ページ

2024/09/13

建築音響の交流の歴史 その7

 建築音響の交流の歴史 その5では、ヘルムホルツ、レーリー、セイビンと20世紀を切り開いた音響技術者を書いたが、今回、その7では20世紀を展開した二人の音響技術者を書く。一人目はBeranekで、ニューヨークフィルハーモニックホール(1962年昭和37年開設)の音響設計者、もう一人はCremerで、ベルリンフィルハーモニー(1963年昭和38年開設)の音響設計者である。両ホールともほぼ同時期に建設された。

Beranekがかかわったニューヨークフィルハーモニックホールは音楽・オペラ・演劇の6つのホールと音楽学院からなるリンカーンセンターの中にある。座席数2836席、設計当初2400席であったが、席数を増したため、ホールの幅を広げ、樽のような形となった。残響時間は2.1秒(満席)で、十分長いが、音響的に評判が悪かった。このホールが出来ると同時期に、Beranek による「Music, Acoustics & Architecture」『音楽と音響と建築』(19627月)翻訳は昭和47年第1刷発行)というホールの評価に関する本が出版された。


この本のp.11のギリシャの劇場の項で、「最期に、ギリシャ劇場は、その時代や場所とその目的のみのために大成功であった。今日の音楽の演奏項目、特に19世紀に作曲された音楽の演奏に対してはすぐれているということは、音楽についての神話の一つとされている。」 その後、クラシック音楽について、親密感や残響感や直接音の大きさなどの評価項目が設定されて、様々なホールを評価している。この本は評価が高く、私も当時、購入した。この本の「はじめに」にユージン・オルマンディが、「リンカーンセンター フィルハーモニック ホールの計画がいかに慎重に注意深く進められたかの記述である。」 またまえがき(19627月)では、著者レオ エル ベラネク(Beranek)が「音楽用ホールの内情についての私の探求は、オペラや交響楽の指揮者、演奏者、音楽評論家との数百回のインタビューや、約60のホールで音楽に耳を傾けたり、精密な音響測定や正確な建築の図面および写真の収集を行ったことである。」その第1章の音楽の音響で、ボストンのシンフォニーホールについて、「当時すべての人々は、音楽の音響“の基本法則が公式化されたと信じた。しかし残念ながら何かが間違っていた。以降のホールは、ボストンほどには成功せず、その理由がだれにもわからなかった。」多分ここでベラネクが本書を書く理由が出来たのだろう。

第三章の音響学と音楽の中の音の大きさ、騒音、ダイナミックレンジという項には聴衆要素とホールの音響効果の要素の相互関係を示した以下の図がp.43に載っている。音の豊かさ、澄明(ちょうめい)さ、が残響時間や反射音の大きさに対する直接音の大きさ(この大きさはLoudnessのこと)に関係しているなどが書かれている。



4章音楽の音響の質の主観的特性の章で、コンサートホールの音楽の質に関連した音響的属性について音楽家と音楽評論家の助けを借りて18の明確な、認識しえる属性とその対句の表を作成した。それを以下に示す。

これらの語句は、その後の音響研究者に音響の分析について刺激を与えた。それだけでなく、ニューヨークフィルハーモニックホールの音響的な評判がよくなく、さらに分析が必要になった。

「コンサートホールの科学」(2012628日発行) 日本音響学会 編 第二章 ホール音場の性質と心理評価、執筆担当の羽入敏樹によれば、「1960年代後半から、初期反射音の到来方向が徐々に注目されるようになった。M.R.Schroederらは、当時、音響的に評判の良くなかったニューヨークのフィルハーモニックホールにおいて、、、音響測定を実施、、1966年に、、、“初期反射音の到来方向がホール音響の品質に重要な要素と考えられる”との仮説を提示した。」 ほぼ同時期に、A.H.MarchalJ.E.Westがそれぞれ側方反射音の重要性を示唆し、天井反射音より側方反射音が客席に早く到来させることが重要だと述べた。

ホールの響きの印象評価要因という章の「受聴者による音場評価プロセスと音の要素感覚」という項で、1)時間的性質:残響感、リズム感、持続感、2)空間的性質:方向感、距離感、広がり感(見かけの音源の幅、音に包まれた感じ)など、3)質的性質:大きさ(音量感)、高さ、音色などを表記した。

これらの項目は、Beranekの音質の評価項目と、2012年の「コンサートホールの科学」による音質とは音の分析のレベルが大きく異なる。Beranekでは音の大きさ(Loudness,や残響音の大きさなどの項目があるが、コンサートホールの科学によれば空間的性質、たとえば拡がり感や見かけの音源の幅が注目されている。最近クラシック音楽のコンサートで、演奏が終わった後に指揮者が、演奏者の評価をする場面がある。クラリネットやホルンなどの演奏者に向かって、拍手したりするが、観客が、これらの演奏者の位置をしっかりと見分けることができるかである。サントリーホールやミューザ川崎のようにワインヤード型のホールは、観客から演奏者がわかりやすく分離して聞こえるが、どちらかというとシューボックスタイプのホールは楽団員の位置が見分けにくい。この音像の位置、見かけの大きさないし方向感も需要な音質と思われる。

また拡がり感や音に包まれた感じは側方反射音が重要な要素であるが、この傾向から横幅の広いNHKホールのクラシック音楽の評判が悪い時があった。NHKホールは1972年竣工、3500名収容のホールであるが、大きく扇型に拡がっており、観客席に対する壁による側方反射音の影響は小さい。しかし天井からの初期反射音が強く、クラシック音楽を聴きに行くと音がとても強く感じられる。Beranekの評価項目を思い出す。もう50年以上経ているが、いまだNHK交響楽団の本拠地となっている。

また第4期、現在より一歩前の歌舞伎座で、音響調査をする機会があった。収容人員は約2000席、横幅が広いが、客席で音響調査を直接音から約50msおくれて側壁から反射音が到達する。これも残響感ギリギリ、エコーになるギリギリの反射音であった。したがって歌舞伎座、独特の声の音となっている。

評価項目は、現在はBeranekの評価項目これから大きく進歩したようだ。ただ見かけの大きさや、広がり感等の物理的な目標値はまだないようである。

またこれらの評価項目はクラシック音楽に対してのものであるが、その他の音楽に対しては技術的にはこれからだ。クラシック音楽は音律がハーモニーを重視した純正律でできていた。今は平均律になっているがここでも考える余地はある。さらに例えば能・狂言については、現在ほぼ室内の能楽堂(観客席も屋根壁で覆われている形状)で行われていることが多い。この室内音響についても実際の能楽堂で聴いてみると、さらにこれから検討が必要な気がしている。

同時代のもう一人の音響技術者Cremerは初めてのワインヤード型ホールに携わった。客性数、2218席、 ブロック状に客席を配置し、その壁から側方反射音が生じるように設計している。客席の形状はステージ周辺に配置して、客席とステージの一体感を視覚音響的に実現した。

またCrenerはベルリン工科大学の所属であったが、当ブログで紹介したWienzierl 氏やCremens 氏もベルリン工科大学の所属だ。ハンス・シャロウンが設計した舞台を観客が取り囲む形はひょっとしてグロピウスのトータルシアター(1927)計画案に触発された可能性もある。

Sounding Space About the acoustics of the Philharmonie というフィルハーモニーホールの音響についての論文が以下のホームページに出ている。 

https://www.berliner-philharmoniker.de/en/about-us/philharmonie/acoustic/

当初のハンス・シャロウンの計画は、演奏者を全方向に開かれた空間、観客が取り囲む形で、クレマーは、最初に考えたのは演奏者が互いにお互いの音をいかにして聞き取れるかという問題であった。これは両側がまっすぐな壁で囲まれている方が実現しやすい。『フィルハーモニーホールでは、反射を特定の方法で段階的に調整する必要がありました。これらの反射は、ミュージシャンには部屋の反応として知覚されます。音が一方向だけに拡散するのを防ぐために、指揮台の後ろと両側の「ブドウ園のテラス」に反射面、突出したグラデーション、手すりが取り付けられました。クレマーはまた、ホールの天井が高すぎて音を反射して拡散できないため、オーケストラの上に反射板を取り付けるよう要求した。』 また舞台の後ろ側にある観客席用に反射面を用意したり、低音域を吸音する目的で天井にピラミッドの形を設けたりした。『新しいホールに耳を慣らすプロセスが始まると、多くの主観的要因が作用します。フィルハーモニーの場合も意見が変わり、音響は当初よりも後の段階で良くなったと一般的に感じられました。それでも、音響上のリスクは残ります。開会式で弦楽四重奏団の楽章が演奏されることが判明すると、関係者全員がすぐに懸念を表明し、これほど大きくて広いホールが室内楽の親密な響きと両立できるのか疑問に思いました。この問題について相談したところ、専門家は肩をすくめて答えました。わかりません。その四重奏の演奏は素晴らしかったと言われている。』

このようにして新しい形のコンサートホールが誕生した。今はワインヤード型と言っている。結果的には評判の良いホールになっていて、この形を採用して、日本にサントリーホールが誕生した。今まではウイーン学友協会ホールのようなシューボックス型が主流であったが、ベルリンフィルハーモニーホールの様な新しい形のホールが誕生したことは、音響技術だけでは生まれないかもしれない。設計者のこうしたいというイメージがあって、それに音響技術者が後をついて行っている感じである。ただコンサートホールについては、正確に言えばデザインは見た目より、音がよいかどうかなので、音が先にあって、建築デザインが後にということがあってもいいかもしれない。

2024/09/09

Beseeltes Ensemble Tokyo 特別演奏会 

日時:202497日(土)14001600

場所:横浜みなとみらいホール

曲名:海をテーマとした3曲、

クロード・ドビュッシー 『海』管弦楽のめの3つの交響的素描、

ジャック・イベール 交響組曲『寄港地』、

ニコライ・リムスキー=コルサコフ 交響組曲『シェヘラザ-ド』

演奏者はBeseeltes Ensemble Tokyoという名のアマチュア楽団、ベートーベンを愛する演奏家の集まりのようだ。元ヤマハにいらした花尾さんにこのコンサートを呼びかけられた。花尾さんとはもう長いお付き合いである。

公演のパンフレットの表紙は、葛飾北斎の富岳百景の神奈川沖浪裏をイメージして書かれたもののようで、いずれの曲も海をテーマとしているために、この絵を参考にして書かれたものだと思う。この絵には葛飾北斎にはある舟が描かれていない。海を強調しているのかもしれない。演奏された曲はいずれも迫力があり、力強く、音が大きかった。演奏者は多分100名以上で、みなとみらいホールの舞台一杯だった。