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2025/01/24

建築音響の交流の歴史 その11 うなり

 うなりとは  「唸り(beat)はわずかに異なる2つの音波の干渉によって、観測点に生じる時間的な振幅変化であり、1秒間の唸りの回数は2つの音波の振動数の差になる。この現象は、楽器の調律のように一方を振動数のわかっている標準音波とし、他方の振動数を正確に測定・制御するのに利用される。」 p.12前川純一著建築・環境音響学から引用。唸りはこのように建築音響技術の一つで、音響技術者としては物理的な現象の一つとして理解されている。

ただお寺の鐘は唸りを生じて減衰する。多分この唸りを伴う音は人々の願いを天に届ける役割があるように思う。そういえば地鎮祭の時に神主が天から龍が下りてくるとき、また天に龍が戻るときに神主が唸りを発する。この神主は具体的に唸りの効能を述べているようだ。さらに仏壇のリンも唸る。日常的に唸りの音は聞いている。

このお寺の鐘の唸りは、チベットのお寺の鐘も唸るように作られているのではないか。以下の写真は左からタイ、バンコクの暁の寺の屋根にたれ下がっている鐘と同じもののお土産品、中央は重慶の飛行場でのチベットのお寺のお土産、右はサンフランシスコのケーブルカーの中にある鐘をお土産品として売っているもの。左二つは唸りを生じているが、右側のサンフランシスコのケーブルカーの鐘は唸らない。たまたま唸りを生じないのか唸るべきものなのかは正確には分からない。

                           写真:左から暁の寺の鐘のお土産品、中央はチベットの鐘のお土産品、                                         右はサンフランシスコのケーブルカーの鐘のお土産品

イギリスのトレヴァー・コックスの著 「世界の不思議な音」(The Sound book, The Science of the Sonic  Wonders of the World)の「8.音のある風景」p.267で、ランドマークとして、「イギリスを代表する音といえば、ロンドンにある国会議事堂の時計台に納められた巨大な鐘、ビッグ・ベンの音だ。イギリスでは、ビッグ・ベンは新年を迎えるときにならされ、何十年間もニュース番組の冒頭で流れ続け、休戦記念日には二分間の黙祷の開始を告げるのにもつかわれる。」「まず金属がぶつかり合うカーンという音がして、それが次第に弱まるにつれて朗々と響く音になり、20秒ほど続く。最初のハンマーの打撃から生じる音は高周波成分が多いが、それはすぐ消失し、もっとおだやかな低周波の響きが残ってゆったりと震音を発する。」「鐘の場合は対称性によって、というか対称性の欠如によって、震音を生じる。完璧な円形でない場合、鐘は唸を生じる二つの近接した周波数を持つ音を出す。教会の鐘を新たに鋳造するとき、西洋の鋳造所ではそのような震音を避けたいと考えるのはふつうだろう。ところが韓国では、この効果は音の質を決定する大事な要素と見なされている。西暦771年鋳造された聖徳大王神鐘(ツンドクテワンシンジョン)は「エミレの鐘」という呼び名の方がよく知られている。この鐘を鳴らすと「エミレ」(お母さん)と子供が泣き叫ぶような音がすると言われているのだ。この言い伝えによると、鐘の音をよく響かせるために鋳造氏が自らの娘を人身供養としてささげられたという。」この鐘の音は良く響かせるために子供を犠牲にしたからこの唸りが出来てしまったという唸りに対する否定的な解釈だ。「ビッグ・ベンが明瞭な唸りを発するのは、いくつかの傷のせいで二つの周波数が生じるからであり、その傷ははっきり見て取れる。」 このビッグ・ベンについても傷のせいで唸ってしまっているということだ。しかし私の周辺の鐘の音は、子供が犠牲になったから唸っているのではなく、わざわざ唸るように作られているように思う。

トレヴァー・コックスの本では、鐘はイギリスの国会議事堂の鐘であるが、私はウイーンのホラインの事務所に総計半年ぐらい居たことがあり、そのすぐそばの鐘の音を12時になると毎日聞くことが出来た。その音は唸りを生じていない音で、ここに神がいるという感じだ。この鐘の唸りを設けないというという歴史はどこから来たのか!!

BC6世紀ごろ、ギリシャでピタゴラスが音律を作った。この音律は二つの音を同時にならしても唸りを生じないように、ドの1.5倍(3/2)のソを設定し、更にその1.5倍(3/2)を設定し、2を超えたところで、2で割り、更に同じことを繰りかすえす。

倍率

1

3/2

9/8

27/16

81/64

243/128

729/512

2184/1024

音名

ファ

ピタゴラス音律の問題として、オクターブ上のドを2倍にするために729/512のファになる音を人為的に4/3としてドを2倍とすることで、以下のようにドレミファソラシドの音程ができる。

音名

C

D

E

F

G

A

B

C

 

ファ

比率

1

9/8

81/64

4/3

3/2

27/16

243/128

2

窮理社(https://kyuurisha.com/)の「聴き比べ:古典音律(ピタゴラス音律、純正律、中全音律、ウェル・テンペラメント)と平均律」を参考にした。

ピタゴラス音律の問題は基準音に3/2倍を繰り返しただけでなく、オクターブに対応するためにファの729/5124/3に強制的にしてしまったことで、唸りを生じてしまうことだ。このことをウルフ音という。狼の遠吠えの声だ。したがってフラットのない弦楽器は意図的にわずかにずらして、唸りを生じないようにしているようだ。

ピタゴラスと時間的な違いはあるが、歌舞伎でも人形浄瑠璃でもお囃子の笛は1本だけのような気がする。これは唸りを回避する目的があるような気がする。近所の都築太鼓の公演のときに、数台の太鼓と2台の篠笛で演奏していたのを聞いたことがあるが、篠笛はフルートのように筒の長さを微妙に調整が出来ないために、2台を同時に鳴らすと唸りを生じてしまう。

さらにインドネシアのガムランは、楽器そのものが唸るために、ゆっくりと演奏しているような気がする。

日大の塩川教授のグループが以下の論文を提出している。『音響解析を用いた金属製打楽器の変遷-「うなり」の文化としての東洋音楽史-』 last update 2024.12.14 (since 2021.9.20)

ガムランについては、『これら金属製打楽器は厚さを均一に製作することは難しく、その厚さの差によって、周期が異なるさまざまな「うなり」が生じてしまう。そのため、逆にこの「うなり」を楽器の音色として特徴づけ、「うなり」の音楽としてインドネシア・バリ島のガムラン音楽が生まれた。』『バリ島のガムランには、儀礼や舞踊の種類などによりさまざまな楽器あるいは楽器編成が存在する。基本的に、いずれも屋外で演奏され、大きな特徴として、鍵盤楽器は2台が一組を成しており、それらの対の鍵盤が音の高さをお互いに少しずらして「うなり」が生じるように調律されている。』 ただこの論文の中にはお椀を伏せたような楽器群 ボナン・ブサール、ボナン・ブヌルス等のことについては言及がない。ただこれらも一対で存在しているような気がする。

ジャワガムラン奏者である大田 美郁さんに追加していただいた。

「ガムランについては」という段落にある、ボナン・ブッサール(大きい)とボナン・プヌルス(小さい)ですが、これはジャワの呼び名で、バリでは小型置きゴングはレヨンやトロンポンといって1列に並んだ形です。そして、鍵盤楽器、太鼓についてはうなりを伴う2台一組ですが、レヨン系は1台なので、うなりに関してはちょっと他と違うかもです。そして、ジャワのガムランの楽器は、2台一組でうなりを生じる、ではなくて、全体として少しずつずれていて(ずらしていて)うなっている、の感覚かなと思います。

音の不思議をさぐる 音楽と楽器の科学 チャールズ・テイラーの5.3平均律の音階p.252で、平均律と純正律とを比較している。

音名

C4

D4

E4

F4

G4

A4

B4

C5

平均律

261.6

293.7

329.6

349.3

392

440

493.9

523.2

純正律

264

297

330

352

396

440

495

528

平均律の場合には、純正率やピタゴラス音律の場合と違い、唸りを生じる。ミ(B4)とファ(F4)の間には、19.7Hzしかないため、唸りを聴きやすい。現代のフランスの作曲家メシアンのピアノ曲などはわざわざこの唸りを生じるように作曲をしているとピアニストの青柳いづみこさんに聞いたことがある。

『メシアン音楽の神秘』という文書の中に、ピアニストの深貝理紗子が『これによって2種類の倍音が生じ、低音側からの周波数、ノイズが多くなります。ここにさらに違った組合せの音程がペダルのなかに重なり合わさる―その終着点、つまりペダルの響きのみとなった部分にようやく、メシアンの聴いていたであろう鳥の声の残像が現れます。』 このことは唸りと書かれていないけれど何となく想像できる。この唸りは多分自然の鳥の声を表現しているように思う。

ピアニストの久元さんのベートーベンのピアノ・ソナタ全曲演奏会Vol.1のブログ(2023.11.10)を書いたが、ヴェーゼンドルファーのピアノを、純正律を中心に調律したとのことで、濁りがないきれいな音で演奏していた。 

http://yab-onkyo.blogspot.com/2023/11/vol1.html