所が襲われ、馬頭琴も壊されるか、盗まれるかしたと書かれていました。原因は総選挙への不満、ガソリンの値上げなどの物価高、汚職、貧富の格差の拡大への不満と書かれています。貴重な楽器や楽譜が奪われてしまったことは非常に残念です。
2008/06/13
「音律と音階の科学」小方 厚著 を読む
「音律と音階の科学」―ドレミ…はどのようにして生まれたか」を読みました。
音響技術者は日常的に周波数分析を行います。私も音響設計という仕事柄、周波数と音楽のドレミの関係は興味があり、その起源についてなど音楽家と話し合うことがよくあります。ドレミがピアノの白鍵、黒鍵合せて12音の平均律であることは、今では当たり前のことです。ですが、その12音はどうして選ばれたのか?いつ誰がどのような方法でオクターブを分割したのか?どのように世界に広まっていったのか?ということについては、一般にはほとんど知られていません。
この本は、そのような疑問について解き明かそうという本です。著者は音楽を趣味とする物理学者であり、音律の起源について物理学や数学の視点から説明されています。内容を簡単にご紹介するとともに、音響技術者としての視点から感想を述べたいと思います。
イルカや小鳥など動物は連続的に音高を上下させて意思を疎通しているというが、人間の音楽が使う音の高さはドレミ・・・とデジタル化されている。ただし、他の多くの民族音楽では、音の高さはそれほど厳密に決まってはいない場合もあるが、近代西洋音楽の究極の姿であるクラシックでは、100人のオーケストラが美しいハーモニーを奏でるための基礎としてドレミが存在するとあります。
そのドレミは現在平均律で調律されているが、調律は技術的に困難であったため、実際に平均律が普及したのは19世紀後半と、音楽の歴史の中では新しいものだそうである。
ドレミの起源は古くはピタゴラス(BC550年ごろ)にさかのぼることが出来、ピタゴラス音律の基本は、まずオクターブを一目盛としていることである。2つの一弦琴を、ひとつを開放弦、ひとつを弦長の1/3の位置に分割して同時に弾くと、2音が心地よく響くことを発見し、またその場合1/3に分割した琴のどちらを弾いても開放弦と美しく響きあうという。そこから、オクターブを分割するのに、1対3と1対2の周波数比を組み合わせて協和音を探して作ったとある。ピアノの鍵盤のオクターブが黒鍵5個、白鍵7個の計12個に分割されているが、この12の基はピタゴラスによるものだそうだ。8~9世紀に成立したグレゴリオ聖歌に、このピタゴラス音律をみることができるそうである。
しかしピタゴラス音律ではCとEが不協和音になる問題があり、それを緩和するために主音に対して5/4倍という周波数比を持つ音に置き換える純正律が生まれた。それにより、複数の旋律を同時に進行できるようになる。この音律はギリシャのプトレマイオス(2世紀)には数学的にとらえられていたが、純正律として音律の形で登場させたのはスペインのバルトロラメ・ラモスで、15世紀後半であると書かれている。
以下ピタゴラス音律と純正律を比較表とした。

この純正律は、『響きの考古学』(藤枝 守著)には、十字軍の遠征で、アラブなどの東方の文化が入り込むことによって生まれたと書かれている。
ギリシャ文化は、アラブで発展しており、ウードの名手であるアル・ファーラビー(870頃~950頃)によって『音楽大全』が書かれている。さらにサフィー・アッ=ディーン(1230~1294)により、純正4度の拡張から17律ができ、アラブ音楽の基礎となった。これらの文化が、11世紀に十字軍が回教徒からスペインのトレドを奪回することによってヨーロッパにもたらされ、その際に純正律の考え方ももたらされたというものである。
また紀元前からあるケルト人の音楽、純正3度(ドとミ)の甘美な音律がイギリスの作曲家ジョン・ダンスタブル(1390?~1453)によって大陸にもたらされている。中世からルネサンスの幕開けである。
このように、音律は非常に科学的に生まれたものであり、また人の移動とともに各地にもたらされ、その土地の文化と融合し、発展していったものであることがわかります。
純正律には転調ができないという問題があり、そこで考えられたのが、1オクターブの中を正確に対数尺で12等分した12音平均律であるとのこと。平均律は、17世紀以降のヨーロッパで確立し、鍵盤楽器の調律のため、19世紀になって普及した技術であるが、中国では16世紀、明の時代に、また日本では和算家の中根元圭が1692年にオクターブを12乗根に開いて、12音平均律を作る方法を示しているようである。
バッハの平均律クラヴィア曲集は、正確には平均律ではなく、ウエル・テンペラメントという音律であるとのこと。
本著者の音の分析の真骨頂は『不協和曲線』というグラフを表したことであると感じる。この地形図のようなグラフで、心地よい音律が理解しやすくなる。このグラフは、12音平均律でも表現できるし、17音平均律や16音平均律でも計算ができる。これにより、純正律のように響く平均律の分析がされている。
最後の章は音律の将来的について考察されている。
(1)どのような音高の組み合わせが協和するか(ハーモニー)、(2)どのような音高は時間的に推移していくと心地よく感じられるか(メロディ)について本の前半で語られた。西洋音楽ではこの二つが不可分であるが、西洋音楽とアフリカ音楽が融合したジャズは(2)が(1)に従っている。しかし、高さの異なる音を同時に重ねなければ(1)は問題がなくなり、(2)は自由度を得る、とある。日本の伝統音楽をはじめとして、多くの民俗音楽はハーモニーを無視、ないし軽視しているとのこと。
しかしこれらの根拠となった不協和曲線は、1965年の聞き取り調査による分析であり、脳波測定など現代の手法を用いれば当時よりもっと確かなデータが得られるであろうし、それよりも時代による実験結果に違いがあるであろうことに興味がある、と著者は語っている。ガムランのように積極的に不協和音が生み出す『うなり』を楽しむ音楽も存在するし、西洋音楽でも次第に『心地わるい』非協和な響きが受け入れられるようになってきている、とある。
最近ドビュッシーの『12の練習曲』を聴く機会がありましたが、確かにそこにその始まりを感じさせます。さらに最近、フランスの現代作曲家メシアンの『幼な児イエスにそそぐ20のまなざし』を聴いた際に、最後の曲でうなりを聴くことが出来ました。とても神秘的な印象があったので意図的と感じましたが、ピアノ演奏なので、本当に意図的かどうかはわかりません。
この本は、著者が物理学者のため、音律についてとても論理的に説明されており、音律が世界中で、その土地の楽器で演奏されることを目的に発展してきたことが良くわかります。そして、世界には平均律のようには発展しなかったけれども、心地よい音律も他に数多くあることがわかります。現在であれば、コンピュータによって、たくさんのシミュレーションができそうな気がします。またそれによって、西洋音楽のドレミ・・・ではない、ほかの多くの民俗音楽の心地よさも理解できるようになるのではと思います。明治以降は、日本では西洋音楽が優れているとされ、日本独特の音楽を否定してしまったとも本書は紹介しています。私も含め、団塊の世代以前はそのような学校教育の中で育っています。この本は、改めてそのような考え方を別の視点から捉えなおすきっかけになるのではないかと思いました。
最近、渋谷の忠犬ハチ公の広場で、ヴァイオリンによるケルト音楽の路上ライブを偶然2週続けて聴きました。とても心地良い響きでした。
音響技術者は日常的に周波数分析を行います。私も音響設計という仕事柄、周波数と音楽のドレミの関係は興味があり、その起源についてなど音楽家と話し合うことがよくあります。ドレミがピアノの白鍵、黒鍵合せて12音の平均律であることは、今では当たり前のことです。ですが、その12音はどうして選ばれたのか?いつ誰がどのような方法でオクターブを分割したのか?どのように世界に広まっていったのか?ということについては、一般にはほとんど知られていません。
この本は、そのような疑問について解き明かそうという本です。著者は音楽を趣味とする物理学者であり、音律の起源について物理学や数学の視点から説明されています。内容を簡単にご紹介するとともに、音響技術者としての視点から感想を述べたいと思います。
イルカや小鳥など動物は連続的に音高を上下させて意思を疎通しているというが、人間の音楽が使う音の高さはドレミ・・・とデジタル化されている。ただし、他の多くの民族音楽では、音の高さはそれほど厳密に決まってはいない場合もあるが、近代西洋音楽の究極の姿であるクラシックでは、100人のオーケストラが美しいハーモニーを奏でるための基礎としてドレミが存在するとあります。
そのドレミは現在平均律で調律されているが、調律は技術的に困難であったため、実際に平均律が普及したのは19世紀後半と、音楽の歴史の中では新しいものだそうである。
ドレミの起源は古くはピタゴラス(BC550年ごろ)にさかのぼることが出来、ピタゴラス音律の基本は、まずオクターブを一目盛としていることである。2つの一弦琴を、ひとつを開放弦、ひとつを弦長の1/3の位置に分割して同時に弾くと、2音が心地よく響くことを発見し、またその場合1/3に分割した琴のどちらを弾いても開放弦と美しく響きあうという。そこから、オクターブを分割するのに、1対3と1対2の周波数比を組み合わせて協和音を探して作ったとある。ピアノの鍵盤のオクターブが黒鍵5個、白鍵7個の計12個に分割されているが、この12の基はピタゴラスによるものだそうだ。8~9世紀に成立したグレゴリオ聖歌に、このピタゴラス音律をみることができるそうである。
しかしピタゴラス音律ではCとEが不協和音になる問題があり、それを緩和するために主音に対して5/4倍という周波数比を持つ音に置き換える純正律が生まれた。それにより、複数の旋律を同時に進行できるようになる。この音律はギリシャのプトレマイオス(2世紀)には数学的にとらえられていたが、純正律として音律の形で登場させたのはスペインのバルトロラメ・ラモスで、15世紀後半であると書かれている。
以下ピタゴラス音律と純正律を比較表とした。

この純正律は、『響きの考古学』(藤枝 守著)には、十字軍の遠征で、アラブなどの東方の文化が入り込むことによって生まれたと書かれている。
ギリシャ文化は、アラブで発展しており、ウードの名手であるアル・ファーラビー(870頃~950頃)によって『音楽大全』が書かれている。さらにサフィー・アッ=ディーン(1230~1294)により、純正4度の拡張から17律ができ、アラブ音楽の基礎となった。これらの文化が、11世紀に十字軍が回教徒からスペインのトレドを奪回することによってヨーロッパにもたらされ、その際に純正律の考え方ももたらされたというものである。
また紀元前からあるケルト人の音楽、純正3度(ドとミ)の甘美な音律がイギリスの作曲家ジョン・ダンスタブル(1390?~1453)によって大陸にもたらされている。中世からルネサンスの幕開けである。
このように、音律は非常に科学的に生まれたものであり、また人の移動とともに各地にもたらされ、その土地の文化と融合し、発展していったものであることがわかります。
純正律には転調ができないという問題があり、そこで考えられたのが、1オクターブの中を正確に対数尺で12等分した12音平均律であるとのこと。平均律は、17世紀以降のヨーロッパで確立し、鍵盤楽器の調律のため、19世紀になって普及した技術であるが、中国では16世紀、明の時代に、また日本では和算家の中根元圭が1692年にオクターブを12乗根に開いて、12音平均律を作る方法を示しているようである。
バッハの平均律クラヴィア曲集は、正確には平均律ではなく、ウエル・テンペラメントという音律であるとのこと。
本著者の音の分析の真骨頂は『不協和曲線』というグラフを表したことであると感じる。この地形図のようなグラフで、心地よい音律が理解しやすくなる。このグラフは、12音平均律でも表現できるし、17音平均律や16音平均律でも計算ができる。これにより、純正律のように響く平均律の分析がされている。
最後の章は音律の将来的について考察されている。
(1)どのような音高の組み合わせが協和するか(ハーモニー)、(2)どのような音高は時間的に推移していくと心地よく感じられるか(メロディ)について本の前半で語られた。西洋音楽ではこの二つが不可分であるが、西洋音楽とアフリカ音楽が融合したジャズは(2)が(1)に従っている。しかし、高さの異なる音を同時に重ねなければ(1)は問題がなくなり、(2)は自由度を得る、とある。日本の伝統音楽をはじめとして、多くの民俗音楽はハーモニーを無視、ないし軽視しているとのこと。
しかしこれらの根拠となった不協和曲線は、1965年の聞き取り調査による分析であり、脳波測定など現代の手法を用いれば当時よりもっと確かなデータが得られるであろうし、それよりも時代による実験結果に違いがあるであろうことに興味がある、と著者は語っている。ガムランのように積極的に不協和音が生み出す『うなり』を楽しむ音楽も存在するし、西洋音楽でも次第に『心地わるい』非協和な響きが受け入れられるようになってきている、とある。
最近ドビュッシーの『12の練習曲』を聴く機会がありましたが、確かにそこにその始まりを感じさせます。さらに最近、フランスの現代作曲家メシアンの『幼な児イエスにそそぐ20のまなざし』を聴いた際に、最後の曲でうなりを聴くことが出来ました。とても神秘的な印象があったので意図的と感じましたが、ピアノ演奏なので、本当に意図的かどうかはわかりません。
この本は、著者が物理学者のため、音律についてとても論理的に説明されており、音律が世界中で、その土地の楽器で演奏されることを目的に発展してきたことが良くわかります。そして、世界には平均律のようには発展しなかったけれども、心地よい音律も他に数多くあることがわかります。現在であれば、コンピュータによって、たくさんのシミュレーションができそうな気がします。またそれによって、西洋音楽のドレミ・・・ではない、ほかの多くの民俗音楽の心地よさも理解できるようになるのではと思います。明治以降は、日本では西洋音楽が優れているとされ、日本独特の音楽を否定してしまったとも本書は紹介しています。私も含め、団塊の世代以前はそのような学校教育の中で育っています。この本は、改めてそのような考え方を別の視点から捉えなおすきっかけになるのではないかと思いました。
最近、渋谷の忠犬ハチ公の広場で、ヴァイオリンによるケルト音楽の路上ライブを偶然2週続けて聴きました。とても心地良い響きでした。
2008/05/19
久良岐能楽舞台における中国伝統音楽の公演を聴いてきました
5/18(日)に横浜市久良岐能舞台で、『中国の伝統音楽』を聴いてきました。
久良岐能舞台は、能舞台が和風の木造の建物の中にあり、その中には隣接して茶室も付属しています。さらに、能舞台は畳の和室の中にあり、障子や襖で仕切られています。したがって音響空間としては響きのあまり無い空間となっています。
久良岐能舞台はこの冬改修工事を行いましたが、YABは能の音が茶室へ伝搬する音の低減を目的にした遮音対策の検討を担当いたしました。工事は、そのほか舞台の床の改修、湿気対策がされました。

演奏は、中国の伝統音楽ということで二胡と中国琵琶によるものでした。能舞台の上には赤いビロードの布が敷かれ、演奏はその上で行われました。二胡の演奏は甘建民氏、琵琶は段露晴氏です。甘建民氏は、なんとも優しそうな、そして知的な方で、また日本に留学経験があるとのことで、日本語で曲の説明をされました。今回は、最初に、中国の四川の大地震で亡くなった方、また世界中で亡くなった方の追悼の意を表す曲から始まりました。二胡は憂いを含んだ音が特徴ですが、しかしそればかりでなく、新疆ウイグル地区の民謡 牧羊女のようにヴァイオリンのような美しい感じの曲もありました。
中国琵琶は、日本の琵琶のように撥ではじいて音を出す方法ではなく、指に爪をつけ、内側から外側にはじいて音を鳴らすもので、どちらかというと日本の琴のような音の感じです。日本の琵琶の平家物語のようなもの侘しい感じとは違い、とても華やかです。曲目、はシルクロードに沿って、内モンゴルから中国を横断し、中国各地の民謡などを順に披露していただき、空間の広がりとともに日本の音楽とのつながりも感じさせてくれました。演奏終了後に甘建民さんのCDを購入し、サインをしていただきました。その際に、この舞台では演奏しやすかったかと聞いてみましたら、とてもいい空間であったとおっしゃっていました。私もこの能舞台でのコンサートを始めて聞きましたが、中国音楽の二胡、琵琶は聴きやすく、二胡の音は抑揚や強弱がはっきりして、感情が良く伝わってきており、中国琵琶の音は、華やいでとても良かったと思っています。次回の久良岐能舞台の公演は6月15日、韓国の伝統音楽で琴の演奏があります。韓国の琴は生の指で弾きますが、どんな音がするか楽しみです。
久良岐能舞台は、能舞台が和風の木造の建物の中にあり、その中には隣接して茶室も付属しています。さらに、能舞台は畳の和室の中にあり、障子や襖で仕切られています。したがって音響空間としては響きのあまり無い空間となっています。
久良岐能舞台はこの冬改修工事を行いましたが、YABは能の音が茶室へ伝搬する音の低減を目的にした遮音対策の検討を担当いたしました。工事は、そのほか舞台の床の改修、湿気対策がされました。

演奏は、中国の伝統音楽ということで二胡と中国琵琶によるものでした。能舞台の上には赤いビロードの布が敷かれ、演奏はその上で行われました。二胡の演奏は甘建民氏、琵琶は段露晴氏です。甘建民氏は、なんとも優しそうな、そして知的な方で、また日本に留学経験があるとのことで、日本語で曲の説明をされました。今回は、最初に、中国の四川の大地震で亡くなった方、また世界中で亡くなった方の追悼の意を表す曲から始まりました。二胡は憂いを含んだ音が特徴ですが、しかしそればかりでなく、新疆ウイグル地区の民謡 牧羊女のようにヴァイオリンのような美しい感じの曲もありました。
中国琵琶は、日本の琵琶のように撥ではじいて音を出す方法ではなく、指に爪をつけ、内側から外側にはじいて音を鳴らすもので、どちらかというと日本の琴のような音の感じです。日本の琵琶の平家物語のようなもの侘しい感じとは違い、とても華やかです。曲目、はシルクロードに沿って、内モンゴルから中国を横断し、中国各地の民謡などを順に披露していただき、空間の広がりとともに日本の音楽とのつながりも感じさせてくれました。演奏終了後に甘建民さんのCDを購入し、サインをしていただきました。その際に、この舞台では演奏しやすかったかと聞いてみましたら、とてもいい空間であったとおっしゃっていました。私もこの能舞台でのコンサートを始めて聞きましたが、中国音楽の二胡、琵琶は聴きやすく、二胡の音は抑揚や強弱がはっきりして、感情が良く伝わってきており、中国琵琶の音は、華やいでとても良かったと思っています。次回の久良岐能舞台の公演は6月15日、韓国の伝統音楽で琴の演奏があります。韓国の琴は生の指で弾きますが、どんな音がするか楽しみです。
2008/05/09
第24回四国こんぴら歌舞伎大芝居を観劇しました
昨年に引き続き、今年もこんぴら歌舞伎を見ることができました。公演は4月5日~23日まであり、私が行ったのは4月の22日および23日の千秋楽です。
演目は、22日は午後の部で、夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)、供奴、23日は午前の部で双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき)、太刀盗人、暫(しばらく)。役者は市川海老蔵を座長とする松竹一座です。
22日は升席で、仮花道の脇、舞台と本花道が良く見える場所でした。この劇場は花道が2本あるところが演出上とても有効で、夏祭では役者が両側の花道で会話をし、声は客席の上を飛び交います。
海老蔵演ずる侠客団七のなんと格好のいいこと、動きも早く義理から強欲な舅を殺す場面では、取っ組み合いから泥水が飛び散る激しい場面があり、観客はビニルレインコートを着て見ます。唐十郎率いる状況劇場(赤テント)を思い出すほどです。
翌日の朝は千秋楽で、舞台の前に役者たちにより餅つきが行われ、観客にふるまわれました。千秋楽は歌舞伎十八番暫です。席は本花道の脇で大変迫力がありました。海老蔵演じる鎌倉権五郎が、暫らくといいながら、私の頭の上をあの大きな袖でかすりながら登場し、悪を懲らしめ退場する際も私の耳元で六方を踏み、にらみながら、花道を通っていきました。とにかく迫力がすばらしく、『夏祭』もそうですが、現代に生きている演劇と感じました。
この「暫」は1697年初演だそうです。江戸時代が始まったばかり、歌舞伎も始まったばかりで、勢いも感じられます。

仮花道

餅つきの様子

木戸口

本花道
先日、5/ 5(月)にショスタコービッチ作曲のオペラ『ムチェンスク郡のマクベス夫人』の東京歌劇団による公演を、サンパール荒川で観ました。1932年作曲のもので、筋は『夏祭』と若干似ているところがあり、主人公の女性が、義理の父と夫を殺し、不倫の果てに不倫相手の浮気相手を道連れに自殺してしまうといった激しいものですが、人間の生を感じさせる勢いのある演劇です。ロシア革命直後の雰囲気を感じさせるものですが、ソビエト共産党に批判され終了してしまったものです。オペラと歌舞伎は発生時期がほぼ1600年と同じで、物語の作り方にもまた共通点があるような気がします。
市川団十郎と海老蔵は、昨年パリオペラ座で公演をした際に、客席が遠かったと感想を述べていました。やはりオペラ劇場はオーケストラピットがあるために、客席と舞台を隔ててしまい、距離感が生まれます。歌舞伎のように楽団は舞台両脇に半分隠れて演奏したらいいのではないでしょうか。5日のオペラは、吹奏楽器だけは観客席の両脇で演奏しており、それだけでも臨場感が出てきます。舞台と観客席の一体感という観点から見ると、江戸時代の芝居小屋は相当レベルの高いものだと感じられ、それは現代の劇場にも活かせるのではと思います。
翌日24日は、瀬戸内海の直島に行き、安藤忠雄の地中美術館を見てきました。美術館のチケットセンターでは、「美術館は静けさを表現するため、響くように設計されているので、音を出さないようにしてください」といわれました。たしかに美術館に入ると洞窟のように響き、小さな足音や声を意識させ、自然の中の波の音や木の葉のすれる音などのようにざわざわとしたような感じを受けました。静けさの表現もこのような方法も一理あると思いました。この美術館は安藤忠雄の傑作だと感じました。近くにはベネッセハウスミュージアムがあります。ここは小さく窓が開いていたので、鶯の声が気持ちよく館内に響いていました。
演目は、22日は午後の部で、夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)、供奴、23日は午前の部で双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき)、太刀盗人、暫(しばらく)。役者は市川海老蔵を座長とする松竹一座です。
22日は升席で、仮花道の脇、舞台と本花道が良く見える場所でした。この劇場は花道が2本あるところが演出上とても有効で、夏祭では役者が両側の花道で会話をし、声は客席の上を飛び交います。
海老蔵演ずる侠客団七のなんと格好のいいこと、動きも早く義理から強欲な舅を殺す場面では、取っ組み合いから泥水が飛び散る激しい場面があり、観客はビニルレインコートを着て見ます。唐十郎率いる状況劇場(赤テント)を思い出すほどです。
翌日の朝は千秋楽で、舞台の前に役者たちにより餅つきが行われ、観客にふるまわれました。千秋楽は歌舞伎十八番暫です。席は本花道の脇で大変迫力がありました。海老蔵演じる鎌倉権五郎が、暫らくといいながら、私の頭の上をあの大きな袖でかすりながら登場し、悪を懲らしめ退場する際も私の耳元で六方を踏み、にらみながら、花道を通っていきました。とにかく迫力がすばらしく、『夏祭』もそうですが、現代に生きている演劇と感じました。
この「暫」は1697年初演だそうです。江戸時代が始まったばかり、歌舞伎も始まったばかりで、勢いも感じられます。

仮花道

餅つきの様子

木戸口

本花道
先日、5/ 5(月)にショスタコービッチ作曲のオペラ『ムチェンスク郡のマクベス夫人』の東京歌劇団による公演を、サンパール荒川で観ました。1932年作曲のもので、筋は『夏祭』と若干似ているところがあり、主人公の女性が、義理の父と夫を殺し、不倫の果てに不倫相手の浮気相手を道連れに自殺してしまうといった激しいものですが、人間の生を感じさせる勢いのある演劇です。ロシア革命直後の雰囲気を感じさせるものですが、ソビエト共産党に批判され終了してしまったものです。オペラと歌舞伎は発生時期がほぼ1600年と同じで、物語の作り方にもまた共通点があるような気がします。
市川団十郎と海老蔵は、昨年パリオペラ座で公演をした際に、客席が遠かったと感想を述べていました。やはりオペラ劇場はオーケストラピットがあるために、客席と舞台を隔ててしまい、距離感が生まれます。歌舞伎のように楽団は舞台両脇に半分隠れて演奏したらいいのではないでしょうか。5日のオペラは、吹奏楽器だけは観客席の両脇で演奏しており、それだけでも臨場感が出てきます。舞台と観客席の一体感という観点から見ると、江戸時代の芝居小屋は相当レベルの高いものだと感じられ、それは現代の劇場にも活かせるのではと思います。
翌日24日は、瀬戸内海の直島に行き、安藤忠雄の地中美術館を見てきました。美術館のチケットセンターでは、「美術館は静けさを表現するため、響くように設計されているので、音を出さないようにしてください」といわれました。たしかに美術館に入ると洞窟のように響き、小さな足音や声を意識させ、自然の中の波の音や木の葉のすれる音などのようにざわざわとしたような感じを受けました。静けさの表現もこのような方法も一理あると思いました。この美術館は安藤忠雄の傑作だと感じました。近くにはベネッセハウスミュージアムがあります。ここは小さく窓が開いていたので、鶯の声が気持ちよく館内に響いていました。
2008/03/07
川越鶴川座復原にむけJATET木造劇場研究会が川越で開催
2月24日(日)、JATET木造劇場研究会が、JATETメンバー、川越蔵の会、近隣住民の方々を交えて川越で行われました。
現在は使用されずに廃れている鶴川座の現状見学と、その復原のための調査をされている伝統技法研究会の大平さんと文化財建造物保存技術協会の賀古さんより、調査の途中報告がされました。

鶴川座内観

スクリーン
以前、映画館のために改装が施されていますが、その仕上げの裏には、江戸時代からの伝統的な様式を持つ芝居小屋の様子が伺われるようです。このような劇場は関東では此処しかなくなっているようで、大変価値があるように思いました。鶴川座は映画館の時代の意匠に復原する方法と、芝居小屋に戻す方向と二通りがあるようですが、江戸時代の雰囲気を持つ芝居小屋は現在ほとんど無く、鶴川座の存在が非常に貴重であり、また、その芝居小屋の音響的な空間が日本の伝統的な歌舞伎などの芸能文化の音響的な特徴を育てたのではないかという研究を実証する意味で、さらに貴重なものだと感じています。創建当時のままに復元が出来ればすばらしいことだと思っています。
復原できた暁には、歌舞伎などの伝統芸能だけでなく、様々なジャンルの芸能、現代演劇や音楽などが活発に公演され、街興しに大きく役に立つと良いと思います。江戸時代の様式を持つ歌舞伎劇場は、舞台と客席が一体となっており、現代演劇にも適した最も新しい現代の劇場であることがわかってきてきます。
研究会では、復原にあたっての法律的な問題や、どのような過程で、どのように復原するか、復原後どのように維持活用したらよいか活発な議論がされました。
音響的には、現在の屋根が鉄板葺であるために、雨音が大きく(24日当日も風が強く、屋根があおられて大きな音を出していました)、復原にあたっては注意すべきことです。また、芝居小屋の両隣が民家であり、劇場で大きな音を出すためには、何か対策が必要だと思われます。
現在は使用されずに廃れている鶴川座の現状見学と、その復原のための調査をされている伝統技法研究会の大平さんと文化財建造物保存技術協会の賀古さんより、調査の途中報告がされました。

鶴川座内観

スクリーン
以前、映画館のために改装が施されていますが、その仕上げの裏には、江戸時代からの伝統的な様式を持つ芝居小屋の様子が伺われるようです。このような劇場は関東では此処しかなくなっているようで、大変価値があるように思いました。鶴川座は映画館の時代の意匠に復原する方法と、芝居小屋に戻す方向と二通りがあるようですが、江戸時代の雰囲気を持つ芝居小屋は現在ほとんど無く、鶴川座の存在が非常に貴重であり、また、その芝居小屋の音響的な空間が日本の伝統的な歌舞伎などの芸能文化の音響的な特徴を育てたのではないかという研究を実証する意味で、さらに貴重なものだと感じています。創建当時のままに復元が出来ればすばらしいことだと思っています。
復原できた暁には、歌舞伎などの伝統芸能だけでなく、様々なジャンルの芸能、現代演劇や音楽などが活発に公演され、街興しに大きく役に立つと良いと思います。江戸時代の様式を持つ歌舞伎劇場は、舞台と客席が一体となっており、現代演劇にも適した最も新しい現代の劇場であることがわかってきてきます。
研究会では、復原にあたっての法律的な問題や、どのような過程で、どのように復原するか、復原後どのように維持活用したらよいか活発な議論がされました。
音響的には、現在の屋根が鉄板葺であるために、雨音が大きく(24日当日も風が強く、屋根があおられて大きな音を出していました)、復原にあたっては注意すべきことです。また、芝居小屋の両隣が民家であり、劇場で大きな音を出すためには、何か対策が必要だと思われます。
