2030/01/01
2025/12/31
船劇場にて ポール・ボウルズ 狭間における魔術研究会を聴いて、見ての感想
日時:2025年12月27日(土)3:00より約1時間
場所:船劇場
演目:1.ポール・ボウルズからの手紙 岡屋幸子、2.魔物について 奥本聡、
3.ハイエナについて 増田美穂、霧島日登美
音楽:松本利洋、演出:吉岡紗矢 主催:横濱ボートシアター
最初はポール・ボウルズからの手紙というテーマを、岡屋幸子さんが朗読した。帽子をかぶり、白衣を着て、少し正面から見て逆くの字に曲がって朗読していた。おそらく地球環境のごみ問題に収斂していくような感じだった。
次は、魔物についてというテーマを奥本聡さんに、白衣を着た博士の人形に語らせていた。しかし人形にたいして次第に荒っぽい扱いになっていった。
最期はハイエナについてというテーマで、増田美穂さんと桐山日登美さんに、それぞれ仮面をつけて、増田さんは多分コウノトリを、桐山さんはハイエナを演じていた。仮面をつけていたせいもあり、よく理解できた。ハイエナは、コウノトリと親しく話をして、意図的に夕暮れが来るのを待つ。するとコウノトリは暗くなった山に激突して、結局ハイエナの餌食になってしまう。なかなか一筋縄ではいかない。
ポール・ボウルズはイソップの話みたいに、なかなかまともに受け取ってはいけない。おそらく遠藤さんが気に入って選んだ戯曲だと思う。気になった。
写真:観劇のあと、横浜ボートシアターから来たメールにあった写真
2025/12/20
山下ふ頭の未来検討会 に参加した.。船劇場の行方が気になる。
日時:2025年12月6日(土) 2:00~5:00
場所:横濱情報文化センター6階ホール(可動階段席)
主催:市民がつくる山下ふ頭の未来検討会実行委員会
プログラムとして、以下の内容があった。
市民の提案の発表
1.
大学を軸とした文化公園の形成
2.
オアシス・横濱
3.
緑と海辺に触れ合う場に
4.
環境再生型循環社会の創出とアートを中心とした想像社会へ
5.
18区と多文化つなぐ平和の広場
6.
海から見た提案
7.
モビリティハブからカーフリーゾーンを
専門家によるコメント:北山恒氏、角野渉氏、大方潤一郎氏、菅孝能氏、
その他 メッセージとして金井氏(東京大学法学部)、中村氏(JT生命誌)、幸田氏(神奈川大学王学部)
この山下埠頭は広さが47Haもあり、山下公園の10倍の広さがあるようだ。このかなりの広さの面積をほとんどが公園としていて、更にそこに、大学を誘致したり、図書館にしたり、車の駐車場を整備したり、路面電車を走らせたりといろいろ案があった。ただいずれの案も主は公園で、事務所ビル群や遊園地のようなものではない。アーキテクチュア―・ワークショップを主催している北山恒氏も専門家として参加していたが、横浜市の沿海部都市計画に参画した経験から、横浜市が市民の意見を聴くような体制になっていないことを述べていた。どうも横浜市役所の提案は収益を上げることができる、みなとみらいの様な集合住宅群や事務所郡や、テーマパークではないかと思われる。
山下埠頭の場所で、音や映像でアートが実感できるイベント(THE MOVEUM YOKOHAMA)が12月20日(本日)から来年3月末まで開催されると新聞に出ていた。開催には、山中市長やトヨタグループの豊田章男氏や、作曲家の都倉俊一氏らが出席するようだ。いよいよ横浜市も山下埠頭をスケジュールに載せ始めた。このイベントは多くの人に山下埠頭を知らせるいい機会ではあるが、市民の考えを取り入れようとする考えは見当たらない。また12月20日には山下埠頭の再開発市民の検討会も終了したとのこと。新聞には様々な意見が聞かれたようだが、来年度中に事業者を選定することを目指いしているとのこと。いよいよ市民運動も正念場だ。
2025/12/16
樋口 覚 著 三絃の誘惑 近代日本精神史覚え書の読後感
この本の題名からして、三味線の魅力が書かれた本だと思って読み始めたら大きな間違いだった。様々な作家の文章を引用しながら、日本の音曲、三絃のこと、特に義太夫について、さらに遊女、遊郭について、作家本人のにじみ出る感覚を記したものである。建築史家の藤本輝信が、本書p.210に「ちなもに東京の都市計画を丹念に追った藤本照信の『明治の東京計画』の中には、遊郭に関する記述は一行も出てこない。」とあり、多くの歴史家や作家がわざと無視してきたテーマが、遊郭や遊女などである。それを江戸時代から掘り起こして書いたものが本書になる。
実は2025年8月に書いたブログ「芥川也寸志生誕100年誘う童心目指した「みんなの音楽」 これは童謡、さらにテトラコルドの続き」の中にある我が国の音楽に串が通っていないの続きに当たる内容、その串に当たる内容が三味線音楽を示す本書のような気がする。
http://yab-onkyo.blogspot.com/2025/08/100.html
本書の出だしは、歌舞伎や浄瑠璃などの日本の音楽とヨーロッパのクラシック音楽を比較している。またシェークスピアやドン・キホーテのセルバンテスもほぼ同時に発生しているところなどは、地球が狭く感じる時だ。
p.23第一章の竹本義太夫の墓の章で、邦楽と洋楽の年表を並べて書き、これから、「三味線の伝来が、キリスト教(これもコラールやオラトリオなどの典礼音楽抜きには語れない)の布教とほとんど同時であったのはかなり微妙な時間の配合というべきではないか。しかも、そのころ西洋はパレストリーナの時代であった。17世紀になって歌舞伎や浄瑠璃が起こりつつあったが、和歌集歌舞伎にせよ、女歌舞伎にせよそれが禁止された直後に、竹本義太夫が竹本座を起こしたこと。これがまた絶妙なタイミングである。木偶である「人形」が、新しい義太夫の声音と、複雑な情緒を醸し出すことができるようになった太棹の音色とによって、魂を吹き込まれるという、浄瑠璃にとって願ってもないことが可能になった。この頃、大高は急速に膨張、曽根崎をはじめ「新地」が多くでき、京都を凌駕する勢いで、人口も40万人になろうとしていた。この土地で、近松が竹本義太夫を知ることによって『曽根崎心中』が上演され、新しい浄瑠璃は完成した。時あたかもバッハやヘンデルの時代であったというのも、何かの暗号のように思える。その後の長唄や清元とベートーベンの配合はどうか。これらを源として多岐に展開した端唄、歌沢、小唄などの俗曲が、杢太郎ら明治から大正時代の日本人の、音楽的感性の生地であった。それにしても、これら俗曲が、ドビュッシーやエリック・サティのそれまでにない不安定な音階からなる小曲と同時代であったというのも、偶然とはいえ、絶妙の一致である。」
p.118「元禄十六年は元禄最後の年である。、、、この年、荻生徂徠は柳沢吉保が創立した藩学文武教場で教授、、、近松門左衛門の『曽根崎心中』が初めて上演、、さらに「忠臣蔵事件」が起こり、、、、年末には関東で大地震が起こり、、」 「『曽根崎心中』は、、、、、、近松の世話物として初めての試みであり、圧倒的な評価を得た。」 荻生徂徠は、「最後の道行文「此の世のなごり、余もなごり、死に行く身をたどうれば・・・」を読んで、思わず本を投げ出し、「近松の妙処はこのなかにある、、、」 と嘆息したと思われる。」忠臣蔵の事件について、p.123「この事件を町民は、判官贔屓も手伝ってその政治的コンンテクストからは図示、別の義理と人情の物語の回路に接続し、楽しんだのではないか彼らは日常、時の権力によって鬱積している憂さをいささかなりとも晴らすことができた。」この章の最後の部分で、p.134には「近松はまさにこうした「河原者」であった。そして近松自身xむところあって、「遊女」を多く浄瑠璃の中で描いた。「種姓の混乱」を、風俗の乱れの第一原因と考える徂徠にとって、都市生活に寄生し、巨大都市江戸が生んだそうした「最暗黒」にいる「非人」、つまり比丘尼や俸手振や日雇取りなどの「遊民」は「種姓」から外れ、「旅宿の境界」を運命づけられた人々であった。」 近松の道行をほめた徂徠ですら、歌舞伎や浄瑠璃作者を「河原者」という蔑称で読んだ。しかし近松自身は武家の出であり、近松自身の「旅宿の境界」は、非常に屈曲している。武士の時代を過ぎた時の時代遅れの話で、政治の話が禁止されているのは、現在の中国にも通じる気がする。※12/15香港のリンゴ日報の創業者の有罪判決があった。※×はを示す。
p.181 なぜ最初の阿国歌舞伎が元禄になって、遊里を中心に展開するようになったかについて、竹内勝太郎は、江戸時代の民衆生活の享楽と社交や好尚の中心が遊里であったことと、文明史的に見て当時の社会が遊里を枢軸として回転していたことを上げ、阿国の遊女買いの所作で演劇的要素となっている模擬的な物真似(もどき)がこの時代に開花したと述べている。
九鬼周造の芸者礼賛の章
p.200「灯火の暗い秋の夜長に、「無の深淵の上に仮小屋を建てて住んでいる」ことをよく弁得ている人間同士※が、同じ気持ちで、小唄に聞き入る姿には無量の寂寞感がある。この音色のためには、他のすべてを捨ててもよいというデカダンスの極致がある。これは日本的情感の極北であると同時に、茎が最終的に到達した場であった。これが戦時下であることを考えると、いっそうその夜の気配が際立つ。」
※林芙美子を指している。
幸田露伴の『一国の首都』論の章、
p.219 「露伴は、江戸幕府が元和三年に傾城町を一か所、吉原を庄司某なるものに認可したと同時に、措置を講じた五か条の御条目に当時の政府の見識を見る。」
p.252 「しかし、大事なことは、こうした玄人はない女でも、一たび三絃糸を操り、声を出すとき、それはなにか神韻の域に近づき、人の存在を震撼させることができると言うことである。二葉亭はこの書生を通じてその思いをややxxさせながら述べているが、確かに江戸の俗曲には「国民の精粋」あるいは「日本国民の二千年来来比生を味わうて得たもところのもの」が、文字のように間接的にではなく、直ちに人の心に迫ってくるところがある.※xxはを指す
p.292「土門は「写真屋」になる前に文楽にのめり込み、弟子志願をしていた。昭和十八年(1943)頃に撮った『文楽』という写真集は、なかなか入りきれなかったこの世界に、脚立とカメラをもって入り、撮影した作品集で、気迫に満ちている。、、、ことに、立ち廻りなどで、つめの人形の頭などを乱暴に打つとゴツンゴツンという鈍い音がして、それがいかにもげてな頭に相応しい感じで、また、いかにも木偶という感じを催させる。」
p.329「わが国の近代文学者の多くは、他の芸術においてそうであるように、明治以来の洋楽の影響を強く受けて、バッハやモーツアルト、あるいはマーラーを聴きつつ、彼らに魅了され、多くを語ってきた。」 「小林秀雄は、「大阪の街は、ネオンサインとジャズとで充満し、低劣な流行小歌は、電波の様に夜空を走り、・・・・」・と書いたが、なぜ小林秀雄には文楽の本場である道頓堀で、義太夫の一節が自然に浮かんでくることはなかったのであろうか、本書を書き終えたいまの率直な感想である。」
現代は映画「国宝」が興行収入1位で、歌舞伎をテーマにしたものである。この三絃の誘惑の中身がこの映画にも表れたのだろう。今や様々な分野の音楽が均等に存在している。それぞれが頑張っていく必要がありそうだ。
2025/11/23
不死の亡命者 ―野性的な知の群像 劉 燕子著 天安門事件をきっかけにした亡命者たちの軌跡 発行 集広舎 2024年発行 を読んで
昨年2025年の2月、国立新美術館の東京書道展(選抜作家展2025)に出品した友人 ウイリアム・リーさんの作品、「不生不滅」は、そんな永遠のものはないという般若心経にある言葉だとのこと。今回紹介する本の名前は不死の亡命者と言う名前であるが、般若心経の言葉に近いが、本の言っていることは、不死は亡命した知識人が亡命した後も、その生き方を変えず、その生き方を貫いていることを示したと言うことで、そこで不死という題名がついている。しかも本の内容の勢いがすごい。しかも本文だけで710ページもある。紙質も厚くしっかりしたものとなっている。しかも本の厚みは6cmもある。あとがきで、本書は2023年1月に博士論文として神戸大学に提出した「中国亡命知識人のライフ・ヒストリーとヒストリーの交差―外と内、境界・周辺」を諸先生の教示を基に加筆修正したものとある。博士論文を審査することだけでも大変な時間がかかりそうである。
中国の六四天安門事件を中心に声を上げた知識人などを追って、しかも亡命先まで追って調査している。※天安門事件は1989年
以下は本書の内容をいくつか挙げる。
p.238 「実際、方励之は政治に無関心ではない。彼が「科学的知識によって生み出されたものは、科学的基準によってのみ判断されるべきであ」り、知は権力から独立すべきだが、「この認識が中国にはまったく欠けている」ため、科学は「権力の成り行きにふりまわされ」てしまうという現実認識と問題意識に立ち、知の独立によってこそ「近代化が可能」となり、それはまた「真の民主主義」の「獲得」にもなると考える。」
ノーベル賞をもらった作家 高行健のはなし、
p.435 高行健のノーベル賞公演のタイトルは、「文学の理由」で、「人類の純粋な精神活動である文学に、功利的な目的はない。哲学同様、ただ言語をよりどころに、自我を完成させることができるだけである。」「われは表現する、故に我は存在する。」「我は考える、故に我は存在する。」デカルトは、「この世の最も名誉ある職務を与えてくれる人よりも、その好意によって私に何の支障もなく自分の自由な時間を享受させてくれる人びとに、つねにいっそう深い感謝の気持ちをもつだろう」と記して『方法序説』を結んだ。
詩人の 〇 亦武について
p.522 〇 亦武 天安門事件に対し、祖国を代表して憲法を虐殺する! 憲法を代表して正義を虐殺する! 母親を代表して子供を絞め殺す! 子供を代表して父親を鶏姦する! 女房を代表して旦那を謀殺する!市民を代表して都市を爆撃する!・・・・・・「代表」は何事も共産党が 「代表」するという言説へのアオロニーが内包されている。 さらに続ける。
学生に、労働者に、教師に、露店主に向けて発砲しろ!掃討しろ!掃討しろ!
憤怒の顔、驚愕の顔、痙攣する顔、惨めに笑う顔、絶望の余り平板になった顔に向けて掃討しろ!
チベットのオーセルについて
p.598 オーセルは父のネガフィルムを現像して、その中にあって70名の人への調査と史実を検証して、文革勃発40周年の2006年に『殺却』として公刊した。また同時にインタビューした70名以上のうち23名のオーラルヒストリーを『西蔵記憶(チベットの記憶)』にまとめた。この2冊はオーセルが、王力雄の後押しに励まされ、父の遺品と母の協力により進めた調査の成果であり、また激動のチベット現代史を生き抜いた家族の強靭な絆の結実である。
今後の課題と展墓
p.685第四に、如上の現状を認識した上でなお、先述した亡命の「境界」の「曖昧化」や亡命作家の「概念そのもの」の「流動」化には注目すべきところであると認識する。、、「権力に対して真実を語ろうとする」、、知識人とは「真実」の追求と表現の故に権力に対抗して「周辺」に存在する「亡命者」であるという認識は、「境界」の「曖昧化」や「概念」の「流動」化においても有効ととらえることができる。
方励之は、2010年劉暁波のノーベル平和賞授賞式に列席した際、オスロ大学に招聘され、理論天体物理学研究所で公演をした。方励之が95%の暗黒の中で極めてわずかな物質を取りあげたことが、、、「最も暗い時代において」しかも「不確かでちらちらとゆれる」「弱い光」であっても「地上で与えられたわずかな時間を越えて輝くであろう」と天体物理学の角度から表明した。このように亡命した中国の知識人について評価した。
本書にあるように、亡命中国知識人のことは現在進行形であり、中国の現政権に対しては十分慎重に事を運ぶ必要があることがわかる。ガリレオのできごとを思いだす。太陽が地球の周りをまわっているんだと。? ガリレオは望遠鏡を開発して、大航海時代の状況に貢献したようだが、これら中国の知識人も新たな世界に貢献し始めると思う。
2025/10/30
第二十八回都筑区三曲協会演奏会 箏・三絃・尺八のしらべ を聴く
日時:令和七年(2025年)10月 26日(日) 11時30分開演 (プログラムの12時開演は間違い)
場所:ボッシュホール(都築区民文化センター) 2Fホール 在席300名
音響反射板設置状態
主催:都筑区三曲協会、何度かこの演奏会に行ったことから、招待券が来ました。私は4年ほ
ど前に脳梗塞になり、そのためアルトサックスが吹けなくなってしまい、約2年前にこの三曲コ
ンサートのおかげで、尺八に興味を持ち始め、尺八を吹けるようになって来た。それ以来この
三曲は気にいって、コンサートに時々聞きに行っている。
コンサートのチラシには、『未来につなぐ伝統文化・残しておきたいにっぽんの音(和楽器)』と
書いてあるので、この三曲はいつごろから発祥してきたのか気になって、三曲について、ウイキ
ペヂアで調べたら、『いつ頃から使われたかはっきりしないが、三種の楽器を合わせる意味に
おいていくつかの用例がある。』 『やがて芸術音楽として確立されるに従い、地歌、箏曲、
胡弓楽は独自の楽曲を持つようになり、合奏されることのない、それぞれ独立した別個の音楽
として成立した。しかし江戸中期頃からこれらの楽器は特に地歌を中心に合奏されるようにな
った。特に三曲の楽器三種をすべて合奏させることを三曲合わせ、三曲合奏と呼ぶ。』 三曲
とは多分江戸時代から様々な動きがあり、一本筋が通った流れでは無さそうだ。箏や三味線
や尺八もそれぞれの分野で発展してきていて、とくに尺八は明治期にこの三曲に加わるように
なってきた。きっとそれぞれの楽器を組み合わせることで、華やかな感じにもなり、表現も豊か
になり、合奏曲として発展してきているように思う。
なお多分三味線、ここでは三絃は、少し長さが長い、浄瑠璃三味線、地唄三味線が使われ
ているようだ。きゃしゃな音ではない。
演奏は何台かの箏、何台かの箏と尺八、何台かの箏と十七弦(箏)と尺八、さらに箏や尺八、さらに三絃(三味線)、さらに箏とヴァイオリンの組み合わせもある。さらに語りを含んだ公演もある。いずれも尺八の音は美しかったし、14番の千鳥転生 十七弦箏が含まれていて、その低音の響が組み合わさって新しい雰囲気の表現が豊かな曲になっている。
尺八の音は自然の風の音を感じるような感じ自分の感覚では尺八でTake the “A” Train を吹くとTrain
は蒸気機関車だとわかるような感じだ。
写真:15桜狩 三絃が含まれている。
写真:16篝火 (かがりび)
写真:かさじぞう 映写幕にかえておじぞうさんを映した。
2025/10/28
仲町台地区センターまつり JAZZ DAY の感想
日時:2025年10月25日(土)
場所:仲町台地区センター 2階体育館、入場無料
主催:仲町台地区センター 、協力:つづきジャズ協会 私はこのつづきジャズ協会の案内で知った。
出演:チラシの通り、ただしこのJAZZDAYは 朝の11時から始まっており、私は都合上、CHIPSの最後の曲から聞くことが出来た。
建築設計:高橋晶子+高橋寛/ワークステーション、この建物は、外観はとてもきれいで、何度も前を車で通り過ぎていたが、音楽室がないので今まで行きそびれていた。高橋晶子は、東工大卒で、最初に有名になったのは、坂本竜馬記念館で、高知市に行ったついでに、見学に行ったことがある。しかし今回は、仲町台地区センター2階の体育館で、JAZZのコンサートをやるということで行くことにした。
体育館なので、ジャズの演奏会場という雰囲気はあまりない。長手方向に5m×10m程度のステージを組み、そこに照明やマイクを設置している。スピーカは舞台の両脇に設置して、ミキサーが舞台脇でコントロールをしている。体育館なので多少エコー気味のところもあったが、天井や壁の上部は吸音しているようなので、ほぼ音響的には問題は無い。椅子は折り畳み椅子を長手方向に配置している。
写真:JAZZ DAYがはねたあとの7時頃の外観、ハーフミラーガラスのカーテンウオール。
出演したバンド名は、チラシに示してあるが、私の都合から、CHIPSの後半から聞くことが出来た。たぶんそれぞれのバンドは素人であるが、それぞれがとても素晴らしかった。写真を撮ってもよいようなので、横浜モダンジャズクラブからとって、下記に示している。そのころからジャズの音楽を体が受け付け始めてきた。なんだか素人という感じではなく、レベルが高かった。次のハッピージャムは各地福祉施設などを訪問演奏しているようだ。このバンドは青い山脈や夕焼け小焼けなども演奏している。年寄りには懐かしい曲だ。次のSwing AJMは横浜旭ジャズ祭りの時に公募してできたバンドで、 On the sunny side of the street は私の頭の中でいつまでもささやいていることができるほどだ。つづきジャズオーケストラはVocalに高橋明子がいて、下の写真ではピアノを弾いているが、後半3曲は素晴らしい歌を聴かせてくれた。声に深みがあって力強く、ひょっとしてこの人はプロかもしれない。まつビッグバンドはまつというジャズスナックで演奏を重ねた常連客と東工大の卒業生が中心になっているバンドで、コンテンポラリー系のJAZZだ。この音楽は、メロディーなどはなかなか覚えられない感じだが、横浜ボートシアターの元団長の遠藤啄郎が、死ぬ間際にこの世の中は四角形や三角形などで出来ていることが分かったと言っていたようだが、この曲は遠藤さんお言葉を思い出すほどに、立体的な造形が次から次と浮かんでいくような構成になっていて、非常に哲学的な音楽だった。またアルトサックスの音がとてもきれいだった。
最期は夕方7時ぐらいまで演奏があって、頭はジャズだらけになってしまい、私の頭の中は夜中まで響いていた。
写真:シニアジャズバンド・ハッピージャム
写真:Swing AJM
写真:つづきジャズオーケストラ ゲスト:高橋明子(Vo)(現在はピアノを弾いている)
写真:まつビッグバンド